まどろみのライムグリーン

@hibird0226

第1話 朝ちゅんキャンセル彼女

 ふぁぁ、ふぁぁ、と、カラスの声が聞こえて、ぱちっと目が覚めた。ぼけっとカーテンのほうを見ると、カーテンレールの上あたりが、ぼわぁっと光っている。小鳥ももういそがしそうに鳴き始めていて、俺はピーちゃんがぐぅぐぅ寝ているのを確かめてから、そーっと台所へ向かった。

 ペットボトルから甘いコーヒーをとっとっとっと注ぎ、さらに牛乳をだばっと入れると、すぐにもわっと濁った薄茶色になる。それを見ながら、ピーちゃんが早くこっちに来ないかなぁと思っていると、しばらくしてからガラガラガラッと引き戸が開いた。

「わぁ~! おはようございます!」

 と、俺はパッと顔を上げた。でも、ピーちゃんは眉をぎゅっと寄せながら、「うぜ……」と、軽くチッと舌打ちをする。

「……えっ?」

 俺がぱちっとまばたきをすると、ピーちゃんは「ごめん」と、目をすぅっと閉じた。

「悪いけど、静かにしてくれる? うるさくてさ」

「あ、ごめんなさい……」と、俺はちょっと目を泳がせた。「ちょっと浮かれてたかもしれませ」

「いいから」

 と、めずらしくピーちゃんが食い気味に声を被せる。それから、自分のおでこを手のひらでガシガシとこすると、くるっと俺に背中を向けた。

「私が起きるまでガチャガチャしないで。絶対だよ」

 そして、パシコーンッと引き戸を閉じた。でも、勢いが良すぎたせいで引き戸が跳ね返って、ちょっとだけ隙間が空く。俺が目を見開いたままそーっと目線をズラすと、ピーちゃんは「ごめん」と、今度は静かに引き戸をカラッと閉じた。



 ピィピィという小鳥の声もすっかり落ち着いて、今度は誰かが網戸をガラガラッと開く音や、ガコッ、ビシッという謎の音が壁から聞こえたりし始める。ヒマだな、と、俺はスマホを持ったまま冷蔵庫からコーヒーを出して、それからなるべく静かにパタンと閉めた。そうすると、俺がイスに座るのとほとんど同時に、ペタペタペタペタッという足音があっちから聞こえてくる。そして、俺が「やば」と思った瞬間、また、バシコーンと引き戸が開いた。

「いい加減にしろって。うるさいってば」

「俺、めっちゃ静かにしてましたよ!」

 と、俺はガタッとイスを引いた。すると、ピーちゃんが、「ほら」と、露骨に眉をしかめる。

「それだよ、それ。無自覚にうるさくしてんの、草ぴょんって。ごめんだけど、気合い入れ直して、本気で静かにして」

「でも、もう8時ですよ?」

 俺もチラッと窓を見ると、ピーちゃんが「それが?」と、ギロッとにらむ。ペットショップのフクロウが威嚇しているみたいな、いつもの鋭い目だった。

「8時に寝るのは人間失格だって? へーえ。さすが、現役ホワイトカラー。自分を律してるじゃん?」

「そんなつもりじゃ」

 俺が大きく目を見開くと、ピーちゃんが「違うんだ?」と、くるっと背中を向ける。

「じゃあ、ガンガラゴンゴン、音を出さないで。分かった?」

「はい。……まぁ、気を付けます」

 俺がそう眉を寄せると、ピーちゃんは、ふぅぅっと大きなため息を吐く。

「頼むよ、マジで。こっちは1億年前にFIREしてるんだから」

 と、カラカラ……と引き戸を閉めた。



 とうとう外からの光がすっかりギラギラし始める。俺は迷った挙句、ぱたんという音もしないように冷蔵庫を開いて、卵のパックを出した。その時ペキッと音が鳴って、俺はガバッと引き戸のほうを見る。でも、ピーちゃんの足音は聞こえない。それで俺は、よし、本気寝してるな、と、卵をこんっとテーブルの角で割った。

 すると、卵をかき混ぜて、フライパンをコンロに置いた頃、また引き戸がガラァッと開く。

「あのさぁ、マジうるさい。何してんの?」

「何って! 朝ごはんですよ、もう10時です」

 と、俺はフライパンをちょいと持ち上げた。

「何が朝ごはんだよ」

 と、ピーちゃんが冷蔵庫をバカッと開いて、牛乳をどくどくとコップに注ぐ。

「そんなに私の『うるさい』を永遠に聞いてたいんなら、今動画に撮りなよ。で、勝手にリピート再生しといてくれるかな」

 そして、牛乳をごくごくとあおると、こんっ! と、テーブルにコップを置いた。

「ちょっと」と、俺もさすがにジトッとピーちゃんを見た。

「うるさいのは、あなたのほうでしょ。俺はわざとじゃないけど、あなたは今、わざとうるさくしたじゃないですか」

「あ?」と、ピーちゃんがまたギロッとにらみ、ぺたんっと俺に一歩近寄る。

「草ぴょん、さっき自分で『気を付ける』って言ったよね? その約束を反故にしたくせに、そんな偉そうな口をきけちゃうんだ? こっちもわざとじゃねぇし。約束を反故にしたから怒っただけだけど?」

「気を付けてますよ!」と、俺はちょっと顎を反らした。「でも、卵をコンッてするくらいは、しょうがないでしょ!」

 ピーちゃんが、俺をじぃっと下からにらみ上げる。しばらくそうしていた後、カラッと氷をつくる音が冷蔵庫からして、ピーちゃんはそっちを向きながら、パチッとまばたきをした。

「まあいいや。じゃあ、静かなものを食べてよ」

「というと?」

 と、俺も軽くまばたきをした。ピーちゃんがしかめっ面のまま、また俺をじっと見る。

「バナナとか、パンとか」

「あぁ、なるほど」

 と、俺はふいっと斜め上を見た。「豆腐とか、そういうこと?」

「そ!」

 と、ピーちゃんがちょっと笑い、テーブルの上のコップをひょいと取る。

「そういうこと!」

「じゃあ、ダメなのは何です?」

 俺が眉をしかめると、ピーちゃんがペタペタッと俺の隣へ寄った。

「そりゃあ、うるさいやつ。フランスパンとか。切る時にザクッてするでしょ。シリアルも。お皿に入れる時にザラァッてなるじゃん」

「じゃあ、おにぎりは?」

「具による」

 と、ピーちゃんが俺を押しのけて、シンクの中へコップを置く。それから、フライパンの中をひょいと覗いた。「ところで、何を作るつもりだったの?」

「オムレツか何かですけど……」と、俺はそのままコンロに火をつけて、油を入れた。「うるさい具なんてあります?」

「あるでしょ。天かすとか、べったら漬けとか」

 と、ピーちゃんが俺のわき腹を手のひらでゴシゴシとなでる。

「あぁ、まぁ、そうかも……?」

 油がパチパチとして、俺は換気扇をつけた後、卵をフライパンに適当に入れた。換気扇のぶぁんぶぁんという音に混じって、じゅわぁっと高い音がする。

「……まぁ、一応わかりました。そのレベル感じゃ、確かに今日はうるさかったかもですね。ごめんなさい」

 そう俺は、薄っすら灰色の湯気が換気扇へ一直線に向かうのを目で追った。

「いいよ」と、ピーちゃんが俺越しにフライパンをぐいっと覗く。「そういや、今日、初日じゃん」

「そうですよ、まったくもう」

 俺が卵をくしゃくしゃかき混ぜると、ピーちゃんはスタスタッと冷蔵庫へ向かい、無糖のほうのコーヒーと牛乳を取り出した。そして、手の甲でばたんと閉めながら、新しいコップへどくどくと注ぐ。それから、

「ごめん。頭、覚醒させるわ」

 と、コップをぐるぐる回してから、それを飲み干した。

「でも、うるさいのはナシだよ。あと、においがキツいのもやめてよ? くさいにおいで目が覚めるとか、スカンクとかヘッピリムシとかと住むんじゃないんだからね」

「はぁい」

 俺は笑って、卵をフライパンの隅っこに寄せた。



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