異世界でバッドエンドを迎えた執事と令嬢は現代日本に転生したようです
皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1
第1話 九鬼暁斗は前世を思い出す
前世の記憶。
それを信じる人は世の中にどれくらい居るのだろう。
そもそも、前世の記憶を持つ人自体が少ない……というかほとんど居ない。テレビでオカルト系の番組をしている時とか、動画サイトのこれまたオカルト系のチャンネルで前世の記憶があるという人が取り上げられる程度。それも過去のものを取り上げるものがほとんど。それを信じる人はどれくらい居るんだろう。
七月。期末テストが終わった次の週の朝、誰も居ない教室の中で一人ぼんやりとそんなことを考えていた。
その理由は……昨夜から今朝にかけて、夢と呼ぶにはあまりにも生々しい
どうやら俺、
……完全に創作の世界でしかないんだが。ぶっちゃけ俺もこれをまるっきり信じてる訳じゃない。
ただ、それを妄想とか夢だと断ずるにはあまりにもリアリティがありすぎた。
目を閉じなくとも鮮明に思い出せる、死の間際の光景。
肌の焼ける音、髪や脂肪が溶けるにおい。煙を吸い込み、咳をすればするほど苦しくなる肺。
けれど痛みなんかよりも辛いのが――死の間際、胸に抱いていたものの存在。
――それはお嬢様の頭であった。
……お嬢様とか心の中ですら使ったことのない言葉なのに、不思議とするっと出てくるのが変な感じだ。
まあ、ただ思い出しただけなら……すっごく気になるが、日常生活に支障はない。ただの記憶であれ妄想であれ、墓場まで持っていくものだ。
問題はもう一つ……というか、こっちの方が深刻で――
ため息を吐きそうになった瞬間、ガラリと教室の扉が開いた。いきなりのことに体がビクッとなり――扉を開けた人物を見て心臓までビクッと跳ね上がった。
「あれ? 今日は私より早い人居たんだ」
長い黒髪は光を反射するような光沢を持っている。更に人形のように大きな目鼻と整った顔立ち。表情は明るく、美人だがクールというよりは元気で快活とした印象を受ける。
――
何を隠そう、彼女は俺が前世で仕えていた令嬢の生まれ変わり……その令嬢の魂が宿っているのである。
何を馬鹿げたことを、と思われそうだし……俺も誰かがこんなことを言っても信じないだろうとも思う。
だけど、分かるのだ。根拠とかもない、ただの感覚でしかないのが凄くもどかしいが……前世は今世よりも魂が身近な存在だったから。
小刻みに手が震え、ぐっと拳を握って隠す。震えていることだけじゃない……心の奥底から湧き上がるもの全てを隠すように。彼女から目を逸らして、普段通り……仲が良くないどころか話したこともないため、ただ座っていればよかった。それなのに――
「お、おはようございます」
話しかけるつもりはなかったのに、気づけばそう口にしていた。
しまったと思っても遅く、後悔が心を覆いそうになる。しかし、千堂千尋はこちらを見て笑みを浮かべた。晴れた空のような、とても明るい笑み。
「うん、おはよう! 九鬼くん、話すのは初めてだよね。いつもは私が教室に一番乗りだったんだけど、今日はかなり早く来たんだね?」
「ああ……いや、その。少し変な夢を見て起きて、目が冴えてしまって」
「変な夢? ってどういうの?」
てくてくとこちらに近づいてきて、また心臓が跳ねる。
まさか話が続くとは思わず……いや、確か前世でもお嬢様は好奇心旺盛で旦那様によく叱られていて……いやいやいやいや。考えすぎだ。一旦、とにかく今だけは別人だと思え、俺。
「変というか、怖い夢というか」
「怖い夢見て眠れなくなっちゃったの?」
「……はい。そうなります」
それから俺の前の席に座って、こちらを見てニコニコとしていた。その笑顔にはとても見覚えがあった。
でも、怖い夢を見て眠れなくなったというのは高校生にもなってちょっと恥ずかしい。
「九鬼くんって意外と可愛いところあるんだ?」
「……人間なら怖いものの一つ二つはあるかなと」
思わず棘のある返しをしてしまったものの、彼女は笑っていた。
「ふふ。それもそうだけど、なんか意外。鬼でも倒せそうなくらい強そうなのに」
「それは苗字から連想してるだけでは……?」
彼女はころころと鈴を転がしたように楽しそうに笑う。笑顔ってこんなにたくさん種類があるんだなと思わされる。
……それがまた凄く既視感なのだが、そこから全力で目を逸らしているとまた教室の扉が開いた。
「あれ、千尋ー? 珍しい人と話してるねー」
「あ、りっちゃん。うん、私より先に来てたから気になっちゃって」
入ってきたのはクラスメイトであり、千堂千尋の友人である
くるりと彼女が振り向く。そして、ととっと近づいてきて顔を俺の耳元へ寄せた。
「不公平だから私が怖いものも教えておくね」
手で筒を作って、彼女がぽそぽそと呟くように話しかけてくる。ここまで異性に接近されたことは今世ではなく、心臓が高鳴り――けれど、続く言葉にまた別の意味で心臓が跳ねた。
「私ね、小さい頃から刃物が苦手なの。なんでだろ、見るだけで……首をスッパリ斬られるんじゃないかって思っちゃうんだ」
ぶわりと全身に鳥肌が立ち、髪まで全て逆立ったんじゃないかと錯覚する。けれど彼女はもう友達の所に向かっていた。
「……あれ? りっちゃんどうしたの?」
「いや、珍しいなって。千尋、あんまり男子にああいうことしないから」
「そういえば確かに。なんでだろ?」
その会話は耳に入ってこない。脳裏に浮かんでいるのは、今朝見た最後の記憶。体が焼ける中、胸に抱いていた彼女の頭。
その頭は――隣国からとある人物が持ってきた、かつて私が仕えていた令嬢のもの。
首は大きな刃物で斬られたかのように、スッパリと綺麗な切断面を残していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます