Ep.24:漆黒マン、再臨の決意

「漆黒マン……あの人なら、漆黒マンなら、あんなクソ野郎を黙らせてくれるはずだ! あいつを倒せる『本物のヒーロー』が必要なんすよ!」


 絶叫に近いタナカの訴えが、ガレージのコンクリート壁に反響して消えた。外ではパトカーのサイレンが遠くで鳴り響き、街全体が言いようのない不安に包まれている。


 賢志郎は無言のまま、もみあげをポリポリと一回掻いた。その視線は、作業机の上に広げられた何枚ものモニターに向けられている。そこにはレオの過去の戦闘ログ、装備の魔力放射パターン、そして現在の異常な出力波形がグラフとなって表示されていた。


(……漆黒マンとして戦う。だが、勝てるだろうか)


 賢志郎の脳内では、すでに数千パターンに及ぶ戦闘シミュレーションが超高速で実行されている。だが、どのシミュレートの結末も、漆黒の装甲が黄金の輝き破壊される結果だった。


 相手は「重課金」という名の神話そのものだ。

 レオが纏う黄金の防具一式は、物理・魔法の両面において九十九%のダメージを強制的に無効化する。それはもはや装甲というより、「資本の壁」と呼ぶべき代物だった。


 対するこちらの装備はどうか。

 解体屋の廃棄物から拾い上げた高張力合金や、ダンジョンの素材で作った道具ばかり。賢志郎が知恵を絞って組み上げた傑作ではあるが、神の領域にある装備と真っ向からぶつかれば、一秒と保たずに塵になるのは火を見るよりも明らかだった。


「……今のままじゃ、勝てないだろう」


「え……? 漆黒マンでもっすか……!」


「漆黒マンは無敵じゃない。今の彼は、あいつと戦えるだけの『力』も『経験』も、決定的に足りていない」



 賢志郎はゆっくりと立ち上がり、ガレージの最奥にある、普段は開けない重厚な金属製のシャッターを開けた。そこには、彼がかつて設計思想が尖りすぎて封印した試作パーツや、あまりにも危険すぎて扱えない禁忌のガジェットたちが眠っている。


「レオがダンジョンに籠城した。あそこなら、警察もギルドも簡単には手出しできない。……それは、こちらにとっても好都合だ」


「……何をするんすか、賢志郎さん」


「漆黒マンがレオを解体するためのの仕込みだ」


 賢志郎の瞳には、すでにレオとの戦いの光景が映っていた。


「今日から、対レオ用・集中強化期間に入る。奴の黄金を根こそぎ剥ぎ取るための『答え』を見つけ出す。奴が金で買った傲慢を、こっちは知恵と工夫でバラバラにしてやる」


 賢志郎が手に取ったのは、一台の年季の入った大型グラインダーだった。

 スイッチを入れた瞬間、回転音が沈黙していたガレージを震わせ、暗闇の中に激しい火花が散った。




 ——そこからの数日間、賢志郎は睡眠という概念を捨てた。


 ガレージの壁一面には、タナカが血眼になって解析したレオの戦闘動画が、数千もの静止画となって貼り付けられた。


「見てください、ここっす!」


 タナカが指し示したのは、レオが最強の奥義『ゴールデン・ジャッジメント』を放つ、わずか〇・一二秒前のフレームだった。

「この瞬間、レオの右肩の装甲がわずかに浮いている。……これは、装備間の魔力干渉を逃がすための排熱処理だ」


 賢志郎はモニターを凝視し、顎を摩った。

 最高級の装備ゆえの弱点。あまりに高出力すぎるがゆえに、どこかに必ず「逃げ」の構造が必要になる。それがレオの場合、右肩の連結部分だった。


「金の聖剣は、攻撃の瞬間に周囲の魔力を強引に吸い込む。その際に発生する負の電荷を、肩の排熱ダクトから捨てているわけだ。この瞬間を狙えば……」


「装備の制御システムがパニックを起こす。……黄金の城壁に、一瞬だけ穴が開く」


 方針は決まった。

 賢志郎は、作業台に並べられたジャンクパーツを次々と溶接し、新たなガジェットを組み上げていく。

 彼が作っているのは、武器ではない。「不具合を誘発させるための治具」だ。


 市販の魔力コンデンサを三連装にし、廃車から抜き取った高電圧コイルで無理やり出力を上げた。さらに、レオの黄金の輝きを逆利用し、光の屈折率を狂わせる偏光スモーク弾を開発する。


 製作の合間、タナカが帰った後、賢志郎は漆黒のスーツを纏い、深夜の「東京第2ダンジョン」へと足を運んでいた。


 目的は、身体能力の極限までの引き上げだ。

 レオと戦う際、一度のミスでも死を意味する。賢志郎は、あえて強力なモンスターがうろつく階層へ一人で降り立ち、暗闇の中でガジェットの試作機を振り回した。


 漆黒の装甲が岩壁に激突し、火花が散る。

 賢志郎の肉体は悲鳴を上げていた。だが、瞳はかつてないほどに冴え渡っている。

 反応速度を一ミリ秒単位で調整し、自らの神経系とスーツの挙動を完全に同調させていく。


 レオのように「装備に使われる」のではない。賢志郎は「装備を肉体の一部に変える」という執念で自らを研ぎ澄ましていた。




 三日目の夜。

 ガレージでは賢志郎の前に、一つの巨大な黒い塊が完成していた。

 それは、レオの黄金の聖剣に対抗するために設計された、多機能型大型ガントレット——『ブラック・ソルダー(黒きハンダ・右手用)』。

 不格好で、重々しく、洗練とは程遠い鉄の塊だ。


 ただ、その中にはレオの全スキルを無力化するためのロジックが、何層にもわたって詰め込まれている。


「できたっすか……?」

 タナカが、充血した目で問いかけた。彼もまた、ほとんど寝ずにデータの海を泳ぎ続けてきた。


「ああ。理論上はな。これで奴の『資本の壁』を突破できる」

 賢志郎は、黒いガントレットに手を差し入れた。


 装着した瞬間、重圧が腕を襲う。重い。だが、それは、積み上げてきた知恵と努力の重量だった。


 画面の中では、依然として東京第3ダンジョンの混乱が報じられている。

 ギルドの精鋭たちがレオの圧倒的な火力の前に敗走し、血塗れで運び出される映像が繰り返されていた。ネット上では「レオはもう人間じゃない」「あれを倒せるのは軍隊だけだ」という絶望的なコメントが溢れている。


「タナカ、カメラの準備はいいか」

 賢志郎は、傍らに置いていたフルフェイスヘルメットを手に取った。


「もちろんです。……あいつのメッキが剥がれる瞬間、一秒も逃さず世界中に配信してやりますよ。俺たちのプライドを懸けて」


 タナカの声には、数日前までの震えはなかった。彼もまた、賢志郎という男の背中を見続けることで、己のなすべき仕事を見つけたのだ。


「行くぞ。……漆黒マンとは東京第3ダンジョンで合流する」



 深夜の街を、一台の軽トラックが静かに走り去る。

 その荷台には、世界を驚愕させるための「黒い希望」が積み込まれていた。


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