第5話 生きている亡霊(4日目)

 今日も快晴。俺様とグリドリーは、朝からせっせと伐採作業に励んでいた。


「ふぅ……なあグリドリー、果物の木はなるべく切らないようにしとくか」


 と声をかけると、グリドリーはうんうんと頷き、腕のような枝を器用に使って斧を振るっていた。無口だが、気は利くやつだ。

 この島、エアロフーバには意外にも食べられる果物が多い。昨日からの収穫で、見たこともない木の実が数十個はある。たとえば「バリン」という、バナナのような形をしたリンゴ風の果実。ジューシーで、ほんのり甘い。グリドリーはこれを一瞬でたいらげてしまう。


(まあ、グリドリーが1週間あれば全部食べ尽くすだろうな)


 食料は十分だが、保存手段がない。しかも狩猟や採集を任せられる仲間もいない。つまり、そろそろ人手が足りない問題が深刻化してきたわけで。


 猫師匠の話では、この島には人間がほとんどいないという。代わりにいるのは、エルフ、ドワーフ、ゴブリン、オーク、その他もろもろの異種族らしい。まるでラノベの世界じゃん!とテンションが上がるかと思いきや、実際に遭遇したらどう接すればいいのかわからない。怖い。いや、ちょっと楽しみかも。


 制服はもうボロボロで、土と汗でワイシャツは泥染めのようになっていた。そろそろ衣服もなんとかしなければいけない。やることが山積みすぎる。

 でもなぜだろう。


 そんな課題だらけの状況が、今はとても楽しく感じる。


(これが……生きているってことなのかもな)


 昼時、グリドリーと猫師匠がバリンを黙々と食べている横で、俺様は空を見上げる。太陽が高く、眩しい。もし神様がそこから覗いているなら、俺はきっと親指を立ててこう言ってやる。


「今、ちゃんと生きてるぞ!」

「ちょっと散歩してくるわ」


 そう言って立ち上がると、猫師匠がくるりと振り返る。


「気をつけるにゃ。エアロフーバには危険な生き物も多いにゃ」

「了解」


 そんなわけで、俺様はこの島に来て初めて、本格的な探検を開始したのだった。

 しばらく歩くと、周囲の雰囲気ががらりと変わった。

 そこは、茶色い土がむき出しになり、あちこちに古びた石碑が点在する広大な墓地だった。墓石には見たこともない言語がびっしりと刻まれていて、時折、地面から人骨のようなものが顔を出していた。


(こ、これは……)


 俺様は骨マニアではないが、歯の配置や頭蓋骨の形で、それが人間の骨であると直感した。どうやらここは、かつてこの島に存在した国の王族墓地らしい。

 にもかかわらず、不思議と恐怖はなかった。


(むしろ……落ち着く?)


 まるでこの場所には、死者の怨念や恐怖といった「負の感情」が存在しないような感覚があった。空気は静かで、どこか神聖ですらある。


 そして、墓地の最深部へと足を踏み入れた時――

 そこに、ひとりの少女が座っていた。

 その子は明らかに普通じゃなかった。右半身は透明な霊体、左半身は生身の肉体。

 まるで人体模型の幽霊版だ。

 目が合った瞬間、俺様は固まった。


 透明な右目は氷のように冷たく、空っぽなのに深淵を覗いているようで。

 一方、生身の左目は愛嬌があって、どこか人懐こく、頬もぷっくりとした超絶美少女だった。



(生きてるのか? 死んでるのか?)



 少女はゆっくりと立ち上がり、ぎこちない歩き方でこちらへ近づいてくる。左右で質量が違うからか、バランスをとりながら、ごつんごつんと歩いてくる様子は、正直ちょっと面白かった。

 服装は狩人のような革製のチュニック。生身と同じく、霊体側も同じ服を纏っていた。つまり……魂にも服ってあるのか?

 やがて彼女が目の前に立ち、ふたつの顔で同時ににっこり笑った。


「うちはテスっていいます。この島、初めてですか?」


 声は澄んでいて、少しだけ揺れるような透明感があった。


「……はい。国を作ろうと思って、この島に来ました」

「ほ、ほんとに!? うわあああああ、やったああああ!!」


 突然、彼女は飛び跳ねた。


「ようやく……ようやく人間に会えた! もうね、毎日毎日、墓地で亡霊とだるまさんがころんだとか、しりとりとかしてたのよ! つらかったのよ!」

「えっ……し、しりとりするんだ亡霊って」

「するわよ!! けっこう強いのよ!? でもあたしが“るるるる”って言ったらルール違反って言われて……くうう」


 彼女は少しだけ涙ぐんで、頬を膨らませた。

 どうやらこのテスという少女、かなり長い間、人間と会っていなかったらしい。


「この姿だと、どの種族も逃げちゃうの。エルフに会おうとしたら成仏されそうになるし、ドワーフには“あばばばばば!”って言われて逃げられるし、オークは……屁こいて逃げたし」


 なんだそれは。


「で、でも人間なら大丈夫だと思って……ずっと待ってたの!」

「は、はは人間でも逃げるとは思いますけどね」

「そっかー。でも、あなたは逃げなかった。やっぱり、あなたは“希望”だわ」


 彼女は両手を重ねて、胸の前でぎゅっと抱きしめた。


「どうして君の体は、半分が霊体なんですか?」


 俺様が恐る恐る尋ねると、彼女はくすりと笑った。


「うふふそれはね、数百年前の話なんだけど」


 ここから先は、かなり長い昔話が始まった。

 なので、その詳細はまた次回。

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