第30話 偽りの神官と聖女の診察(物理)

​「――お待ちください! 我々は、旅の神官です! この集落で、奇妙な病が流行っていると聞き、助けになればと馳せ参じました!」


​ 俺は、練習した通りの、できるだけ胡散臭くならないように、しかし威厳を込めた声で集落の門番に呼びかけた。

 門を守る熊の獣人戦士たちは、俺たちの突然の登場に、怪訝な顔で手に持った巨大な斧を握り直す。


​「神官だと? 怪しい奴らめ。身分を示すものはあるのか?」


「生憎と、旅の道中で盗賊に……。ですが、我らが神に仕える者であることは、この力を見れば、お分かりいただけるかと」


 ​俺は、すっと隣に立つセレスティアに目配せをした。セレスティアは、心得たとばかりに、一歩前に出る。

 そして、わざとらしく咳き込んでいる風邪気味らしい門番の一人に向かって、優しく手をかざした。


​「神の慈悲深き光よ、その者の苦しみを和らげ給え――【治癒ヒール】」


​ セレスティアの手から、柔らかな緑色の光が放たれ、門番の体を包み込む。

 すると、どうだろう。門番の顔色が見るみるうちに良くなり、先ほどまでの咳が、ぴたりと止んだ。


​「お、おい……! 身体が、軽くなった……!」


「な、本物の神官様……なのか?」


 ​門番たちが、ざわめき始める。

 よし、食いついた。第一関門は突破だ。


 ​俺たちの噂は、すぐに集落の長老である、白ヤギの獣人――エルダ様の耳に入った。

 そして、すぐに集落の中にある、一番大きな建物へと通される。


​「……旅の神官様と、お弟子様。よくぞ、このような辺境の地へ」


 ​エルダ様は、深いしわの刻まれた顔で、弱々しく俺たちに頭を下げた。

 彼の背後には、何人もの獣人たちが、心配そうな顔で俺たちを見つめている。


​「病の子供たちを、診ていただけますかな?」


「もちろんです。そのために参りました」


 ​俺は、さも当然といった顔で頷く。

 内心、心臓はバクバクだったが、ここでボロを出すわけにはいかない。


 ​俺たちは、集会所の奥に用意された、臨時の診療所へと案内された。

 そこには、十数人の子供たちが、苦しそうに寝かされている。皆、熱に浮かされ、ぐったりとしていた。ミィナと同じくらいの歳の小さな子供たちもいる。

 その光景を見て、俺の心は純粋に痛んだ。これは、もう作戦とか、そういう次元の話じゃないのだ。


​「……ひどいな」


「ユウキ様……」


​ セレスティアも、子供たちの苦しむ姿を見て、その美しい眉を悲しそうに寄せている。

 彼女の中の、本来の『聖女』としての慈愛の心が、刺激されたのかもしれない。


​「さあ、診察を始めましょう」


​ セレスティアは、フードを深く被り直すと、しゃがみ込み、一番近くで寝ていたリスの獣人の少女の額に、そっと手を置いた。

 そして、彼女は、驚くべき行動に出た。


​「ふむ……。まずは、脈拍の確認から……」


​ そう言うと、彼女は少女の手首を取り、自分の耳をそこに当てた。

 いや、聴診器じゃないんだから。


​「次に、呼吸音の確認……」


 ​今度は、少女の胸に直接、耳を当てようとする。


​「待て待て待て! お前、何やってんだ!?」


「診察ですが、何か?」


「診察のやり方がおかしいだろ! 神聖な力で、こう、もっとフワッと治せるんじゃないのか!?」


 ​俺が小声でツッコむと、セレスティアは、これまた小さな声で反論してきた。


​「ユウキ様、分かっておりませんわね! ここは、お医者様ごっこの舞台! 雰囲気作りが、何よりも重要なのです! あまりに一瞬で治してしまっては、我らのありがたみが薄れてしまいます! まずは、こうしてじっくりと診察し、村人たちの信頼を勝ち取ることが、王道の展開というもの!」


「何の王道だ! それに、ごっこって言うな!」


 ​この女、完全に、この状況を楽しんでいる。

しかも、妙に説得力があるのが、腹立たしい。


​「……どうですかな、お弟子様?」


​ 長老のエルダ様が心配そうに尋ねてくる。

 セレスティアは、すっと立ち上がると、いかにも専門家といった風情で腕を組んでみせた。


​「……これは、ただの病ではありません。何者かの、呪いの可能性がありますわね」


「な、呪い!?」


 ​村人たちが、ざわめく。

 おい、勝手なこと言うなよ。


​「ですが、ご安心を。我が師、ユウキ様は、大陸でも五指に入る、偉大なる神官。そのお力をもってすれば、いかなる呪いも解き明かせましょう」


​ そう言って、セレスティアは、俺にウィンクを送ってきた。完全に、無茶ぶりである。

 俺は、冷や汗をだらだらと流しながら、それっぽい雰囲気で咳払いを一つした。


​「……うむ。我が弟子、セレスティアの言う通りだ。だが、まずは、その呪いの『源』を特定する必要がある。何か、心当たりは?」


​ 俺が適当に話を合わせると、エルダ様は、はっとしたように顔を上げた。 


​「……呪いの源……。そういえば、一つだけ……」


​ エルダ様が語り始めたのは、この集落の近くにあるという、古い洞窟の話だった。

 その洞窟には、昔から「邪悪な魔女が住んでいた」という言い伝えがあり、誰も近づかない禁足地になっているらしい。

 そして、病気の子供たちは、皆、その洞窟の近くで、かくれんぼをして遊んでいた、というのだ。 


​「ビンゴだ……」


 ​俺は、内心でガッツポーズをした。

 原因は、その洞窟にある。間違いない。


 俺は、長老に向かって厳かに宣言した。


​「分かりました。その洞窟、私が、この聖なる力をもって、浄化してみせましょう」


 ​もちろん俺に聖なる力などない。

 実際に浄化するのは、隣にいる、暴走しがちな聖女様と、俺の『召喚獣』という設定の古代兵器なのだが。


 ​こうして、俺たちは、村人たちの期待と尊敬の眼差しを一身に浴びながら、全ての元凶であるという、『魔女の洞窟』へと向かうことになった。


 作戦は、今のところ、完璧に進んでいる。

 進みすぎていて、逆に怖いくらいだ。


 ​俺は、これから待ち受けるであろう、さらなるドタバタ劇を予感し、もはや相棒となりつつある胃痛を、そっと手で押さえるのだった。

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