第4話:秘密の検証 - 軍事演習の衝撃
深い山奥の演習場に、朝靄が立ち込めていた。肌を刺すような冷気が肺腑に染み渡り、時雨悠真の吐く息が白く霞む。隣には、田中大将、佐藤外務大臣、そして十数名の精鋭部隊の将校たちが、重い沈黙の中で立っていた。将校たちの視線は、時雨の奇妙な外套と、その静かな、しかし有無を言わせぬ佇まいに注がれていた。「本当にこの若造に、我々の窮地を救う力があるのか?」――彼らの顔には、疑念と、わずかながらも捨てきれない期待が交錯していた。時雨は、彼らの心のざわめきを敏感に感じ取っていた。
「それでは、始めましょうか」
時雨の声は静かだが、その場に響き渡る。まるで、演習場の凍てついた空気を切り裂くかのように。彼は、まず兵士たちに、弾薬が尽きた状況を再現するよう指示した。最前線の兵士に扮した部隊が、一斉に小銃の引き金を空撃ちし、弾薬を空にする。彼らの表情には、戦場で幾度となく直面してきた、弾薬切れという「絶望」を思い起こさせる諦念が漂っていた。模擬とはいえ、弾薬が尽きれば死を意味する。その重みが、場の空気をさらに張り詰めさせた。
「よし、弾薬確認! 全隊、弾薬なし!」
指揮官の張り裂けんばかりの声が響く。時雨は、空になった弾薬箱の前に、ゆっくりと歩み寄った。彼は、無造作に手のひらをかざす。次の瞬間、周囲の空気がわずかに震え、目に見えない無数の光の粒子が時雨の手のひらに集束した。それは、まるで夜空の星々が瞬くかのような、微細で神秘的な輝きだった。そして、空だったはずの弾薬箱が、一瞬で、まるで最初から満たされていたかのように、ずっしりとした弾薬で溢れかえる。金属がぶつかり合う鈍い音が、静かな演習場に乾いた音を響かせた。
「なっ……!?」
田中大将の隣にいた中堅の将校が、息を呑んで思わず声を上げた。他の将校たちも、目を見開き、信じられないものを見るかのように弾薬箱を見つめている。兵士たちもまた、呆然とした表情で、その光景を凝視していた。彼らの脳裏に、「これが本当に現実なのか? いや、ありえない」という強い「違和感」が、まるで鉄槌で叩きつけられるように突き刺さる。理性では説明できない現象を前に、彼らの常識は激しく軋み始めた。
時雨は、彼らの動揺をよそに、次の指示を出した。負傷兵を演じる兵士が、脚を押さえて呻く。その太腿には、模擬とはいえ生々しい血糊が塗られ、見るからに重傷であることがわかる。時雨は、その兵士に近づき、そっと額に手のひらを置いた。温かい光が、彼の掌から兵士の体へと流れ込んでいく。その光に包まれると、兵士の苦痛の表情を消し、ゆっくりと立ち上がった。
「痛みが……消えました。傷も……塞がっています!」
兵士の報告に、演習場全体がざわめいた。将校たちの間に、微細な苛立ちと、それでも抑えきれない感情の高まりが生まれる。「こんなことが……」「一体どうなっているのだ?」彼らが持つ「常識」が、賢者の能力によって、まるで脆いガラスのように音を立てて砕かれていくのだった。
「ありえん……これは、我々の知る医学ではない……」
佐藤外務大臣が、蒼白な顔で呟いた。彼の外交官としての合理的な思考は、目の前の現象をまるで処理できないでいた。彼の瞳には、深い混乱と共に、ある種の諦めのようなものが浮かんでいた。「人間には理解できないものがある」という、彼の常識を超えた困惑が、彼の胸に広がっていた。
しかし、田中大将は違った。彼の瞳には、最初こそ驚愕があったものの、すぐにそこに「希望」の光が、燃え盛る炎のように宿っていく。これまでの日本の戦いにおける、補給の困難、負傷兵の多さ、それがどれほどの命を奪ってきたか。その悲劇的な記憶が、賢者の力によって一瞬で解決される可能性を示されたのだ。彼の心の中で、「祖国を護る」という揺るぎない信念が、賢者の圧倒的な力によって現実味を帯び、確かな「希望」へと昇華されていくのを感じていた。
時雨は、最後に、遠く離れた山向こうの敵陣の様子を正確に探知してみせた。肉眼では決して見えない、しかしそこに確かに存在する敵の部隊配置、人数、そして彼らが発する微細な熱量までを、時雨はまるで絵を見るかのように、詳細な言葉で描写した。将校たちが双眼鏡で確認すると、その描写は驚くほど正確だった。
「……これほどの索敵能力があれば、奇襲など、決して成功させはしない……! 我々は……無敵になる!」
ある将校が、興奮に震える声で呟いた。彼の顔には、それまでの疑念は跡形もなく消え失せ、畏敬の念と、そして「これで日本は護れる」という強い確信が、歓喜となって浮かんでいた。兵士たちの間でも、静かなざわめきが、やがて確かな高揚感に変わっていく。
演習は成功裏に終わり、時雨悠真の能力は、疑いようのない事実として認められた。田中大将は、興奮と感動を抑えきれない様子で、時雨の手を力強く握りしめた。彼の瞳には、熱いものがこみ上げていた。
「君の言葉を、信じよう。いや、信じるしかない。この力があれば……日本は、救われる! いや、必ず救ってみせる!」
彼の内に、日本という国家の未来への強い決意が漲っていた。佐藤外務大臣もまた、深々と頭を下げ、その表情には安堵の色が浮かんでいた。彼らの心の奥底に沈殿していた不安が、賢者の出現によって、一気に払拭された瞬間だった。
時雨は、彼らの劇的な変化を静かに見つめた。抽象的な希望が、具体的な信頼へと変わる瞬間。彼は、日本の最大の弱点である「補給」と、迫りくる開戦時の「奇襲」に焦点を当てることを提案。まずは、大規模な「転移補給」システムの構築と、真珠湾攻撃に向けた「情報収集」に着手することを告げた。
田中大将は、この壮大な計画に日本の命運を託すことを決意し、水面下での全面的な協力を誓った。彼らは、時雨がもたらす力が、日本を守る現実感を伴った期待として、確かに存在することを肌で感じ始めていた。演習場の朝靄は晴れ、光が差し込んでいた。それは、日本の未来を照らす、新たな希望の光のように見えた。
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