第3話 九鬼暁斗は決意してみた
放課後夕日に詰められ、どうして千尋さんと仲良くなったのか……本当に少し話しただけだと伝えた後。俺はずっと家で考えていた。
それは当然、これからの身の振り方である。
自分に残る前世の記憶。そして、前世で仕えていた主が同じ教室に居ること。……それら全てが妄想の類だったとしても、本当のことだったとしても。俺が取る行動は一つしかない。
千堂千尋が前世の記憶を取り戻さないことを第一に考える。そのために彼女とはもう関わらないようにする。これ一択だ。
少し脳内を整理しよう。
もしこの前世の記憶が妄想とか夢の類だったとする。その場合、千尋さんは前世のことを思い出すとかそういう段階に居ない。
……そうであったとしても、多分俺は千尋さんの面影に妄想の主を重ねるだろう。現に今日も重ねてしまっていた。それは彼女からすればとても気持ち悪いことだろう。
厄介なのが、これが妄想だという証拠がないことで……妄想にしては、彼女と千尋さんの容姿以外の部分が似すぎている。
それで、もし――この前世の記憶が本当だったら。
それでも前世は前世、今世は今世と切り分けて考えなければならない。千尋さんが前世の記憶を持ってるかどうか……恐らく今はないだろう。これから思い出す可能性もかなり低いと思う。
そして、きっと俺は今世でもきっと彼女のことを好きになってしまうだろう。既にちょっとぐらついてきてるなと自分でも思う。それはいいんだけども。
俺の前世の記憶を本物だと証明するためには、それこそ千尋さんが前世を思い出すくらいしかない。もしくは他にあの世界からここに転生してきた人が前世を思い出すとか……とても現実的じゃない。
だが、一番怖いのは――俺が関わることで千尋さんが前世の記憶を思い出すこと。もちろんその可能性は低いだろうけど、ゼロじゃない。
現に、千尋さんが話しかけてきたのは俺があの記憶を思い出してから。俺を友達と呼んできたのも……前世のことが関係している可能性が高い。というか、他に理由が考えられない。
出来ることなら千尋さんには前世の記憶を思い出してほしくない。
前世の記憶はどれも鮮明だが、死ぬ時の感覚はその中でもより鮮明に思い出せる。とんでもないトラウマになった。昔から火は苦手だったが、記憶を思い出してからガスコンロに近寄ることすら出来ない。
ということで、極力千尋さんと関わらないようにすると決めた。千尋さん……前世の主を大切に思っているからこそ。
◆◆◆
千尋さんと関わらないためにすること。色々あるが、そこまで難しくない。
まず一つ目。千尋さんの方を見ない。
一昨日のこともあって、昨日まではつい千尋さんの方を見てしまっていた。それが夕日に色々詰め寄られる原因となった訳だが。
これの解決方法は至極単純であり、そもそも千尋さんの居る方向を見なければ良いだけだ。
夕日と話す分にはそちらを見なければいいだけだし、彼が居ない時でも本を読むなりして時間を潰せば良い。……そもそも一人の時間を極力なくすようにしているのだが、これは二つ目に繋がる。
ということで二つ目は、出来る限り夕日と一緒に居ることである。
昨日の体育の帰り、俺は千尋さんの友達になったことを知った。友達が一人で居れば話しかけてくる。それなら友達が自分の知らない友達……夕日が言うには異性とはあまり関わらないようなので、話しかけてこないと予想したのだ。
結果、それは成功した。
朝から放課後まで、一度も話しかけられないし目も合わない。夕日がめちゃくちゃジト目で見てくるし、彼女の席のある方からすっごく視線も感じるがそれまで。話しかけてくることはない。
まだ今日一日しか試してないが、明日からも同じようにやってみよう。友達も多いだろうし、少しずつでもフェードアウトしていけると思う。
放課後、夕日がお手洗いに行くとのことで俺もついて行く。ここまですればもう今日は大丈夫だろう。
「そんじゃ明日な。……もったいねえことしやがって」
「……あ、ああ。また明日。今度なんか奢るから許してくれ」
「おっしゃ。今度飯食いに行くぞ」
それはそれとして、今日一日は夕日からの視線も痛かった。こういう話が大好物だからだろう。それでも俺の意思を尊重してくれる人だ。
利用する形になって申し訳ないが、その言葉にホッとする。
そして夕日は裏門から帰り、俺は正門から一歩外に出た瞬間のことであった。
「あーきとっ」
「うおわっ!?」
ぴょん、と電柱の影から飛び出してきて驚く。その人物にもう一度驚くことになり――
「私の言いたいこと、分かるよね?」
ゴゴゴ、と音が聞こえてきそうなほどの威圧感。一瞬で背中は棒を入れられたかのようにピンと張ることになった。
「あー……いや。なん、だろうな。うん」
「ふーん? そうなの? 分からないんだ?」
「…………えっ、と」
じとーっと、夕日が見せたものより何倍も強いジト目。ジト目に強弱ってあったんだと今この瞬間知ったが、そんなことはどうでもいい。
……その目にこれ以上黙るのは無理だった。
「き、今日一日、千尋さんを無視してしまったことでしょうか」
「正解。昨日まではあんなに見てくれたのに……理由があるなら今のうちに聞くよ?」
「り、理由……」
「……それとも実は私のこと、嫌いだった?」
「ち、ちがっ! 嫌いなわけ……」
その瞳が揺らぐ。とても悲しい色へと変わり、慌てて首を横に振った。
でも、言えない。言えるはずがない。前世であなたに仕えていて、今世では関わらないことがお互いのためになるだなんて。
良くてドン引き、悪くて……俺が高校生にもなって厨二病だと学校に知れ渡る、があるだろう。千尋さんが言いふらすのではなく、これを見ている周りの人がだ。
それなら俺の言い訳はそれ以外で……目立ちたくない、というのは違うな。お嬢様は嘘が絶対に通じなかったので、今世も通じないと思っていいだろう。
全力で頭を回転させ――ピンと、一つ閃いた。
「綺麗だから」
「……ふぇっ?」
「千尋さんみたいに綺麗な人と話したことがなくて。それでどうしたらいいのか分からなく……」
自分で言いながら気づいた。いやこれ本人に言うことじゃないだろと。誰がどう見ても、自分に気があるだろうなと勘違いして口説いてる自意識過剰としか映らない。
一気に顔が熱くなり、耳まで熱くなる。
いっそのこと走って逃げ出したくなったが、それは不可能だった。……逃げかける俺の手首を千尋さんが掴んだから。
「そ、それで? どうしたらいいのか分からなくて?」
手首をがっちりと掴み、顔を赤くしながらも続きを催促するようにこちらを見てくる千尋さん。すっごく既視感があるものの、今は忘れておく。
「ど、どうしたらいいのか分からなくて、千尋さんを見ないとか他の人と居れば……話しかけられることはなくなるのかな、と」
自分が思っている以上にスラスラと言葉が出てきた。それはこの理由が嘘じゃないからだ。
今世でここまで綺麗な人と会ったことはない。前世も含めても……彼女くらいしか居ない。いや、俺からすれば同一人物みたいなものなんだけど。
「……ふーん? へーえ? そうなんだ。……そう、なんだ」
その言葉を聞いて、千尋さんの口がもごつく。明らかに口元が緩むのを抑えていて、更に手首を握る力が強まる。
それは彼女が幼い頃の癖で、脳内に光景がバチりと映し出される。
思わず重ね合わせてしまうも、目の前にいる彼女は気づかなかった。
「で、でも、そんな簡単に許してあげないんだからね! ……今日一日、お友達に無視されて寂しかったんだから」
「うぐっ……」
咳払いと共に千尋さんが表情を繕い、怒ったように顔を膨らませる。学校でも中々見ないレアな表情。
それにすら既視感を抱いてしまったが……もうこの既視感からは逃れられないのだろうと受け入れることにする。
そして同時に、自分の仕出かした過ちを知った。
「ご、ごめん、なさい」
「ん、許してあげる。でも埋め合わせはしてよね」
友達に無視されることの寂しさ、それは想像不足であった。俺とは違って友達が多い千尋さんだが、彼女が一人に無視されても別の友達が居るからいい……なんて考えないことは想像がついたはずなのに。
そもそも、千尋さんに前世を思い出させたくないというのも俺の勝手な思い。更に、もし俺が無視し続けた後に千尋さんが思い出したらと考えるとゾッとする。彼女から離れることを選択した俺に、その時出来ることは何もないのだから。
後悔と反省が胸中を渦巻き、続く言葉が頭に入ってきたのはワンテンポ遅れてのことだった。
「……ん? 埋め合わせ?」
「うん、埋め合わせ」
聞き返すと、またニコニコとした人懐っこい笑みを浮かべたまま頷き返される。
「それじゃ、一緒に帰ろ。確か家の方角同じだったよね?」
そして、続けられた言葉に頬が痙攣するようにひくついたのだった。
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