第13話 胡散臭い救いの手

「ユウキ様、あのような者たちの言葉、気になさることはありませんわ」 


「そうニャ! ユウキお兄ちゃんは悪くないニャ!」


 宿屋への帰り道、セレスティアとミィナが俺を気遣ってくれる。だが、その言葉は、ほとんど俺の耳に届いていなかった。

 頭の中を『金貨五千枚』という数字と、『白き魔女』という不名誉すぎる二つ名がグルグルと回っている。


(もうダメだ……詰んでる……)


 この街の冒険者全員が、血眼になって俺たちを探している。

 フードで顔を隠したところで、気休めにしかならない。黒髪黒目の東方人と、絶世の美女、そして猫獣人の少女という組み合わせは、どう考えても目立ちすぎる。


 俺は、背後から「おい、あいつらじゃねえか?」という幻聴が聞こえるような気がして、早足で宿屋へと逃げ帰った。

 部屋に戻り、扉に鍵をかけると、俺はベッドに倒れ込んだ。

 重苦しい沈黙が部屋を支配する。


「……さて。緊急作戦会議だ」


 俺は、天井を見上げたまま、力なく呟いた。


 現状を整理しよう。


 第一に、俺たちは超高額の懸賞金がかけられた、国家レベルのお尋ね者である。


 第二に、顔と特徴は、かなり広範囲に割れている。


 第三に、隣国へ行きたいが、正規のルートは完全に絶望的。


 そして第四に、手持ちの資金が、そろそろ心許なくなってきた。


「何か、何かいい手はないのか……」


 俺がうめくと、セレスティアがすっと手を挙げた。


「はい、ユウキ様。わたくしに良い考えがございます」


「……言ってみろ。ただし、破壊とか、支配とか、そういう物騒な単語は禁止だ」


「ご安心ください。極めて平和的かつ、効率的な解決策ですわ」


 セレスティアは自信満々に微笑むと、高らかに宣言した。


「まず、わたくしがこのクロスロードの領主と直接対話し、ユウキ様の無実を訴えます。もし、聞き入れないようであれば、その魂を【浄化】し、次の領主にはユウキ様が就任なさってください。そして、領主の権限で国境を開放し、追っ手を退ければ、全て丸く収まります」


「全然平和的じゃねえよ! 思いっきり脅迫と乗っ取り計画じゃないか!」


 ダメだ。この聖女に常識的な意見を求めるのが間違いだった。


「じゃあ、あたしが!」


今度は、ミィナが元気よく手を挙げた。


「あたしの友達の、モグラのモグ助にお願いして、国境の下に長ーいトンネルを掘ってもらうのニャ! そうすれば、誰にも見つからずに隣の国へ行けるニャ!」


「……そ、そうか。モグ助、すごいな……」


 あまりにも可愛らしく、そして非現実的な提案に、俺は乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。ささくれだった心が、少しだけ和んだが、問題の解決にはならない。

 結局、俺が導き出した結論は、一つしかなかった。


「……表がダメなら、裏に頼るしかない」


「裏、でございますか?」


「ああ。この街には、あらゆるものが集まる。なら、法を破ってでも金を稼ぐ連中……『密入国』を斡旋するような、裏社会の人間もいるはずだ。そいつらを探し出す」


 危険な賭けだ。

 相手が信用できる保証はどこにもない。金を騙し取られたり、衛兵に売り渡されたりする可能性の方が高いだろう。

 だが、他に選択肢はなかった。


「俺一人で行ってくる。お前たちは、絶対にこの部屋から出るなよ」


 俺はセレスティアに、特に強く釘を刺した。

 彼女を連れていけば、トラブルの発生源を抱えて歩くようなものだ。


「ですが、ユウキ様お一人では危険です!」


「大丈夫だ。何かあったら、すぐに戻る」


 不安そうな二人を残し、俺は再びフードを目深に被ると、宿屋を後にした。

 目指すは、昼間『豚の寝床亭』があったような、街の薄暗い裏通り。法と秩序の光が届かない、影の世界だ。


 しかし、そう簡単に見つかるはずもなかった。

 それっぽいチンピラに声をかけても、「知らねえな」「うせろ」と相手にされない。情報屋らしき男に話を持ち掛けても、法外な情報料をふっかけられるだけ。時間は、いたずらに過ぎていく。


(ダメか……万策尽きたか……)


 俺が諦めかけて、路地裏の壁に寄りかかってため息をついた、その時だった。


「お困りのようだね、若いの」


 背後から不意に声をかけられた。

 振り返ると、そこに立っていたのは、人の良さそうな笑顔を浮かべた、小柄で恰幅のいい男だった。見事な髭をたくわえ、身なりの良い服を着ている。ドワーフ族の商人だろうか。


「……何か用か、おっさん」


「そう警戒するなさんな。わしは、ただのしがない商人、バランじゃよ」


 バランと名乗ったドワーフは、ニカッと笑った。しかし、その笑顔の奥にある瞳は、まるで俺の全てを見透かすように鋭く光っている。


「お主、何か『特別な品物』を国境の向こうに運びたいんと違うか?」


 心臓がドクリと大きく跳ねた。

 この男、ただ者じゃない。


「……何のことだか、分からないな」


「はっはっは。まあ、そう言うじゃろうな。じゃが、お主のその目……追いつめられとるが、腐ってはいない目だ。わしは、そういう目をしとる奴は嫌いじゃない」


 バランは、楽しそうに自分の髭をいじった。


「どうじゃ? わしもお主も、お互い困っとる。一つ、取引をせんかね?」


「……取引?」


「ああ。わしも今、一つ厄介な仕事で人手が足りなくてのう。それを手伝ってくれるなら、お主が探している『特別な道』について、心当たりを教えてやらんこともない」


 あまりにも話がうますぎる。罠の匂いがぷんぷんした。

 だが、今の俺に、この手を振り払う選択肢はない。


「……どんな仕事だ?」


 俺が尋ねると、バランは悪戯っぽく、にやりと笑みを深めた。


「なあに、簡単なことさ。近々、この街で『特別な客』だけが集まる、内密な集会があってのう。その会場で一日だけ、わしの護衛兼雑用係をやってもらいたいだけじゃ」


「……集会?」


 聞き返すと、バランは声を潜め、決定的な単語を口にした。


「ああ。表沙汰にはできん品物が、たくさん出品される――『闇オークション』、というやつじゃよ」


 闇オークション。

 その言葉を聞いた瞬間、俺は、自分がさらに厄介で、危険で、抜け出すことのできない深みへと、自ら足を踏み入れようとしていることを悟った。


「どうする、若いの? この話、乗るか、乗らんか」


 バランの問いかけが、薄暗い路地裏に響く。

 俺の答えは、もはや一つしか残されていなかった。

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