第11話 聖女様が拓いた道
「んん……ふぁ~あ……。おはようございます、ユウキ様。昨夜はよくお眠りになれましたか?」
朝の柔らかな光の中、セレスティアが上品なあくびと共に目を覚ました。その表情はすっきりとしており、実に爽やかな朝といった風情だ。
「おはようなのニャ! ユウキお兄ちゃん!」
続いてミィナも、元気いっぱいに飛び起きた。そして、二人は同時に、目の前に広がる光景に気づく。
森を一直線に貫き、地平線の彼方まで続く、巨大な破壊の爪痕――いや、『道』に。
「まあ、素敵! 一晩で、このような立派な道が! まるで、ユウキ様とわたくしの未来を祝福する、輝かしい光の道のようですわ!」
「すごーい! 神様が、あたしたちのために道を作ってくれたのニャ!」
セレスティアはうっとりと、ミィナはキラキラと目を輝かせている。
その隣で、一睡もできずにいた俺との対比がひどかった。
「……お前らがぐっすり眠れたのは、その道を作った張本人が、安眠を妨げるものを全部消し飛ばしてくれたおかげだからな」
「え? わたくしが何か……?」
セレスティアは、きょとんとして小首を傾げている。
昨夜の自分の所業を、全く、一ミリも覚えていないらしい。寝ぼけて無意識にやったことだからだろうか。タチが悪いにも程がある。
「とにかく! この道はまずい! 明らかに異常だ! 誰か腕利きの魔法使いとか、国の騎士団とかに見られたら、間違いなく調査団が派遣されるぞ!」
「まあ、ユウキ様。でしたら、わたくしにお任せを」
俺が頭を抱えていると、セレスティアが自信満々に胸を張った。
またまた嫌な予感しかしない。
「この一帯の地形を隆起させ、山脈を創り出すことで、この道を物理的に隠蔽してはいかがでしょう? それとも、この森ごと【聖炎】で焼き尽くし、証拠を隠滅した方が確実でしょうか?」
「どっちも大災害なんだよ! お前はもう何もしなくていいから、そこに座ってろ!」
俺はセレスティアをその場に座らせると、どうにかしてこの破壊跡をカムフラージュできないかと思考を巡らせる。
木の枝や葉っぱで隠す?
いや、規模が大きすぎて無理だ。
土を被せる?
何百年かかるか分からない。
俺が途方に暮れていると、その時だった。
「ん? おい、なんだありゃあ……」
道の先――俺たちが見つけた街道の方から、馬車の車輪の音と共に、人の声が聞こえてきた。
見ると、荷物を満載した馬車が街道の脇に止まり、二人組の商人らしき男たちが、こちらを指さして驚愕の声を上げている。
終わった。見つかった。
「ひぃっ!?」
俺は咄嗟にセレスティアとミィナを自分の背中に隠す。
商人の二人が、恐る恐る、しかし好奇心に満ちた目で、こちらに近づいてくる。
「こ、これは一体……。まるで、巨大な竜が通った跡みてえだ……」
「いや、それにしては綺麗すぎる……。まるで、神の御業だ……」
どうする。どう言い訳する。
聖女様が寝ぼけて魔法をぶっ放しました、なんて言えるわけがない。
俺の頭は、完全にパニックに陥っていた。そして、追い詰められた俺の口から飛び出したのは、自分でも意味不明な、苦しすぎる言い訳だった。
「あ、ああ! これはですね! この森に生息する、伝説の『道拓きビーバー』の仕業でして!」
言ってしまった。
道拓きビーバーってなんだ。そんな生物いるわけないだろ。俺は何を言ってるんだ。
「は? 道拓きビーバー……?」
商人の一人が、怪訝な顔で俺を見る。
まずい。完全に不審者だ。
俺は冷や汗をだらだらと流しながら、しどろもどろに言葉を続ける。
「そ、そうなんです! この森の名物でしてね! 一晩で道を拓いちゃう、すごいビーバーがいるんですよ! あは、あはははは……」
その時だった。
俺の言葉を訝しんでいた商人と、バッチリと目が合ってしまった。
しまった、と思ったがもう遅い。俺の呪われしスキル、【好感度操作】が発動する。
商人の表情が、ふっと変わった。
先ほどまでの訝しげな光が消え、その瞳に尊敬と信頼の光が宿る。
「な、なるほどぉ! そうでしたか! これが、かの有名な『道拓きビーバー』の! いやあ、噂には聞いておりましたが、これほどとは!」
「え?」
俺は、自分の耳を疑った。
いや、あんた、絶対今初めて聞いたろ。
「おい、見たか! 俺たち、とんでもないものを見ちまったぜ!」
「ああ! なんて幸運だ! しかも、こんなにも博識で、親切に教えてくださるお方に出会えるなんて!」
商人の二人は、なぜか俺に向かって深々と頭を下げた。
その目は、キラキラと輝いている。もはや、俺が何を言っても信じるだろう。
(……これって)
俺は、自分のスキルに使い方があることに、この時初めて気づいた。
好感度がMAXになるということは、つまり、相手がこちらの言うことを、無条件に100%信じ込むということだ。
これは、ある意味、どんな攻撃魔法よりも強力な「言いくるめ」であり、「精神操作」じゃないか。
「いやはや、素晴らしいものを見せていただきました! 旦那様、もしよろしければ、このお礼に、次の街まで我々の馬車にお乗りになりませんか?」
「え、あ、でも……」
「ご遠慮なさらずに! このご恩、何かの形でお返ししなくては、我々の気が済みません!」
商人は、そう言って俺たちの手を引き、馬車の荷台へと乗せてくれた。
断る理由も、隙もなかった。
こうして俺たちは、図らずも、楽々と次の街へ向かう手段を手に入れたのだった。
「……」
揺れる馬車の荷台で、俺は遠い目をする。
これで、良かったのだろうか。
人の心を捻じ曲げ、ありもしない伝説を信じ込ませてしまった。罪悪感が、じわりと胸に広がる。
「ユウキ様……」
隣に座るセレスティアが、うっとりとした表情で俺を見つめていた。
「ただのお言葉一つで、人の心すらも導き、救ってしまうのですね……。そのお力、まさに神の領域です。わたくし、改めてあなた様にお仕えできることを、誇りに思います」
ミィナも尊敬の眼差しで俺を見上げている。
「ユウキお兄ちゃん、物知りなのニャ! なんでも知ってるんだね!」
二人の純粋な賞賛の言葉が、俺の心にグサグサと突き刺さる。
(全然うまくいってねええええええ!)
俺は、内心で絶叫した。
スキルを使って窮地を脱したはずなのに、なぜか、前よりもっと深くて暗い沼に足を踏み入れてしまったような気がしてならなかった。
馬車は、隣国との国境に近いとされる街『クロスロード』へと、進んでいく。
その先で、一体どんな面倒ごとが待ち受けているのか。
もはや、考えるだけで胃が痛かった。
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