第44話 王都騒然

​ 夜の城塞都市ガレリアは、大騒ぎになっていた。

 街の一角――それも、次期領主候補であるヴォルフガングの屋敷があった場所から、巨大な火柱と破壊の光が立ち上ったのだ。

 当然、街中の衛兵や、野次馬たちが、その場所に殺到する。


​「な、何事だ!?」


「ヴォルフガング様の屋敷が吹き飛んだぞ!」


「テロか!? 『黒牙』に敵対する、誰かの仕業か!?」


 ​街中が混乱の坩堝と化している。

 そして、その大混乱を引き起こした張本人である俺たちは、と言えば。


​「……はぁ……はぁ……。な、なんとか、逃げ切れたか……」


 ​俺たちは、イヴが事前に調べておいた、古い地下水路へと逃げ込み息を潜めていた。

 じめじめとした、カビ臭い空気の中、俺は、仲間たちの顔を見渡す。


 バランとミィナは、顔面蒼白で、まだ心臓がバクバクしているようだった。


イヴは、いつも通り、無表情。


そして、セレスティアは――。


​「……うっ……うっ……。ユウキ様の、唇が……。穢されて……しまいましたわ……」


​ 床にうずくまり、両手で顔を覆って、しくしくと泣いていた。

 純情すぎるだろ。というか、してないからな、キス。未遂だから。


​「お前のせいで、とんでもないことになったんだぞ! 分かってるのか!」


 ​俺が怒鳴ると、セレスティアは、涙に濡れた瞳で、俺を見上げてきた。


​「ですけれど! ですけれど! わたくし以外の者と、ユウキ様が、あんな……あんな、破廉恥なことを……! 嫉妬で、気が狂いそうだったのですもの!」


「だから、あれは事故だ! イヴの、よく分からんラブコメ的ハプニングのせいだ!」


「……肯定します、マスター。私のシミュレーションによれば、あの状況を、最も穏便に切り抜ける方法は、敵対者同士の間に、恋愛感情のもつれ、という、高次元の混乱情報を発生させることでした。結果として、屋敷は崩壊しましたが、我々の生存率は、98.7%まで上昇しました」


 ​イヴが、淡々と全く反省の色なく分析結果を述べる。こいつの思考回路どうなってんだ。

 結果的に、俺たちは生き延びたが街を一つ、壊滅させかねない騒ぎを起こしてしまった。もはや、ただのお尋ね者では済まされない。


​「……さて。どうする、若いの」


 ​バランがぐったりとした声で、俺に尋ねる。

 彼の顔には、もはや諦めの色が浮かんでいた。


​「ヴォルフガングの悪事の証拠は、掴めんかった。それどころか、俺たちは、街を破壊した、極悪非道の大犯罪者じゃ。もう、この国にわしらの居場所は、どこにもないぞい」


​ その通りだった。

 獅子王に、協力するどころか、とんでもない迷惑をかけてしまった。


 今頃、彼も俺たちを捕らえるよう、命令を下しているに違いない。

​ 俺たちが絶望的な気分で地下水路の暗闇に沈んでいると、不意に頭上から、人々の騒がしい声が聞こえてきた。


​「おい、聞いたか! ヴォルフガング様が、『ウロボロス教団』とやらと繋がってたらしいぜ!」


「ああ! 屋敷の瓦礫の中から、邪教の紋章が入った、証拠の品が山ほど出てきたんだと!」


「なんてこった……。王女様の呪いも、やっぱり、あいつの仕業だったんだ!」


​「……え?」


 ​俺たちは顔を見合わせた。

 なんだ、その話は。 


​「しかも、その悪事を暴いたのが、正体不明の『正義の味方』らしい!」


「ああ! 彗星の如く現れ、邪教の陰謀を、その圧倒的な力で屋敷ごと粉砕! そして、名乗ることなく、夜の闇に消えていったんだと!」


「すげえ! この街にも、まだ、そんな気骨のある奴がいたんだな!」


「まさに、現代に蘇った、勇者様だ!」


​「「……」」


 ​俺とバランとミィナは、無言で一点を見つめた。

 その視線の先には、きょとんとした顔で、小首を傾げている、一人の聖女と、一人の古代兵器がいた。 


​(……俺たちが、正義の味方……?)


 ​どうやら、こうらしい。

 セレスティアが嫉妬のあまり、屋敷を破壊した際、その衝撃で、ヴォルフガングが隠し持っていたウロボロス教団との繋がりを示す、様々な証拠品――手紙や、怪しげな儀式の道具などが、瓦礫の中から、白日の下に晒されたのだ。

 そして、その大騒ぎのドサクサに紛れて、当のヴォルフガングと蛇の女は、行方をくらましてしまった。


 結果として、俺たちの行動は、全く意図しない形でヴォルフガングの悪事を公の元に暴き出す、という、最高の結末をもたらしてしまったのだ。


​「……マスター。私の計算によれば、この結果は、確率論的に、0.02%以下の奇跡的な事象です」


「ユウキ様……! さすがですわ! 全ては、あなた様の、この壮大なる計画通りだったのですね! 悪を、より大きな悪で打ち砕き、真実を民の元に示す……! なんと、深淵なるお考えなのでしょう!」


 ​違う。断じて違う。

 全ては、偶然と、勘違いと、暴走の産物だ。

 だが、この二人に何を言っても無駄だろう。


 ​俺たちは、夜が明けるのを待ち、おそるおそる地上へと戻った。


 街の空気は、一変していた。

 ヴォルフガングと『黒牙』は、一夜にして、王家への反逆者、邪教徒として、指名手配されていた。

 そして、俺たちの手配書は、いつの間にか、街の掲示板から全て剥がされていた。


​ 代わりに、そこに貼られていたのは。


『昨夜の英雄を探しています! 心当たりのある方は、王宮まで! 獅子王より』


 という、新しい張り紙だった。


 ​俺たちは、犯罪者から一夜にして、この街を救った正体不明の英雄になってしまっていた。

 もう、どこからツッコミを入れればいいのか、分からなかった。


 俺の胃は、痛みすら通り越し、なんだかフワフワとした不思議な感覚に包まれていた。


 これは、悟りか?


 それとも、ただの現実逃避か?


 答えは、誰にも分からなかった。

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