第24話 被害は最小限に、とペンダント
川の氾濫から一夜明け、ラグシア王国は既に活気を取り戻していた。
今回の氾濫では建物の倒壊や農地の被害などはあったし、怪我人は出たが、死者が一人もいないことが、人々の顔を輝かせ活気づかせていた。
「水の竜を見たかい?」
「見た見た! すごかった!」
「魔導士たちで作ったんだろう?」
「感謝しなくてはね。これくらいの被害で済んで」
「騎士たちにも感謝しなくてはいけないよ」
そう言って、水妖を片づける。
「水妖に襲われたら……ぞっとするな」
「ああ。でも、この水妖の鱗、高く売れるんだろ?」
水妖の死骸は、見つけた人がギルドに持って行き売っていいことになっていた。もっとも、ほとんどは騎士や魔導士が回収しており、残っているのは回収出来なかった分だけだった。
それでも水妖は高く売れたので、見つけた人は喜んでギルドに持って行っていた。
「ノア、紅茶飲むかい?」
「飲みます!」
エリノアは身体中なんとなく痛くて、よろめきながら机へ向かった。
「ハーブティ! 癒される……」
「はちみつを入れておいたよ」
「ありがとうございます!」
「いやいや。一晩一緒に過ごした仲だからね」
マティアスはにっこり笑う。
エリノアは真っ赤になって紅茶を吹き出しそうになりながら、「ち、ちち、違うもんっ!」と言った。
マティアスはにやにやしながら「朝、目が覚めたとき、ノアの顔があって嬉しかったよ」と言う。
「マティアスさま、からかっているでしょう⁉」
「ふふ。嬉しくてね、つい」
「変なこと言うの、やめてくださいっ」
エリノアが身体中痛いのも、マティアスが「一晩一緒に過ごした」と言うのも、昨日の夜、氾濫が終わった後、そのまま上級王立学院の屋上で、マティアスとともに眠ってしまったからだった。固いところで、マティアスに膝枕をしながら眠ってしまい、エリノアは朝起きたとき、最初は脚が痺れてしまい立つことが出来なかった。
結局、マティアスに抱えられるようにして、歴史研究室に戻った。戻ってからも、またベッドで昏々と眠った。川の氾濫を見守るとき緊張もしていたし、それ以前も睡眠時間を削って文献を読んでいたので、そういう疲れもあった。
何より安心したのだ。
被害が少なく終わって。誰も死ななくて。
「……しばらく休暇をとる? 生誕祭の休みは結局なかったのと一緒だし」
「いいえ。実家に被害がないことは確認しましたし」
エリノアはそう言って、『シルヴェストル・フォーセット伯爵の回顧録』を手元に引き寄せた。
「あたし、これを最後まで読んでしまいたいんです」
「そうだな。川の氾濫の周期や兆候については分かったけど、メカニズムが完全に分かったわけじゃないからね。何か手掛かりがあるといい」
「はい」
(でも、あたしが一番探しているのは、黒髪黒目の伝承の件だけど)
エリノアは黒いフード姿のマティアスをこっそり見ながら、心の中で呟く。
「で、あとは、研究費を増やしてもらうだけさ! まあ、水妖をギルドに持って行ったから、小銭は稼げたけどね」
「え? いつの間に?」
「収納魔法で、ボクが見つけたものは全部収納しておいたんだよ。屋上にいるノアのところに行く前にね。当然だろ? 研究費が全然足りないんだよ。……そういう意味で、水妖はよかったよね」
マティアスはふふふと笑い、「あ、そうだ」と黒いマントのポケットから、何かを取り出すとエリノアの前に置いた。
「きれい……」
それは水妖の青い鱗で作ったペンダントだった。
鱗がつるりと光って、青い輝きを見せていた。鎖の部分は銀で出来ていて、銀の繊細な白い輝きが鱗の青とよく合い、とても美しかった。
「つけてみて」
「は、はい。……あのう、これ、どうしたんですか?」
「ノアへのプレゼントだよ。水妖の鱗は魔除けにもなるしね。よく似合うよ」
マティアスの黒い目が優しく揺れる。
エリノアはマティアスの目を見て、それから胸元の青い輝きを見た。
(この輝き、マティアスさまの心みたい……きれい)
エリノアは、とてもきれいなそのつるりとした肌触りを楽しんだ。
「こんなに素敵なペンダント、初めてです。いつの間に作ったんですか?」
「ああ、それは、ノアが寝ている間に。水妖をお金に換えて、それから一番きれいな鱗でペンダントを作ってもらったんだ」
(マティアスさまの方がずっと疲れていらっしゃったのに)
昨晩のマティアスの活躍を、エリノアは思い浮かべた。
(白い貴族の正装で、川の氾濫に立ち向かう姿、ほんとうにかっこよかった……!)
「ありがとうございます! 大切にします」
「うん。これからもよろしくね」
「はい!」
魔力ランプの灯りが揺らいだ。
昼間でも薄暗い、この歴史研究室の魔力ランプは、本を読むのに適した灯りになっている。とてもやわらかい、灯り。エリノアは、その灯りが揺らぐと、空気が優しく震えるような気がした。それはとても心地よい揺らぎだった。
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