第21話 真冬と両親
「真冬のその感じだと、そいつとの融合はギリギリまで引き伸ばすってことだよな? いつにするかって、もう目処は立ってるのか?」
俺と
「ええっとね。何となく察してくれているとおりきちんと話し合いはできていないから、わたしの勝手な願望に過ぎないんだけれど。
やはりお察しのとおりだったようだが、鷹司の誕生日が判明しているだけ不幸中の幸いといったところか。一大財閥の坊っちゃんの生年月日なら広大なインターネットの海に一つや二つ漂っていそうなものだ。もしわからないようであれば雨夜に能力を使って探るよう土下座するところだった。あの雨夜もまさか断ることはしないだろうしな。
「ちなみに、真冬の誕生日はいつなんだ?」
「わたし、大晦日に生まれたの。十二月三十一日。だから、確実にその年は越せないんだ」
真冬は名前のとおり、生まれも冬の真っ只中なのかと腑に落ちる。その一方で、無理に作った笑顔が俺の心を容赦なく抉る。俺が真冬と越せる年も残り僅か二回しかない。
「ごめんね。シノにそんな顔をさせるつもりはなかったのに。でもね、大晦日って言ってもわたしが生まれたのは年明けギリギリだったみたいだから、直前まで粘ろうと思ってるんだ」
俺がよっぽど悲観的な表情をしていたのだろう。真冬は慌てて自身の計画を早口で捲し立てる。その気遣いが、余計に俺を責め立てる。
「そうなんだ。俺は雨夜より早い一月生まれだから、場合によっては真冬たちと融合のタイミングが重なるかもしれないな」
だから俺は、自分たちの予定を伝えることしか手立てがなかった。俺たちは年を越せる。それに、俺は器だ。年を越すことはおろか、身体的な死が俺を捕らえるまで何度だって年明けの光を浴びることができる。そんな俺が真冬を前に何を言ったって、何を問いかけたって。徒に真冬を追い詰めるだけだって、わかっているのに。
雨夜の時もそうだ。俺はいつだって、無力だ。
「ふふ。それじゃあ、融合した後にシノと鷹司くんがいがみ合ったり言い争ったりしないように、対策しないといけないね」
「何だよそれ」
「だって、きっとシノと鷹司くんは性格が合わなそうだから。と言っても、鷹司くんとソリが合う人はなかなかいないと思うけどね」
真冬はまだ無理して笑顔を振りまいていた。加えて慣れない冗談まで言うものだから、冗談なのか本当に心配してくれているのか判断に困るじゃないか。自分を責め立てる道から逸れるには真冬がそこまでいう鷹司という奴に意識を戻さなければならない。
鷹司の野郎とはまだ話を聞いただけで会ったこともない奴だが、真冬の危惧するとおりきっと争いは必須になる予感しかしない。ましてや、真冬を取り込んだ後の鷹司であればなおさらだ。俺のやり場のない憤りが向かう先は、他にないだろうから。
「それにしても、大晦日だなんてよりにもよって一年の最後の日に生まれるだなんてって、いつも思うんだ。それなりに大きな神社だから年明けを迎える参拝の方々の対応に追われて、小さい頃から誕生日当日はバタバタで。ゆっくり誕生日を祝われたこと、なかったな」
俺のやるせない顔に変化がないからか、手探りで話題を変えようとしている真冬の心遣いが身に沁みる。捻り出された話題は悲しいものだったけれど、そんなものこれから塗り替えていけばいい。今年の年末は真冬を盛大に祝わなくてはならないな。きっと家の手伝いがあるだろうけど、雨夜も巻き込んで何かするのも悪くない。
「そうなんだね。でも、親御さんもきっと真冬の誕生日をもっと一緒に祝いたいに違いないよ」
「うん。そう、だね」
今度の誕生日をお祝いするのはサプライズに取っておくとして。俺の相槌に真冬は肯定するものの途端に言い淀む。
「……両親、か……」
そして気づく。俺はまた、真冬の柔らかいところを踏み抜く感触を得てしまっていることに。真冬を一ミリも傷つけたくなんてないのに。
「真冬、ごめんっ。俺、真冬を傷つけるようなこと……」
言いかけた俺の二の句を継がせまいと、真冬はゆっくりと首を横に振る。
「抱え込まないでって言ったの、シノでしょ?」
ふふっといたずらっぽく笑った真冬には切羽詰まった様子はなく、ただ俺に話していいのか躊躇っただけのように思えた。
「わたしたちの両親はね、今海外にいるの」
一呼吸置いた後、真冬は続ける。
「海外に行ったのは、わたしが小学生くらいの時だったかな。うちの神社の先代である祖父が亡くなる少し前。何も言わずにふっと消えてしまったの」
話す真冬の視線は両親のいるであろう海外の方角を向いているのだろうか、その瞳の先はあやふやだった。海外と言ってもどの国に滞在しているのか、真冬はわかっているのか果たして怪しいものだった。
「その後すぐに
「そう簡単に子どもを見捨てる親なんていないと思うけどな。休む間もなく仕事に明け暮れていたり、日本に戻りにくい僻地にいたりするかもしれないし」
慰めの言葉しか、俺には口にできなかった。同時に、雨夜の過去も思い起こされて、何が正解なのかわからなくなる。俺が何と言おうと、説得力はまるでないのだから。
「手紙も電話も、一度もないんだ。それに今はインターネットがどこにだって普及しているけれど、一回も何の音沙汰もないの。普通、娘たちのことを心配していたら何かしらの手段をもって接触してくると思うんだ」
便りのないのはいい便り、だなんて言うものだけど。それはあくまでも所在がわかっていたり予告があって旅立って行ったりした場合に限るのではないか。突如として家から消えてしまって便りがないというのに杞憂だなんて一言であしらうなんてこと、誰だってできはしまい。
「最初の頃は理由がわからなくて部屋に閉じこもって泣き明かしていた。でも最近は、もう両親の顔もおぼろげになってきたの。……おかしいでしょう? 両親のことを忘れかけている娘だなんて」
真冬の目に、涙はない。でもそれは瞳を大きく見開いて座高の高い俺を見上げるようにしているからだ。少しでも下を向いてしまったら、際限なく溢れ出てしまいそうなくらいの緊張感があった。
「強がらなくていいんだ、真冬」
「えっ?」
自分でも口を突いて出た言葉に驚くも、声に出してしまってはもう引くに引けない。
「つらい記憶をかき消そうと、自分の気持ちに蓋をしてしまっているだけなんじゃないかな。忘れかけているって言ってたけど、今こうしてご両親のことを話せているじゃないか。俺が言うと気休めにしかならないかもしれないけれど……ご両親はひょっこり帰ってくるって。それに、春香さんだって、神主になって気を張り詰めているだけかもしれないし。時が来ればまた真冬の知っている春香さんに戻るって」
部外者が知ったように気休めを吐く。てんでおかしいことこの上ない。ありもしない空想で期待させて未来が来なくて絶望するのは、真冬なのに。それに、俺と違って真冬にはタイムリミットがある。時が来れば解決するなんて発言は禁句に近いと、口にしてから気づく。
「ありがとう、シノ……」
それなのに真冬は、表情を崩しかけて俺から目線を外す。
「いいよって言うまで……こっち、見ないで……っ、ほしい……」
そっぽを向いた真冬を追尾しかけて、掠れた声に従って俺も真冬とは反対側を向く。
「わ、わかった……」
格好いい男であればここでハンカチでも手渡してやるのがスマートなのかもしれない。もしくは、優しく包み込むようにして真冬を抱きしめてやるのが正解なのだろうか。いずれにしても、俺には性が合わない。行動に移したところでウザがられる程度であればまだマシ、嫌われて口も利いてくれなくなるのがオチだろう。それなら、静かに待つことしか俺にはできない。
鼻を啜る音は少なかった。ただ、さめざめと。真冬は耐えるように涙を流していた。
微かに接地した背中の震えが、俺にそう教えてくれていた。
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