第12話 土曜日の事件前(5) イシュラ・マールⅣ
――セラフィナ基地の格納庫は、アイギスで溢れていた。
イシュラが格納庫を見渡すと、色とりどりの制服が見えた。青、白、黒……赤のアイギスもいた。格納庫は、巨大なドーム状になっていた。天井には支柱が張り巡らされ、起動エレベーターを支えていた。彼女の前にはロータリーがあり、無数の車両が行きかっていた。アイギスたちが乗り降りをし、壁面の階段に消えていった。
「それじゃね。イシュラ……また会いましょう!」
二人の黒のアイギスはイシュラに声をかけると、階段に向かって歩き出した。ロウとネイラは顔を寄せて、何か話していた。二人から笑い声が聞こえた。エリダはイシュラに敬礼をすると、ウィンクをした。彼女は、二人の後を追った。
白のアイギス達も見えた。遠くにミナとリアナが見えた。ミナは振り返り、イシュラを見つけると、イシュラに向けて手を振った。ミナは向き直って、リアナに駆け寄った。ミナはリアナを見上げて、何か話しかけていた。
――黒の隊長は一人残った。
ヴァルク大尉は腰に手を当てて、イシュラを見つめていた。
「本当に見事だった。君の腕前には敬服する。さすがナディラの後継者だ」
ヴァルクは優しい声で言った。ヴァルクは、そっと額に手を当てて……髪を撫でていた。――額の血は止まっている様だった。格納庫の油の匂いに……硝煙の香りが混ざった。
イシュラは、ヴァルクに向かって聞いた。
「あの……リアナ隊長もそうですが、偉い方が集まってきているように思えるんですが、何かあるのでしょうか?」
すると、ヴァルクが答えた。
「ああ。エリシア本部長の……ご栄転のための壮行会があるのだ。セラフィナ皇女の命で、主だったアイギスたちは、主星カレストリアへ移動している。聞いてないのかな……?」
イシュラは目を大きく見開いて、恐る恐る口にした。
「ナディラさんも……ですか?」
ヴァルクも眉をひそめて、答えた。
「ああ……彼女は、エストラ新本部長と、先に現地入りしているはずだ……聞いてないのだな」
――格納庫に起動エレベーター搭乗案内のアナウンスが流れた。
イシュラは、涙を浮かべると、言った。
「うう、最近あった嫌な事の中で、一番ショックです」
ヴァルクは眉をひそめると、イシュラの側まで歩いてきた。
「可笑しいな。任務表を確認してみるといい。何か出ているはずだぞ」
ヴァルクの優しい声に、イシュラは頷いて、ポケットからタブレットを取り出した。ホログラフが立ち上がり……任務表の一覧が表示された。一番先頭の行を見ると『任務完了』と表示されていた。
「もっと先だよ。下の方じゃないかな?」
ヴァルクは、イシュラに顔を寄せ、ホログラフを覗き込んで言った。――ジュニパーベリーの香りがした。
「ああ、これだな。ヴェルミエール上空で、哨戒任務が出ているぞ!」
ヴァルクが指をさして言った。イシュラがその部分をタップすると、ホログラフが切り替わり、カレストリアへの移動命令が表示された。
「あ、ありました。これですか?」
イシュラが聞くと、ヴァルクが頷いた。
「そうだね。何某かの任務が与えられているんだよ。それで間違いないだろう」
ヴァルクの言葉に、イシュラは目を輝かせ、ヴァルクの目を見つめた。ヴァルクは目を細めて見つめ返した……そして、さっと離れるとイシュラに敬礼した。
「では、イシュラ少尉。明日、AM8:00に……起動エレベーター口で。また、よろしく頼むぞ!」
「え?」
ヴァルクの言葉を聞いて、イシュラはタブレットを見つめた……明日の任務を見つけて……タップした。ホログラフが、ヴァルク隊のメンバーの顔写真を表示した。イシュラは笑い声を漏らし、目を上げた。
ヴァルクは口の端を上げると、小さくウィンクして背を向けた。――硝煙の香りが残った。
イシュラは、彼女の姿が階段に消えるまで……見送った。イシュラは、大きく息を吸って格納庫を見渡してから、整備室に向かった。
――破損した二台のヴァル=セリオンが……修理台の上に固定されていた。
イシュラは、ため息をついた。整備室の椅子に腰かけた。ペットボトルを持ったまま、背もたれに体を預けた。少し伸びをしてから、手元を見つめる。――グラインダーが車体を削る音がした。
「よし。決めた」
と彼女は言って、タブレットをポケットから取り出した。ホログラフを立ち上げると、メッセージを打ち込む……。
<<休暇申請:マナ・ポーションとヴァルク隊をアステリア柱まで届けた後、ヴェルミエールの哨戒任務まで、お休みをいただきます。>>
彼女は送信ボタンを押して、天井を見た。配管が網の目のように通っていた。ポロリという音が手元からした。ホログラフを見ると、ナディラからの承認の返信だった。イシュラは、ふぅと息を吐いて……ペットボトルの蓋を押した。ストローが飛び出した。――そっと口に含んだ。
「やっぱり、これよねぇ」
イシュラはそう言って、目を閉じた……『Blue in Green』が流れていた。
――そして、彼女たちの本当の試練は、これから始まるのだった。
――イシュラ・マールⅣ(了)――
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