第18話:新たな探求 - フォックスの執念
アメリカ、ロスアラモス。核爆弾格納庫の「空白」は、アダム・フォックスの心に深い傷跡を残していた。彼の研究室は、以前にも増して荒れ果て、机の上には、核爆弾消失前後のデータが、無秩序に散乱している。高出力レーザー銃を手に、賢者と対峙した夜から数週間が経ったが、彼の脳裏からは、あの信じられない光景が、決して離れることはなかった。
「消えた……全てが……一瞬で……」
フォックスは、何度もその言葉を呟いた。彼の声は、乾ききった砂漠の風のように掠れている。同僚たちは、彼が精神的に追い詰められていると心配し、休暇を勧めるが、フォックスの耳には届かない。彼の科学者としての信念が、目の前の「理解不能な現象」を、決して許さなかった。それは、真理を解き明かすことこそが自身の存在意義であるという、彼の根源的な衝動が、さらに激しく燃え上がっているかのようだった。
日本が発表した「究極の抑止力」の声明は、フォックスの探求心に、新たな火をつけた。声明の背後には、あの夜、格納庫で核爆弾を消失させた「未知の存在」がいる。フォックスは、その存在が、日本の異常なまでの軍事的躍進の根源にあることを確信していた。彼の頭の中で、バラバラだった情報が、再びある一つの巨大な像を結び、賢者の存在へと収束していく。
「『魔導核』……そうか、あれは、核兵器を別の何かに変えたのだ……!」
フォックスは、書き殴られた計算用紙を握りしめ、興奮に震えた。彼の脳裏に、時雨悠真が核爆弾に手をかざした瞬間の、あの空間の歪みと、測定器では捉えられない微細なエネルギーの波動が鮮明に蘇る。それは、彼の既存の物理学の知識では、決して説明できない現象だった。しかし、その「説明できない」という事実こそが、フォックスの知的好奇心を、狂気にも似た執念へと駆り立てていた。
彼は、グローブス将軍に対し、日本の「魔導核」の正体を解明するための、新たな研究計画を提案した。将軍は、フォックスの提案に半信半疑だったが、日本の声明がアメリカに与えた衝撃があまりにも大きかったため、彼の研究を黙認するしかなかった。ただし、「極秘裏に、そして結果を出すこと」という、冷徹な条件付きで。
フォックスは、自身の研究室を、日本から漏洩する微細なエネルギーの痕跡を捉えるための、巨大な「観測所」へと変貌させた。彼は、これまで無視されてきた、大気中の微細なエネルギー変動や、電離層の異常な揺らぎを、独自の理論で分析し始める。それは、まるで、広大な宇宙の中から、特定の星の光だけを捉えようとする天文学者のようだった。彼の狂気にも似た探求心は、遂に、その力の源が「生きた知性」によるものである可能性へと肉薄していく兆候を見せ始めた。
昼夜を問わず、フォックスは研究に没頭した。食事も睡眠もろくに取らず、カフェインと覚醒剤で体を無理やり動かす。彼の瞳には、真理を追い求める狂熱の炎が燃え盛っていた。彼は、この未知の現象を突き止めることが、自身の科学者としての存在意義そのものであると確信し始めていた。
ある夜、フォックスは、日本の方向から放たれる、これまでとは異なる、新たなエネルギーの波動を検出した。それは、微弱だが、確かに存在する、「意思」を帯びた波動だった。彼の心臓が、激しく高鳴る。彼は、それが「魔導核」から放たれる波動であると直感した。そして、その波動の奥に、あの夜、格納庫で対峙した「賢者」の存在を感じ取った。
「見つけたぞ……賢者……!」
フォックスの顔に、勝利の笑みが浮かんだ。それは、彼が追い求めていた「答え」への、確かな一歩だった。彼の探求の旅は、まだ始まったばかりだ。しかし、彼は、この未知の存在を解き明かすことが、自身の科学者としての、そして人類としての、新たな使命であると確信していた。彼の瞳は、遥か東の空、日本の方向を見据えていた。その視線の先には、見知らぬ「賢者」の影が、ぼんやりと、しかし確実に存在感を増しているかのようだった。
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