第27話 正妻(自称)VSファースト(自称)

​「……いい加減にしろ、お前らっ!!」


​ゴツンッ! ゴツンッ!


 俺は、目の前で睨み合う二人の美女――セレスティアとイヴの、それぞれの頭に、ためらいなく拳骨を叩き込んだ。


​「いひゃっ!?」


「……!? マスターからの、初めての物理的接触……! この衝撃、記録します」


 ​セレスティアは涙目で頭を押さえ、イヴはどこか嬉しそうにデータを記録している。温度差がひどい。


​「痴話喧嘩してる場合か! そもそも痴話喧嘩ですらない! 俺たちはまだ、こんな危険な遺跡のど真ん中にいるんだぞ! まずは、ここから脱出するのが先決だ!」


 ​俺がそう一喝すると、二人はしぶしぶといった様子で、睨み合いをやめた。

 まったく、手が焼けるにも程がある。


​「ユウキお兄ちゃん、すごいのニャ……。セレスお姉ちゃんと、新しいお姉ちゃんを、叱ってる……」


「若いの……。わしには、もう、あれがただの勇気ある若者には見えん……。猛獣使いか、何かじゃ……」


 ​ミィナとバランが、遠巻きに俺を見て、何やらヒソヒソと話している。聞こえてるぞ。

 ​俺は、改めて銀髪の少女――イヴに向き直った。


​「まず、お前のことを教えろ。お前は、一体何者なんだ? この遺跡は、何なんだ?」


 ​イヴは、ぴしっと背筋を伸ばし、淀みない口調で説明を始めた。


​「私は、管理ユニット・モデル『イヴ』。数千年前に、この地で栄えた古代文明によって作られた、人工生命体です。この施設は、彼らが『聖域』と呼んだ研究施設。私は、その管理者として、この場所を永劫に守るよう、プログラムされていました」


「防衛システムのゴーレムごと、か」


「はい。マスターが遭遇された『ガーディアン』は、外部からの侵入者を無力化するための、最終防衛ラインでした」


 ​その最終防衛ラインを、俺はスキルで誑かし、セレスティアは嫉妬で半壊させたわけだが。古代文明の人々も、草葉の陰で泣いているに違いない。


​「……だが、お前たちの主は、もういないんだろ?」 


「はい。彼らは、自らが起こした厄災によって、滅びました。私は、ただ、最後の命令に従い、ここで眠り続けていただけです。……マスターが、私を『起動』してくださる、その時まで」


 ​イヴは、そう言って、熱っぽい視線を俺に送ってくる。

 どうやら、俺のスキルは、彼女の数千年にわたるプログラムを、「ユウキに仕える」という、新たな最優先命令に書き換えてしまったらしい。とんでもないバグを発生させてしまったものだ。


​「……分かった。じゃあ、イヴ。あんたに新しい命令を与える」


 ​俺の言葉にイヴの瞳が期待に輝いた。

 隣で、セレスティアが「なっ……!?」と、嫉妬のオーラを再び燃やし始めている。


​「俺たちを、ここから、安全に谷の外まで案内しろ。できるか?」


「――マスターの御命令とあらば」


 ​イヴは、まるで騎士のように恭しく片膝をついた。


「この施設の構造、及び、この谷の生態系データは、全て私のメモリにございます。皆様を、最も安全なルートで、出口までナビゲートいたします」


​ これほどまでに頼もしい言葉はない。

 こうして、不本意ながらも、超有能な古代文明の生き残りが、俺たちのパーティに強制的に加入することになった。 


​◇


 ​イヴの案内は、完璧だった。

 彼女は、広間の壁の一部に触れると、隠されていた秘密の通路を出現させた。


​「この通路は、緊急避難用の脱出ルートです。トラップの類も、私が全て制御できますので、ご安心を」


 ​俺たちは、イヴを先頭に、その通路を進んでいく。

 途中、古代の防衛トラップが作動しかけることもあったが、その都度、イヴが「認証コード、承認。スリープモードへ移行」と呟くと、全ての罠が沈黙した。ハイスペックすぎる。


 ​しかし、道中の空気は、最悪だった。

 原因は、言うまでもなく、自称新旧ヒロインによる、水面下の熾烈なアピール合戦だ。


​「マスター、その先の床は、少し滑りやすくなっています。私の手をお取りください」


 ​イヴが冷静かつ的確に、俺へサポートを申し出る。

 その手を取って、段差を降りようとすると。


​「ユウキ様ッ! そのような機械の冷たい手ではなく、この、愛に満ちた温かいわたくしの手を! いえ、いっそのこと、わたくしがユウキ様をお姫様抱っこして、この程度の悪路、飛び越えてご覧にいれますわ!」


 ​セレスティアが全力で間に割って入ってくる。

 鬱陶しいこと、この上ない。


​「ユウキ様、お疲れでしょう。わたくしが、聖なる歌で、そのお心を癒してさしあげますわ。♪~あなたと越えたい~霧の谷~♪」


「……マスター、分析によれば、彼女の歌唱能力は、聴覚に致命的なダメージを与える危険性があります。代わりに、私が、古代文明の心地よい環境音データを再生しますが、いかがでしょう?」


 ​俺の右耳には聖女の魔音オンチ、左耳には人工生命体の無機質な提案。

 どっちも地獄である。


​「若いの……。わし、もう、家に帰りたい……」


​ 最後尾で、バランが、心底疲れた声で呟いている。俺もだ。

 ​ラブコメ的仁義なき戦いを繰り広げながら俺たちは、数時間かけて長い通路を歩き続けた。


 そして、ついに。


​「――出口です、マスター」


 ​イヴの声と共に、俺たちの目の前に、外の光が差し込む、洞窟の出口が見えてきた。


 ​俺たちは、駆け出すようにして、その光の中へと飛び出した。そこには、あれほど俺たちを苦しめた濃い霧は、どこにもなかった。

 目の前に広がるのは、どこまでも続く、緑豊かな大森林と、その先にかすかに見える、隣国へと続くであろう、一本の道。


​「や、やった……! 抜けたぞーーー!」


​ 俺は、思わずガッツポーズをして叫んだ。

 バランも、「おお……!」と感無量の声を上げ、ミィナも、「お外だー! 明るいニャー!」と、嬉しそうに駆け回っている。


 長かった。本当に、長かった。

 ​だが、俺の安堵は、一瞬で打ち砕かれることになる。


​「ユウキ様! やりましたわね! これで、ようやく、隣国で二人きりの新婚生活を……!」


「お待ちください。マスターと、まず最初に、主従の契約を正式に結び、その魂を捧げるのは、この私です」


 ​俺の右腕をセレスティアが。

 左腕を、イヴが。

 がっちりと掴んで離さない。


​「さあ、ユウキ様! まずは、わたくしと、愛の巣を探しに行きましょう!」


「いえ、マスター。まずは、私のメンテナンスからお願いしたく。ボディチェックを隅々まで……」


「​俺のスローライフは、一体、どこにあるんだーーーーーっ!」


 ​俺の絶叫が、ようやく抜け出した谷間に、虚しく、高らかに響き渡った。

 旅は、まだまだ始まったばかりだというのに。

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