5年後に死ぬキャラに転生した
tanahiro2010@猫
Prologue
「――はぁ、やっと原稿描き終わった」
午前四時。
寝ぐせ混じりの髪をくしゃりとかき上げながら、僕――
原稿の送信ボタンを押したその瞬間、僕の脳裏には“すき焼き”という甘美な響きがぼんやりと浮かんでいた。
いや、違うな。すき焼き“だけ”ではない。
この戦いを終えた先にあるもの――それは束の間の安寧、幸福、そして――生還。
「よし、これで...僕は生き延びたぞ......!」
思わず、拳を握りしめる。
だが、その手は震えていた。徹夜明けの疲労か、それとも恐怖か。
というのも、前回――締め切りを地獄の縁まで引き延ばしたせいで、僕の担当編集である
その鋭い目。
その凍てつく声。
そしてあの、感情をすべて捨て去ったかのような淡々とした言い回し。
思い出すだけで、背筋が凍る。
「次、締め切り遅れたら――私、あなたの担当編集やめます」
「ひぃっ?! そ、それだけはどうかご勘弁を!!!」
「......あと一週間、だけですよ」
まるで公開処刑。
鬼の形相という表現すら優しく感じる、あの交渉の末――どうにか、ギリギリ一週間の延長を勝ち取ったのだ。
「もう、あの冷たい視線は受けたくない......!」
でも、本当にありがたかった。
その猶予がなければ、今回の原稿は未完のまま終わっていただろう。
編集者というのは時に作家の命綱であり、同時に首輪でもあるのだ。
その後、僕は一度感謝の意を込めてKADOKAWA本社ビルの10階から飛び降りる覚悟で土下座メールを送った。
比喩ではない。比喩じゃないって言ってるだろ。
「――いやはや、今回は出来がいいぞ、僕」
ぽつりと独り言をこぼしながらも、指はまだマウスホイールを転がし続ける。
ざっと全体を見返し、誤字脱字をチェックするのは、僕なりの礼儀だ。
なにせ、あれだけ担当さんに粘ってもらったのだ。
中身で恩返しするのが、最低限の筋ってものだろう。
「それにしてもさ、本当に良かったんだろうか? 僕の欲望、あれでもかってほど詰め込んじゃったけど......」
ふと、脳裏によぎる。
今回、新たに登場させたキャラクター――それは、編集さんの“ある一言”から生まれたものだった。
「うーん、このままでも割と面白いですけど......なんかキャラがぎこちないんですよねぇ」
「え、そ、そうですかね......?」
「次回、思いっきり四宮さんの癖を詰め込んだキャラ、出してみてくださいよ」
「な、なるほど......(詰んだ)」
それが、すべての始まりだった。
「結果、どうなったと思いますか? ねぇ僕?」
そう――僕は、自分の性癖のかたまりみたいなキャラを作り上げてしまったのだ。
名前も仮称だが、彼(彼女?)はとにかく“不憫”の塊。
バッドエンド至上主義の僕が作り出した、いわば“死ぬために存在するキャラ”。
しかもその死に方が......まぁ、えげつない。
物語における“お助け役”ポジション。
主人公たちよりも圧倒的に強く、導き、守り、そして......誰にも知られずに消えていく。
ただの死ではない。
魔神の依り代として選ばれたことを悟ったそのキャラは、自ら死を選び、自身の死体さえも残さず、記録からも存在を消す。
蘇生も転生も不可能。
誰かの記憶に残るとそこから自身の存在を復活させられるかもしれないという疑念を抱いた彼は、禁術を用いて、自分という“存在”そのものをこの世界から抹消する。
「......おかしいな、書いてて泣きそうになったの、初めてかも」
誰にも知られずに死ぬ。
だが、それでいて最期まで役割を全うし、誰かの未来を守る。
なんて......悲しくて、そして、愛おしいんだろう。
「......にしても、書籍化するんだよね? これ。ほんとに大丈夫かなぁ......?」
ちらりと脳裏をよぎるのは、“炎上”という二文字。
そりゃそうだろう。
それでなくとも理解者の少ない新米作家がここまで不憫なキャラを堂々と登場させたら、そんなの炎上するに決まってる。
「うん、だいじょぶ。きっと大丈夫。僕を信じよう。売れないことを信じよう。いや、信じさせてくださいお願いします......」
震える声で神にも祈るように呟いたそのあと――僕は力尽きて、ベッドに身体を投げ出した。
「......はぁ、仕事も終わったし......死ねるか......」
そして、目を閉じた。
眠りの中で、僕はまだ見ぬ“あのキャラ”の最期を想うのだった――。
ーーーーーーーーーー
――暗闇の中。
まるで音のない深海にでも沈んだような、そんな世界だった。
その沈黙を破るように、微かに聞こえた声がある。
「......お前のせいで......お前のせいで俺はッ!」
......誰?
唐突に響いたその声は、怒りと悲しみに濡れていた。
眠っているはずの脳の奥底に、杭のように打ち込まれる。
「お前がいなかったら......俺は、あのまま生きていけたのに......」
......やめてくれ。
その声は、間違いなく“誰か”の憎悪だった。
けれど、それ以上に......どこかで聞き覚えがある。
聞き覚えというか――自身で生み出したあのキャラの声そのままだった。
身体は動かない。まるで金縛りにでもあったかのように、重く、鈍い。
「まだ、やりたいことなんて......たくさんあったんだ」
「
「もっと世界を旅したかった。見たことのない空、触れたことのない風......」
言葉の一つひとつが、胸に突き刺さる。
これはただの夢じゃない。これは――
「だけど、お前のせいで、俺は“死ぬ運命”を背負わされた」
「どうやっても抗えないような、理不尽な結末を、俺に押し付けたんだ」
......そんな、つもりじゃなかった。
だけど言い訳は届かない。なぜなら、相手は――僕が創ったキャラクター。
名前すらつけていなかった“彼”は、物語の中でただひたすらに、他人を助け、誰にも看取られずに消えていく。
彼に選択肢はなかった。
彼に幸せになる道は、どこにもなかった。
「――だからさ」
「僕は......お前にも、俺の苦しみを味わってもらおうと思うんだ」
淡々とした声で、しかしその裏には鋼の意志が込められている。
断罪の声。
裁きの声。
「お前が作ったシナリオなんだ。だったら、当然覚悟はできてるよな?」
「これは、れっきとした“復讐”だよ、作者さん」
「俺は、お前が――憎い」
「だから、お前が俺の代わりに、この運命を生きろ」
ズシン、と何かが胸に落ちる感覚。
重い。息ができない。苦しい。寒い。
でも、確かにわかっている。
この声の主は......僕が創った、“あのキャラ”。
運命を捧げ、命を削り、最後には誰にも知られずに消えた、悲劇の代行者。
彼は......僕を、迎えに来たのだ。
次の瞬間、僕の意識は、真っ白な光の中に呑み込まれていた。
ただの夢じゃない。
ただの幻覚でもない。
これは、僕が創り出した物語による――審判だ。
ーーーーーーーーーー
......痛い。
全身が軋んでいる。
体をひとつ動かすたび、鋭い痛みが走る。
――何だこれ。
夢じゃない。
あの白い光に呑まれたと思った次の瞬間、僕は――この体にいた。
耳が、遠い。視界がぼやけている。
まるで水中にでも沈められているように、音が鈍い。感覚が霞んでいる。
だが、それでも確かにわかる。
これは、僕の身体じゃない。
手を見下ろす。
細く、節くれだった指。血と土で汚れている。
肌の色も違う。僕のものよりやや小麦色がかっている。
爪の形も違う。傷の位置も、腕の筋肉の張りも――全部、違う。
そして決定的だったのは、視界の端に見えた“装備”。
くすんだ銀色の、古びた肩当て。動くたびに鳴る金属音。
――ああ。これは、まさか。
「......っ!」
喉から何か声を出そうとするも、息が引っかかる。
肺が焼けつくように熱い。
それでも、かすれた声が自然と口から漏れた。
「......これは、嘘......だろ......?」
言葉に出してようやく、自分の声が“自分のものじゃない”と理解する。
低い。男の声だが、若干甲高く、どこか耳に残る響き。
何より、僕が作中で使わせていたあのキャラの声と、まるで一致する。
やがて、騎士服らしき衣服の擦れる音がして、誰かが近づいてきた。
足音は慎重で、どこか緊張を孕んでいる。
そして――
「おい! 大丈夫か!? 意識あるか!?」
男の声だ。がたいのいい戦士のような人物が、僕の顔を覗き込んでいた。
鎧姿。ファンタジーらしい装備。腰には剣。背中には槍。
僕はその顔を見て、ある確信に至る。
ああ――この世界、僕が書いた“あの小説”の世界だ。
ここは、“
それも、勇者たちの旅が始まる――五年前の、あの時代。
そして、視線を落としたそのとき、相手が叫んだ。
「......レイ! おい、レイ! 意識戻ったのか!?」
レイ。
その名を聞いた瞬間、脳内に稲妻が走った。
それが、この世界で“僕が死なせたキャラクター”――
レイ・アステルの名前だった。
背筋に冷たい何かが走る。
いやいや、待て待て待て。
これは......何かの悪い冗談だろ?
だって僕は創作者だぞ?
彼の性格も設定も、能力も死に様も......全部、僕が書いたじゃないか。
でも、視界に広がるのは現実だった。
草木の匂い。遠くで鳴く魔獣の咆哮。傷の痛み。
目の前にいる“戦士”の汗の匂いまでリアルすぎて、逃げ場がない。
「......冗談、だろ......僕が......レイに、転生?」
でも、これは現実だ。
僕は今、彼になった。
あの物語の中で――五年後に、絶対に死ぬ運命を背負わされたキャラクターになってしまった。
つまり、始まったのだ。
自分が書いたシナリオに、逆に支配される人生が。
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