第25話 聖女様の嫉妬爆発
『――排除シークエンスに移行スル』
無機質な合成音声と共に、黒曜石の巨人が山のような拳を振り上げた。
その圧倒的な威圧感を前に、俺の脳裏を走馬灯が駆け巡る。ああ、異世界に来てからの俺の人生、ツッコミと胃痛しか無かったな……。
(終わった……。俺のスローライフ計画、こんなところで……)
俺が人生を諦めかけた、その時だった。
「ユウキ様! ご覧ください! わたくしたちの愛を試す、格好の試練が顕現いたしましたわ!」
絶望に浸る俺の隣で、聖女セレスティアは、うっとりとした表情で目をキラキラと輝かせていた。なんでだよ。この状況のどこに、そんなポジティブな要素を見出せるんだよ。
「わー! おっきい、お人形さんだニャー! かっこいー!」
後方では、ミィナがぴょんぴょん飛び跳ねながら、無邪気にはしゃいでいる。完全に肝が据わっていた。
いや、状況を理解していないだけか。
「嬢ちゃんたち、あれは人形なんてもんじゃ……!」
常識人であるバランが、必死に二人をいさめようとするが、もはや手遅れだった。
このパーティ、ピンチになればなるほど、まともな奴がいなくなる。
「ユウキ様! わたくしにお任せを! あの鉄屑に、あなた様へ拳を向けることが、どれほど愚かで罪深いことか、その存在の根源から教えてさしあげます!」
セレスティアは、俺の指示を待つことなく、両手に凄まじい光の魔力を集束させ始めた。
おい、待て。その魔力量、明らかにオーバーキルだろ。
「愛こそ全て! いでよ、わが愛の顕現!【
「技名がダサい! そして撃つな! 遺跡ごと生き埋めになる気か!」
俺は、渾身の力で魔法をぶっ放そうとするセレスティアに背後から飛びつき、羽交い締めにすることで、なんとか発動を阻止した。
もはや、この攻防も、俺たちの間ではお約束の夫婦漫才となりつつあった。
「むぐぐ……! なぜお止めになるのですか、ユウキ様!」
「お前の愛は重すぎるし、物理的にも重すぎるんだよ!」
だが、俺たちが痴話喧嘩を繰り広げている間にも、ゴーレムの拳は、無慈悲に振り下ろされようとしていた。
セレスティアの大魔法は使えない。バランの鉈やミィナの爪では、あの装甲に傷一つつけられないだろう。
万策尽きた。
追い詰められた俺は、もはやヤケクソだった。
(こうなったら……試してみるしかねえ!)
俺は、セレスティアを拘束したまま、ゴーレムの赤く光る眼を、まっすぐに見つめ返した。
「おい、鉄クズ野郎! よーく聞け!」
腹の底から叫んだ。
「俺のこと、好きかーーーーーっ!?」
シーン……。
広間全体が、静寂に包まれた。
俺の魂の叫びに、振り下ろされかけていたゴーレムの拳が、ピタリと、寸でのところで静止する。
「……え?」
「……なんじゃ?」
セレスティアも、バランも、ミィナも、呆気に取られて俺を見ている。
そして、当のゴーレムは、といえば。
その赤い眼が、まるでショートしたかのように、チカチカと不規則に点滅を繰り返していた。
『……エラー…………システムエラー……』
「お、おい……どうしたんだ?」
俺が戸惑っていると、隣でセレスティアがわなわなと震え始めた。
「なっ……!? ユウキ様、まさか……あの無機質な鉄屑にまで、その魔性の魅力をお使いに……!? なんと罪深く、そして、わたくしの心を掻き乱してくださるお方なのでしょう!」
嫉妬だ。
完全に嫉妬の炎を燃やし始めている。
やばい、こっちの方が、ゴーレムよりよっぽど怖い。
その時だった。
ゴーレムの合成音声が、バグったように、途切れ途切れに再生された。
『……ハ……カイ……シ……ス……ス、ス、ス……スキ……デス……!』
次の瞬間、ゴーレムの眼の赤い光が消え、代わりに、なぜか、ぽわん、と可愛らしい効果音と共に、ピンク色のハートマークが浮かび上がった。
「ええええええええええ!?」
機械にも効いたのかよ、俺のスキル!
しかも、なんかおかしいことになってるぞ!?
『……ユウキ……マスター……!』
合成音声は、先ほどまでの無機質な響きから一転、どこか甘く、そして熱に浮かされたような響きを帯びていた。
そして、その巨大な腕を、俺に向かって、ゆっくりと広げてくる。
それは、攻撃じゃない。
明らかに、抱きしめようとする動き――ハグのモーションだった。
「うわああああああ! 来るな! その好意は凶器だ! 潰される!」
俺は、セレスティアを突き飛ばすと、全力で逃げ回る。
背後からは、『マ……マスター……!』『ドコマデモ……オイカケマス……!』という、ホラー映画さながらの、愛の言葉が追いかけてくる。
巨大なゴーレムが、まるで乙女のように、もじもじしながら俺を追いかけてくる光景は、シュールを通り越して、もはや悪夢だった。
そして、その光景を目の当たりにした、一人の聖女の嫉妬のゲージがついに振り切れた。
「…………よくも」
地を這うような、低い声が聞こえた。
振り返ると、そこには般若のような、いや、もはや魔王のごとき形相で、俺とゴーレムを睨みつけている、セレスティアの姿があった。
彼女の周りには、もはや聖なる光ではない。嫉妬と怒りで黒く変色した、禍々しいオーラが渦巻いていた。
「よくも……よくも、わたくしのユウキ様に、なれなれしく……なれなれしく……!!」
彼女の中で、何かが完全に切れた様子だ。
「この泥棒猫ならぬ、
もはや、俺の制止など、彼女の耳には届かない。
セレスティアは、天に腕を突き上げ、その身に宿る全ての魔力を一つの魔法に集束させる。
「神よ、わが声を聞け! 嫉妬は、わが力なり! 不貞を働く愚か者に、愛の裁きを! ――【
やばい。今度は、技名にまで物騒な単語が入ってきた。
次の瞬間、世界が、白く染まった。
凄まじい閃光と鼓膜を突き破るほどの轟音。
(あ、これ、死んだわ……)
俺の意識は、全てを浄化するという、嫉妬の光の中に飲み込まれていった。
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