第20話 佐々木 白木蓮
*軽度の残虐表現があります。苦手な方はお控えください。
・・・山が騒々しい。
白木蓮は刀を雪から前方の山へと構え直す。木々をなぎ倒す音、獣の咆哮がものすごい勢いでこちらへ迫ってくる。
「山の主か?」「屍食鬼は人形(ひとがた)だと聞いたが」と部下たちの動揺。白木蓮は怯むなと怒鳴りつけ、にやりと笑った。
「ようやくお出ましか」
青い炎が燃え盛る巨大な物体が、雪めがけて一直線に飛びかかってきた。月明かりの下、黒猫の巨体を青い炎がぐるりと巻き付きながら燃え盛っている。
「くろちゃんっ! 来ちゃだめよ!」
雪が叫ぶ。
雪の声に反応した化猫は、一瞬動きが鈍った。
当然それを、白木蓮が見逃すはずがない。
化猫の首めがけて、ギラリと光る刃を瞬速で振り下ろす。
金属がぶつかり合う音がした。
刃を受け止めたのは、――龍胆だった。
「貴様――!」
白木蓮が唸る。そのすきに変身を解いた化猫は、子供の姿に変身した。
「雪お姉ちゃん!」
雪へと駆け寄ってくる。雪は黒猫の正体が菫だったと知り、しばし目を丸くしていたが、小さい手で拘束を解いてくれた菫を抱きしめた。
「なんてむちゃするの・・・」
「お姉ちゃんが心配だったんだもん!」
菫は顔を上げて言う。うるうるとたれ目が愛らしい。
やがて、子どもは雪を守るように一歩出た。自らを取り囲む隊士たちをぐるりと見て言う。
「ねえ、お姉ちゃん」
――このひとたち、食べてもいい?
その一言に、雪も隊士もぞっと悪寒が走った。菫は続ける。
「僕の大切なひとを、寒空の中、木に縛り付けるなんて。人間はやはりろくでもないです。そんな人達とぼくらあやかし。なんの違いがありましょう。殺し合いを望むのならいい度胸。僕が相手になりますよ」
子どもはそのまま首のない死体が入った桶に近づく。刹那、頭だけ巨大な猫に戻ると、死体を樽ごとバリバリと噛み砕いた。
ごくりと飲み込むと、すっと子供の姿へ戻る。
菫のかわいらしい唇には、血が滴り落ちていた。菫はにやりと笑う。とても子どもの見せる笑みではない。
初めてあやかしが捕食する場面を見たものもいたのだろう。刀を握る手が震えているもの、その場で吐いたものもいた。
「食べちゃだめ」
涼やかな声がした。菫は隊士たちから視線を外し、雪を見上げる。
「菫ちゃん。人間は食べ物じゃないわ。食べちゃだめ。いい?」
なんて間の抜けたしかり方をするんだ。その場にいた全員が思った。が、菫はぱっと顔をほころばせた。
「はーいっ。お姉ちゃんがそう言うなら」
何かが決定的にズレている。隊士たちは震えた。
一方、白木蓮と龍胆は激しい鍔迫り合いをしていた。
「貴様は何者だ!?」
攻防戦の中、白木蓮はしきりに語りかける。
「その面差し(おもざし)、あの人斬り龍胆か? それとも他人のそら似か!?」
「――よくしゃべる」
龍胆はそれだけいうと一旦後ろへ飛び退った。鋭い視線の中には、ほのかなぬくもりが見て取れた。
「お前にはどう見える? 俺は人間か? あやかしか?」
龍胆はその桜色の唇に笑みを含ませる。白木蓮は眉間にシワを寄せた。
「どういう意味だ」
「俺は人間でもない。あやかしにもなりきれない。半端な存在。なぜなら俺は人を喰わないからだ」
「そのものの言い方。貴様、間違いなく人斬り竜胆だ」
白木蓮は刀をおろした。
「だがわからん。なぜ人間が鬼になる? 今の貴様は人殺しではないと言った。人も喰わないと。ならばこんな場所で何をしている」
龍胆は刀を鞘に納めた。
(戦うつもりはないのか)
それでも相手は鬼だ。白木蓮は油断なく刀を構える。
刹那、龍胆の姿が掻き消えた。
――!?
残像を残し、ようやく目が存在を認識した頃には、龍胆は拳を振り上げ眼前に迫っていた。
ゴッ!!
重い拳が、白木蓮の右頬にめり込む。身体は吹っ飛んだ。取り落とした刀はカラカラと地面を転がった。
かろうじて意識を保った白木蓮は「貴様・・・っ!」とうめく。
龍胆はおもむろに立ち上がり、雪に埋もれて動けない男を、ゆうゆうと見下ろした。
「寒風の中、雪を木に縛り付けた罰だ」
隊長! と隊士たちが駆け寄る。それを片手で制し、白木蓮はにやりと笑う。
「まだ俺の上官気取りか。お前が抜けた今、討伐隊の隊長は俺だ」
唇の血を拭い、白木蓮は悔しげに笑う。
龍胆はさばさばと言った。
「半端者はお前だったようだな、白木蓮よ。――隊の統率が取れていない。新人の仕込みもなってない。お前はこの十数年間なにをしていた? たるんでいるぞ」
――愚か者ども。
龍胆は吐き捨てるように言うと、今度は雪と菫のもとへと歩いて行く。
一連のやり取りを見ていた雪は、(怒られるっ)と身体を小さくしたが、降ってきたのは、かわいいげんこつだった。コツンと音を立てる。
「こーら、雪。勝手に出ていくからこういう目に遭うのだよ。身にしみてわかったかね?」
先ほどとは全く違う、甘い声。幼い頃に聞いた叱り文句だ。雪は肩の力が抜けた。
白木蓮は目を丸くする。それは隊士たちも同じだった。
「鬼と人間が仲睦まじく・・・」「なんだ、あの女は。鬼を虜にする魔物か?」
雪は「ごめんなさい・・・」とつぶやく。その体を龍胆は抱きしめ、耳元で「帰るよ」と言った。
菫は再び火車へと変化する。その背に雪を乗せると、龍胆は満足げに笑った。
凄まじい突風が吹く。
隊士たちが目を開けたときには、そこにはだれもいなかった。
「隊長、どうします? 追いますか?」
白木蓮はゆっくりと上体を起こした。
「いや、居場所は薄々わかっている。問題は『入れるか』どうかだが・・・」
白木蓮はぼうっとした目をしていた。手袋を見つめる。
(そういえば、奴もまだ手袋をしていたな)
龍胆は戦う際、いつも黒い手袋をしていた。ふと懐かしい痛みを思い出し、男は密かに笑った。
「懐かしいご挨拶だったよ、隊長」
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