第35話 仁義なきキャンプ

​ 聖樹の民の集落を後にして、俺たちは再び街道なき道を進んでいた。


 隣国『獣人連合』の領土は、俺たちがいた王国とは、明らかにその様相が異なっている。整備された街道は少なく、どこまでも続く大森林や、雄大な草原が広がっていた。人の手があまり入っていない、ありのままの自然。

 それは、スローライフを夢見る俺にとって、本来なら理想的な風景のはずだった。


 ​そう、隣にいる、二人の厄介な美少女さえいなければ。


​「ユウキ様、そろそろ陽が傾いてまいりましたわね。今宵の寝床は、わたくしにお任せくださいまし! この平原に、一夜にして、白亜の離宮を建ててご覧にいれます!」



「お待ちください、マスター。そのプランは、魔力の無駄遣い及び、上空からの視認性が高すぎるため、却下します。私の分析によれば、最適な野営地は、北西へ300メートル先の、岩陰です。風を避け、夜間の体温低下を7.3%抑制できます」


 ​俺の右腕に絡みつきながら、壮大な提案をするセレスティア。

 左側を半歩下がって歩きながら、冷静にそれを論破するイヴ。

 もはや、これが俺たちのパーティの日常風景となりつつあった。


​「どっちも却下だ! 普通に、焚き火を囲んで野宿するぞ!」


 ​俺がそう宣言すると、二人は不満そうな顔をしたが、すぐに次の論争へと移行した。


​「では、ユウキ様のお食事の準備を!」


「マスターの栄養管理は、私の最優先事項です」


 ​火花を散らす二人を尻目に、バランが手際よく焚き火の準備をしている。

 ミィナは「ユウキお兄ちゃん、これ、食べられる木の実か、イヴお姉ちゃんに聞いてきて!」と、食料調達に励んでいる。

 この二人がいなければ、このパーティは一瞬で崩壊するだろう。


 ​その夜。

 焚き火を囲む俺たちの前で、仁義なき料理対決の火蓋が切って落とされた。


​ エントリーNo.1、聖女セレスティア。

 彼女が自信満々に差し出したのは、黄金色に輝く、完璧な見た目のシチューだった。


​「さあ、ユウキ様! わたくしの愛と、聖なる魔力を、ふんだんに煮込んだ『奇跡のシチュー』ですわ! これ一杯で、一週間は飲まず食わずで戦えます!」


「……見た目は、美味そうだな」


​ 俺がスプーンですくって、一口、口に運ぶ。

 次の瞬間、俺は、味覚という感覚を失った。味が、ない。無。昨日食べた、聖なるパンと同じだ。ただ、栄養の塊を食べている、という感覚しかない。


 ​エントリーNo.2、古代兵器イヴ。

 彼女が、小さなカプセルから取り出したのは、味気ない灰色のブロックだった。


​「マスター。こちらが、あなたの現在の身体状況に最適化された、完全栄養食『パーフェクト・ブロック』です。摂取カロリー、タンパク質、ビタミン、ミネラル、全てにおいて完璧なバランスを誇ります。なお、味覚情報は、食感の妨げになるため、除去してあります」


「……だろうな」


 ​俺が、そのブロックを恐る恐る口に入れる。

食感は、パサパサの粘土。そして、もちろん味は、ない。


​「ユウキお兄ちゃん、無理しなくていいニャ……」


「若いの、わしらが獲った兎の丸焼きが、そろそろ焼けるぞい」


 ​ミィナとバランが憐れみの目を俺に向けてくる。俺は、二人の優しさに涙しそうになりながら、ジューシーな兎肉にかぶりついた。

 美味い。普通の飯がこんなに美味いなんて。


​「ユウキ様! なぜ、わたくしのシチューを!?」


「マスター、栄養バランスが崩れます」


 ​俺の左右から、二人のヒロインが恨めしそうに、それぞれの「料理」をスプーンで差し出してくる。


 ああ、もう!


​「わーったよ! 食うよ! 食えばいいんだろ!」


 ​俺は、ヤケクソで無味のシチューと、無味のブロックを兎肉と交互に口へと放り込む。

 それは、人生で最もカオスで、最も疲れる食事だった。


 ​そんなドタバタな旅を続けること数日。

 俺たちは、ようやく、広大な森林地帯を抜け、なだらかな丘陵地帯へとたどり着いた。


​「おお、見えてきたぞい!」


​ 丘の上から、前方を指さすバラン。

 その指の先、遥か彼方に、城壁に囲まれた大きな街が見えた。煙突からは煙が立ち上り、活気があるのが遠目にも分かる。


​「あれが、この辺りで一番大きな街、『獣王都』への入り口となる、城塞都市『ガレリア』じゃ」


「ガレリア……。ようやく、まともなベッドで眠れる……」


 ​俺は、心底、安堵のため息をついた。

 もう、無味の食事と、女の戦いに挟まれるキャンプはこりごりだ。


​「まあ、街に着いたら着いたで、また面倒なことが待っとるんじゃろうがな」


 ​バランが意味深に笑う。

 確かに、そうだ。俺たちの手配書が、あの街にだって、回っている可能性は十分にある。


​「大丈夫ですわ、ユウキ様!」


 ​セレスティアが、俺の腕に、ぐっと抱き着いてきた。


​「どんな困難も、わたくしたちの愛の前では、無力です! さあ、行きましょう! 我らの帝国建国の、次なる拠点へ!」


「目的が変わってるんだよな……」


​「問題ありません、マスター。都市の防衛システム、及び、衛兵の巡回ルートをハッキングし、我々の存在を、完全にステルス化することも可能です」


​ イヴがさらりと、とんでもないことを言う。

 こいつらがいれば、どんな問題も力技――物理とハッキングで解決できてしまうのかもしれない。


 だが、それは俺が望む平穏なスローライフとは、最も縁遠い解決方法だった。

 ​俺は、これから始まるであろう新たな街での新たな騒動を予感し、もはや、痛みを感じることすら諦めた胃をさすりながら、仲間たちと共に、その城塞都市へと歩みを進めるのだった。


 平穏への道は、まだまだ遠い。

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