決行日

10月6日 日曜日 晴れ

13時2分

秋晴れの空は高い。鰯雲が水色の空に漂っている。教団に潜入していた頃の真夏の農作業の時、たまに見上げる化け物のような入道雲とは打って変わって随分涼しげだ。


俺は車から、レンタカーショップを張っている。『明石勇馬』はWEBサイトから『トヨタのハイエースロング』を予約していた。


『明石勇馬』が現れる。


『ニチニチレンタカー』の従業員と笑顔を交えながら、説明を受けている。10分もかからず説明を終え、車のキーを受け取るとアイツはエンジンを掛けて走り出した。


白い『ホンダ フィット』が『明石』を追跡した。『ホンダ フィット』の運転席にはチャンリーがいる。


俺はそのまま路肩に車を止め、マンボウさんに電話をした。


「始めてくれ」


「承知しました」


マンボウさんは千葉県三郷の外れの人気ひとけの全くない公衆電話から電話をかけた。


「すみません、警察への情報提供はこちらでよろしいでしょうか?はい、あのですね、ボク、ボク、あのネットやってるんですが、その仲間が、なんか大変なことやるって、本気なんですよ、ええ、ええ今から詳しく話します、………」


全てを警察に話し終えるとマンボウさんは車に乗り、5キロ程移動した。それから俺にスマホで電話をくれた。


「完了です」


「ありがとう。5分後に例の情報や、URL、画像、GPS情報を流してくれ」


「承知しました」


「それと例の件詰めてくれ」


「今、調べてます。わかり次第、すぐに」


俺はその返事を受けて新宿警察署捜査1課の吉行巡査部長に電話した。吉行は課長の元部下だ。会ったことはないが、課長がよく吉行のことを面白おかしく話題にする。俺と同じ歳の27歳で元ラグビー部。筋肉質で身長はさほど高くは無いが、その肉体の威圧感から、一度は4課のマル暴にいて、随分暴力団関係者を震え上がらせたらしい。顔が四角く目が熊のようだという。課長に写真を見せられたが、クマというよりは全体的にゴリラに見える。聞いた感じでは、情に熱いところがあり、そんなに頭は良くないが、行動力と正義感を持った数少ない信頼できる仲間らしい。


「公総の坂口と言います。津島修一課長の元にいます」


「イタズラ電話か?」


「時間が無いので手短に言います。規制を張っていただきたい」


「すぐにそんなことできるか」


「今から、その犯人の情報、GPSの位置をサイバー局にお送りします」


「何言ってんだ」


「無差別殺人が起きるかもしれません。ではよろしくお願いします」


吉行は狐につままれた感じでスマホを片手にぼんやり突っ立ていた。すると、後輩の小島巡査が慌ててやってきた。痩せたひょろっとした感じだが、高校時代柔道65キロ級でインターハイで優勝した経験を持つ。オリンピックを目指していたが怪我で断念し、警察官になった。身長が173cmで上司の吉行より微妙に高く、先輩の吉行をいつも見下ろしてしまう。吉行は地味にそれが気に食わない。


「先輩!先輩!」と小島


「何だよウッせぇな」と吉行


「今、中央センターの通信司令室『110番映像通報システム』から通報があって」小島はマンボウさんが警察に通報した内容を伝えた。


「公安にいる津島さんの下にいる何とかってヤツからも似たような電話が来た」


するともう一人の後輩の遠藤が走ってやって来た。


「サイバー局に奇妙な情報が大量に来ています『明石勇馬』という男の情報です」


「それをこっちのパソコンにも流してくれ」


数分後、サイバー局から『明石勇馬』の関する情報が流れてきた。吉行はGPSを凝視した。


「どこに向かってるんですかね」小島がとぼけて言う。


「バカ、このルート回りくどい道だが、」


「銀座だ」と遠藤


「そうだ銀座に向かっている。さっきの通報の内容が本当なら……、」と小島。


「特別緊急配備」と吉行は声を荒げた。


覆面パトカーが2台、まず出動した。1台に小島が運転し、助手席に吉行が乗った。吉行は警察無線で応援要請をした。


『明石勇馬』のルートが警察内で共有される。事件はまだ発生してはいないが、謎の情報提供者の証言、サイバー局に流れてきた情報提供の詳細さ、正確さが上層部を動かし、異例の「特別緊急配備キンパイ」が敷かれ、千葉県警と合同で強制捜査が執行『明石勇馬』宅に家宅捜索が入った。


「※指令65マルヒ、現在、墨田区押上1丁目付近を通過」交通管制センターからも『明石勇馬』の情報が警察無線を通して各署に共有される。

※マルヒ:被疑者


小島はスピードを上げた。小島は運転が上手い上に東京の道の隅々を熟知している。ナビよりも頼りになる。後ろの席では遠藤がノートPCを睨んでいる。警察内で共有されている『明石勇馬』のルートをGPS機能で見ている。遠藤は1課の中でもキャリア組のインテリで、※2課配属を望んでいたが、1課に配属された。体力はさほど無いが、頭脳明晰で、現代っ子よろしくあらゆるデバイスに強い。ツーブロックをオールバックにして細い目と端正な鼻をしている。シャープな輪郭は冷酷そうにも見えるが、おとり捜査の際、飲めない酒を飲んで捜査で失態したことがあり、今では笑い話だが、その話題になると耳が真っ赤になりブスっとして1日口を効かなくなることがある。

※捜査2課:知能犯と呼ばれる詐欺、通貨偽造、贈収賄、背任、脱税、不正取引などの経済犯罪を担当する。キャリア組が多くインテリ集団と呼ばれている花形部署。


「ん」と遠藤はあることに気づいた


「吉行さん」と遠藤は声を掛けた。


「さっきの奇妙な情報提供の中に今、『明石』が辿っているルートをなぞったマップ画像があったんですが」と遠藤は言って、ノートPCのマップを見せた。


「確かに、このルートを『明石』は進んでいるな」と吉行。


「はい、見ていくと、ココ、ココ見てください」と遠藤はそう言って、マップ画像を拡大してを見せた。


「直線だな」と吉行。


「そうなんです。この道は直線で、左右に抜ける路地が800mにわたって一つもありません。なので後ろから我々が追跡し、出口を数台のパトカーで塞ぐ」


「挟み撃ちか」


「そうです。もしかしたら、情報提供者はこのことを我々に伝えたいんじゃないですか?」


吉行は無線を取った。

「東44から東、指令65マルヒ、墨田区業平4丁目6-18、エノキドビルが見える十字路前にパトカーを至急数台配備して待機。要請願います」


配備要請場所から一番近い、本所警察署から4台のパトカーが出動した。


吉行たちが乗ったパトカーが次第に『明石』のハイエースに近づいてきた。


「先輩、あれですね」小島が緊張して言った。


吉行は例の直線ルートに入るのを待った。

無線を持った。

「東44から東、出口は塞ぎましたか」

「東44、待機。完了」


『明石』のハイエースが例の直線コースに入った。


幸いにも対抗車が一つもない。本所警察の素早い対応が功を奏した。


吉行は拡声器に切り替えて言った。

「前の車、止まりなさい」

そしてルーフから赤色灯を出してサイレンをけたたましく鳴らした。


『明石』のハイエースがスピードを上げた。


「まずはスピード違反でパクれますね」小島が言う。


『明石』のハイエースがさらにスピードを上げる。


小島が距離を近づける。


『明石勇馬』は混乱していた。『騙された』、『斎藤』に騙された!あの野郎サツにタレこんだか!左右を見てみたが、抜け道がどこにも無い!

「ん」

『明石勇馬』の目の前に4台のパトカーが見えた。この道を抜ければ465号線へ出られるはずなのに!


後ろには覆面が2台、距離を詰めて追いついて来る。


目の前の4台のパトカーは待機して出口を塞ぎ微動だにしない。


覆面がジリジリと追い詰める。


「止まれ!」吉行が拡声器で怒鳴る。


「ん!」『明石勇馬』は動転した。


「待て!」と吉行は小島を制する。

小島と、その後ろのパトカーがスピードを次第に下げて行く。


「危険だ!アイツ余計スピードを上げている。突っ込む気か!」と吉行。


「なんだ!」『明石勇馬』は踏み込んだアクセルを上げようとしたがスピードが落ちない。


そして、ブレーキも効かない。


「アイツ突っ込みますよ!」と小島。


「東44から東、一旦、解除!突っ込んで来るぞ!」


ハイエースのスピード120km/hを振り切っている。


「東44、了解、 あっ!」


無線のノイズの金属音が、耳の鼓膜を裂くように走る。


ハイエースはパトカーに衝突した。


ドンっという爆発音のような物凄い音が辺りに響いた。地割れでも起きたかのような衝撃だった。


吉行たちはハイエースに近づきパトカーを止めて、駆け足で現場を見た。車の破片が散らばっている。ハイエースの運転席が、パトカーの一台と正面衝突していて元の形を成していなかった。車体が「ひしゃげた」毛虫のように見えた。


運転席にはピクリともしない『明石勇馬』が血だらけでいた。


「救急車だ!救急車を呼べ!」吉行は小島に大声で言った。


続く。

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