視線の先には…

6月も下旬になると、一気に蒸し暑さが増してきた。

授業終わり、弓道場に来ていた桜雅はパタパタとTシャツを扇いだ。

「こんにちはー」

弓を手に取った時、莉々がやって来た。

「お疲れ様」

桜雅が声をかけると、ぺこりと頭を下げて、カバンを下ろす。

彼女がカバンからかけ袋を取り出し、弓を立てた。

素引をしている彼女をチラリと見ると、その視線は的に向いていた。

弓を引く莉々の姿は綺麗で、その瞳は真剣そのものだった。

そんな彼女から、目を話せなくなりそうで慌てて逸らす。

(俺も弓引こう)

的前に立ち、矢をつがえる。



どれくらい経った頃か。

桜雅が20射引き終わると、莉々が何か言いたげにこちらを見ていた。

「どうした、榛名」

矢を拭きながら聞くと、彼女は困ったように視線を下げた。

(そんなに、射型ひどかったのか?)

気になるところは直しているつもりだが、どこかおかしかっただろうか。

矢とタオルを片付けて床に座ると、莉々が隣に腰を下ろした。

(珍しい……)

彼女はあまり桜雅の隣に座らない。

普段は同じ1年たちと座るからだ。

「八乙女先輩、引き分けの時、かなり下ろしてますよね」

「え?」

突然のことに、桜雅はポカンとして莉々を見た。

対する莉々は真剣な瞳で桜雅を見返している。

「口割りよりも低いので、押し手が下がってるんです」

桜雅の目の前で引き分けのポーズを取り、左手を下げてみせる。

「あ、」

最近、矢が下に飛んでいたのは彼女の言う通り押し手が下がっていたからだ。

直しているつもりでも、できていなかったのだと気付かされてハッとする。

莉々にはいつも、気付かされてばかりだ。

「本当だな。ありがとう、榛名。今から1本引くから、見ててくれるか?」

「はい、もちろんです!」

的前に立つ莉々を見て、急いで弽を付ける。

弓矢を持って的前に入り、矢をつがえる。

莉々に正面から見られていることに緊張を覚えたが、深呼吸して弓を持ち上げた。

(今は、集中……!)

莉々の指摘通り、押し手が下がらないように慎重に引き下ろしていく。

「ストップ。そこで止めてください」

莉々の声で、下げるのを辞める。

数秒待った後、パッと右手を離した。

矢は的に向かって真っ直ぐに飛んでいき、トンっと的に刺さる。

的を見つめたまま、桜雅は弓を下ろした。

矢は下に落ちていない。

寧ろ、いつもより綺麗に飛んだくらいだった。

「俺、かなり押し手が下がってたんだな。全く直ってなかった」

「さっきのいい感じでした!そんなことないですよ、何本目かな15本目と20本目は押し手の位置そんなに低くなかったですし。先輩が、意識して直してる証拠です!私も、射型見てほしいです」

「ありがとう。わかった見させてもらうな」

莉々の柔らかな笑顔に沈んでいた気持ちが軽くなっていく。

弓を置いて彼女を見ると、嬉しそうに笑っていた。



駅へ向かう途中で桜雅が莉々を見かけたのは、その翌日のこと。

壱馬と並んで歩いていると、少し前に莉々が歩いていた。

(……声、かけようかな)

少し歩調を早めた桜雅に、壱馬が不思議そうに目を丸くする。

それからフッと莉々に目をやって、励ますように肩を叩いてきた。

足を早めるに連れて、心臓の音が大きくなってくる。

後、もう少し。

「はるー」

「吉川くん!」

莉々の嬉しそうな声に、足が止まる。

彼女は駅の近くにいた楓真に駆け寄って行く。

楓真も嬉しそうに笑っていた。

並んで歩く2人はお似合いに見えて、ズキリと胸が痛くなる。

仲良さそうに駅に入って行く2人を見ているといつの間にか足が止まってしまっていた。

わかっていたのに、ショックだなんて。

(榛名が誰を見ていたか、ずっと知ってたのに)

彼女の視線の先にはいつもー、桜雅はいなかった。

桜雅が彼女の視界に映るのは弓を引いている時だけだ。

(それでも、見てほしいんだよ)

グッと唇を噛み締めて、歩き出した。

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