第15話 欲望渦巻く舞台
領主の館は、外から見た印象よりも、さらに絢爛豪華だった。
シャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床を照らし、壁には趣味のいい絵画が飾られている。
しかし、その華やかさとは裏腹に会場に漂う空気は、どこか粘りつくように重かった。集まっているのは、一目で裏社会の人間と分かるような、強面の男たち。
あるいは、素性を隠すためか、仮面をつけた貴族らしき人々。誰もが他者を値踏みするような、いやらしい視線を隠そうともしない。
「気圧されるなよ、若いの。こいつらは、金と欲望の匂いに群がるハイエナみてえなもんじゃ」
隣を歩くバランが、小声で俺に囁く。
俺は、ただ無言で頷いた。スーツに着られている感が半端ないが、今は虚勢を張るしかない。
「ユウキ様、素晴らしい場所ですわね。まるで、わたくしたちの戴冠式にふさわしい舞台のようです」
俺の腕にそっと寄り添うセレスティアは、全く物怖じしていなかった。それどころか、周囲から注がれる欲望の視線を自分への賛辞だと勘違いしているのか、うっとりと目を細めている。
この女、肝が据わっているのか、ただの阿呆なのか。おそらく後者だろう。
バランに案内されるまま、会場の前方に用意された貴賓席のようなテーブルに着いた。
しばらくすると、会場の照明が落ち、舞台にスポットライトが当たる。
いよいよ、闇オークションの始まりだ。
司会進行役の、蛇のようにねちっこい目つきの男が舞台に上がり、甲高い声で開会を宣言した。
次々と、商品が舞台に運び出されてくる。
呪われた魔剣、古代遺跡から発掘された魔法のアイテム、絶滅したはずの幻獣の卵……。どれも、表の市場では決して取引されないような、曰く付きの品々ばかりだ。
会場の熱気は、品物が変わるたびに、じりじりと上がっていく。飛び交う金額も、もはや俺には現実感のない数字になっていた。
バランは、いくつかの品に興味を示し、競りに参加したが、深追いはしなかった。彼の本当の目的は、別にあるらしい。
そして、オークションが中盤に差し掛かった頃。
ついに、その時がやってきた。
「さあ、皆様、お待たせいたしました! 本日の目玉商品の一つ! 『虜囚の聖女』の登場でございます!」
司会者の大げさな紹介と共に、舞台の奥から、セレスティアが静かに姿を現した。
その瞬間、会場の空気が変わった。
それまでの騒がしさが嘘のように静まり返り、全ての視線が舞台上の彼女一人に集中する。
深紅のドレスをまとった彼女は、ただそこに立っているだけで、神々しいほどの存在感を放っていた。首と手首には、アクセサリーと称した、しかし本物の奴隷が着けるような、金の枷がはめられている。それが、彼女の美しさをより一層、背徳的で煽情的なものに見せていた。
「どうです、この気品! この美貌! 聞けば、とある敬虔な国の聖女だったとか。しかし、神への信仰を捨て、堕落の道を選んだ、いわば『堕ちた聖女』! その魂は、一体どんな味がすることでしょうなあ!」
司会者の下品な言葉に、会場の男たちから欲望に満ちた低い笑い声が漏れる。
俺は、テーブルの下で、固く拳を握りしめた。怒りで血が沸騰しそうだ。
(落ち着け……これは、芝居だ……)
そう必死に自分に言い聞かせる。
隣のバランは、涼しい顔で舞台を見つめている。
「さあ、それでは、競りを開始いたしましょう! 金貨一万枚から!」
司会者がそう叫んだ瞬間、会場のあちこちから、矢継ぎ早に声が上がった。
「一万五千!」
「二万!」
「俺が三万出す!」
値段は、あっという間に吊り上がっていく。
誰もが、正気を失ったように、舞台上のセレスティアを求めて叫んでいた。
その狂乱の中心で、セレスティアは、ただ静かに、そして穏やかに微笑んでいた。
その視線は、会場の誰でもなく、ただ一人、俺だけをまっすぐに見つめている。
値段は、ついに金貨十万枚という、天文学的な数字に達した。
会場の熱気は、最高潮に達している。
「じゅ、十万! 他にはいらっしゃいませんか!? よろしいですか!?」
司会者が、興奮で声を震わせる。
そろそろ、バランが競り落とすはずだ。
俺が隣の彼に視線を送った、その時だった。
「――金貨、二十万枚」
凛とした、しかし有無を言わせぬ力強さを持った、女性の声が響いた。
会場の最後方、薄暗い影になったボックス席からだった。その声に、会場の誰もが度肝を抜かれ、一斉にそちらを振り返る。
値段が一気に倍になったことにも驚いたが、それ以上に、その声の主が、これまでの下品な男たちとは明らかに違う、高貴な響きを持っていたからだ。
「に、二十万!? あ、お客様は……!」
司会者が戸惑う。
俺も、バランも、予想外の展開に目を見開いた。ボックス席の影が、ゆっくりと動く。
そして、シャンデリアの光の中に、一人の女性が姿を現した。銀色の、狐のような耳と、九本に分かれたふさふさの尻尾。
妖艶な笑みを浮かべた、絶世の美女。
その姿を見て、俺の隣でバランが「……しまった」と、小さく呟いた。
「あの女狐……! なぜ、ここに……!」
俺は、訳が分からないまま、その謎の美女を見つめる。
彼女は、楽しそうに目を細めると、舞台上のセレスティアに向かって、その視線をゆっくりと俺の方へと移した。
「ふふっ。いいわね、その『商品』。気に入ったわ。私が、買ってあげる」
その言葉は、俺たちの計画が根底から覆されたことを告げる、絶望の宣告だった。
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