第9話 交渉

野田家のだけの使者、真芝秀才ましばひでとし空井家そらいけ龍高たつたか龍安たつやす兄弟を伴って

天田家あまたけの当主、天田巳津蔵あまたみつぞうのもとへ向かう日がやって来た。


この一行に朱音あかねも加わっていたが、あくまでも空井家の家来けらいしゅうという形で

ねず美、巳上みかみ猪岡ししおかといった朱音の手勢てぜいも同行していた。


天田家当主の天田巳津蔵という男、『天田のおろち』と呼ばれる猛将で

一説には戦場で死者の死肉を喰らっているのを見たという噂もあり

何か気味の悪い印象も伴って、近隣諸国に恐怖を与える存在なのだが


空井家は国境くにざかいを天田家と接している関係であることから

年貢を一部納めるなどして無駄な争いを避けてきた経緯いきさつがあり

今日こんにちまで比較的良好な関係を保ち続けてきたのである。


真芝と空井家の一行が天田家の屋敷に到着すると

渡鶏知どけち光明みつあきという家老が一行を快く迎え入れてくれ

天田巳津蔵の待ち受ける座敷へと案内してくれた。


座敷の中に通されたのは、真芝と空井家の兄弟のみで

朱音以下の家来衆は廊下に控え、ねず美たち忍びの一行は

庭先でひざまずいて様子をうかがっていた。


天田巳津蔵は座敷の奥、上段に恰幅かっぷくの良い姿でどしりと腰を降ろして


「野田家の使者の方、それに空井家の方々、よくぞ参られた

かしこまらずともよい、ゆるりとなされよ」


穏やかな口振りで一行に楽にするように声をかけた。


真芝と空井家兄弟は両手を床に着き、挨拶の口上を述べた後

真芝が主君の野田のだ信仲のぶなかから預かってきた親書を取り出し読み上げた。


親書の内容は、此度こたび皆川義知みながわよしとも上洛じょうらくに当たって

天田家がいかに対処するつもりなのか、その存念を伺うもので

野田家としては皆川家と一戦交える覚悟であり

できれば野田家への与力を願うものであるが

さもなくば、どちらにも付かず静観していただけるのであれば

相応の代償をもって感謝の意を表す所存であるとのことだ。


天田は真芝からその親書を受け取ると、今一度その親書を読み返しながら

肘掛ひじかけの前に置いてある大きな水晶の玉をしきりにでていた。


真芝はその径四寸けいよんすんはあろうかという水晶の玉が気になり

思わず天田に尋ねてみた。


「しかし見事な玉でござるな、さぞかし高価なものでございましょうや?」


天田は興味深げに水晶に見入る真芝に目をやるとニヤリと笑みをうかべ


「いやいや大したものではござらん、魔除まよけのようなものじゃ」


そう言いながら相変わらず水晶の玉を撫で続けていた。


その水晶の玉が気になってしょうがなくなってきた真芝は

少しずつ近づいていってその玉に触れようとした瞬間


さわるでないっ!」


天田が物凄い剣幕けんまくで真芝を𠮟しかりつけた。


その声に我に返った真芝は素早く後退あとずさって元の位置に戻り


「失礼つかまつった」


と言いながら何度も頭を下げて平謝りを繰り返した。


天田は急に機嫌が悪くなり


「もうよい、ところで庭先におるのは何者か?」


と突然立ち上がり、庭先で跪いている、ねず美たち一行を気にし始めた。


「あぁ、あの者たちは我らの家来の者なれど

何か目のさわりとなるようでしたら下がらせましょう」


龍安は両手を床に着き平謝りしながら朱音の方に視線を送った。

朱音は素早くねず美たちに視線で合図をし、その場から下がらせた。


天田は少し落ち着きを取り戻した様子で真芝たちに話しかけた。


「ふむ、少し家臣達と話して参る、一時いっときほど待たれよ」


真芝たち一行は別室へと案内され、しばらく待たされることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る