第3話 餓鬼

*軽度の残酷描写があります。




喰い散らかされた肉塊。畳の血の海。

ここは庄屋の家。葬儀に参加していた村人たちは、そのほとんどが化け猫に魂ごと喰われた。

朝になれば、帰ってこない家族を探しに人間たちがやってくるだろう。そうなれば、役人を呼んで大変な騒ぎになるはずだ。

しんと恐ろしいほどの静寂が包む座敷。むせ返るような血臭が漂う室内。


そこへ無遠慮に足を踏み入れる男がいた。


「火車(かしゃ)が現れたか。・・・一足遅かった」

暗闇で顔はよく見えない。

背が高い男だ。天井に頭がふれそうなほど。体格もいい。着物の上からでもガッシリとした筋肉が窺える。

声は悔しげではあるが、案外おだやかだ。心地が良い低音で、女性ならばうっとり聞き惚れるだろう。

――暗闇の中、異常な輝きを放つ、『青い目』を除けば。


ふと、男の足元から「うぅっ」と女のうめき声がした。

「おおっ! どうやら生き残りがいたらしいな」

男の声がはずむ。おもむろに膝を折った。

女は血まみれの顔で必死に「た、たすけて・・・!!」と泣き叫んだ。右肩は化け猫――火車に噛み砕かれ、グシャグシャになっている。

男は「うーん」と顎に手を添え、考えるふりをした。

「困ったねぇ。君のその怪我じゃ、もって線香一本といったところかな。長くはないが、短くもない。苦しいだろうねぇ。痛いだろうねぇ」

後半になるにつれ、男の声は嬉しそうに変貌する。

死にかけのネズミをいたぶる猫のようだ。

たっぷりと色気を含んだ唇を開き、男は女へ一歩距離を縮めた。女は「ひぃっ」と悲鳴をあげる。

「いいねぇ、その怯えた顔っ! ゾクゾクするよ」

男は女の顎を掴み、ぐいっと引き寄せる。痛みに耐えきれず歪む汚れた唇。それを覆うように、自らの唇を重ねた。

「っ!?」

女はぎょっとして泣き止んだ。見知らぬ男に口づけられて平気な者はいないだろう。離れようともがくが、顎を捕まれ、背に手を回されれば身動き取れない。


男は、甘美な口づけを繰り返した。


安心をあたえるように。

・・・・・・苦しまぬように。

束の間、女は痛みを忘れて口づけに酔いしれた。

その時だ。

「ゔっ! ――ゔぅぅっ!?」

女はぎょろりと目をむいた。口から、『霧状のなにか』を吸い出されようとしている。

末期の力を振り絞り、女は抵抗した。バリバリと男の服を引っ掻く。指が擦れ、血はにじみ、爪が剥げた。

・・・・・・やがて、ビクッと手は痙攣し、それが最期のあがきとなった。

首は力なくだらりと落ちた。

「・・・ふう。味は『下(げ)』だな。いやはや、がっかりだよ」

男は女の骸を、興味をなくしたと言わんばかりにぽいっと捨てた。

血溜まりに無造作に転がされた女の死体は、魂を吸い出され白目をむいていた。

「・・・まったく。君は死に顔まで汚いね。最期(さいご)くらい、美しく散ったらどうだ?」

男は言い捨て、おもむろに立ち上がった。膝を払い、乱れた襟を正す。

「まあ、いいさ。雑魚に興味はない」

死体の群れをものともせず、男は淀みない足取りで玄関へ戻った。

ゆっくりと、月光の注ぐ青い夜へ姿を現す。

まばゆい白髪(はくはつ)はふわり夜風にそよぐ。

白い鼻筋、ふっくらとやわらかい唇。人懐っこいたれ目。

「屍食鬼は死体を喰う鬼。火車はただの化け猫。――死体を愛でる鬼は、『餓鬼(がき)』である僕だけかねぇ」

どの鬼よりも残虐なこの鬼には、ちょっとした趣味があった。

――美しい女の、死体の収集。

「雪ほど、魂に汚れがなく美しい女はいない・・・。さて、どこへ連れて行かれたのかな?」


揉み手しながら、男は舌なめずりした。


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