新説順文学 短編 幸せな家族

ペニーワイズ金原

第1話 家族

第一節 理想的な家庭

 瀬戸内海に位置する穏やかな環境の島の某所にて、“それ”は生まれた。築70年ほど経っていると思われる一戸建てには、浜岡辰彦とその妻である和美、2人の娘の真由美と紗栄子の4人家族が暮らしていた。公務員として安定した収入のある辰彦、趣味と小遣い稼ぎを兼ねた軽めのパートをしつつ兼業主婦として無理のない日常を送る和美、そして県内の進学校に通う2人の娘。申し分なく理想的で、幸せな一家であった。

 20XX年12月。一家は年越しに備えて大掃除に取り組んでいた。リビングの清掃を終えた和美は、屋根裏の物置に保管してある自身の着物を取りに行った。来年成人を迎える真由美が成人式で着るために自身の着物を譲る約束になっていたのだ。屋根裏に続く梯子を登った和美は、古びた電灯のスイッチをひねって灯りをつけた。毎年大掃除の時に手入れをしているはずだが、何年も放置されていたかと思うほどに屋根裏には埃が積もり、カビ臭くもあったため和美は若干の不安を覚えた。桐の箪笥の引き出しをあけ、着物を取り出した。薄暗い屋根裏でははっきりとは確認できないが、嫌なにおいもせず状態は良さそうであることを確認すると、和美は一旦階下に着物を運んだ後改めて屋根裏を掃除した。どうしても手が届かない隅を除き、長めの柄の付いたクリーニングワイパーで埃を落とし、ひととおりキレイになったと満足した和美は屋根裏を後にした。

 大掃除を終え、一家は年末を迎えた。年が明け、いつも通りの新年を迎える。が、おそらく今年は一家が勢揃いして過ごす最後の年でもある。近畿地方の大学を第一志望で受験する真由美は、うまくいけば4月からは一人暮らしを始めるのだ。寂しくもあるが長女の進学は一家にとってめでたいことである。寂しがる両親と妹に対し、真由美は「そんなに遠くないし、休みには帰ってくるから大丈夫だよ」と言って笑った。

 果たして真由美は第一志望の大学に無事合格し、春を迎えた。



第二節 仲良し5人家族

  瀬戸内海に位置する穏やかな環境の島の某所にて、浜岡順一は生まれた。築70年ほど経っていると思われる一戸建てには、厳格だが慈悲深い父の浜岡辰彦と、いつもニコニコ笑顔の母・和美、長男である順一、2人の娘の真由美と紗栄子の5人家族が暮らしていた。2人の娘は、順一より十歳ほど年の離れた妹たちだったが、兄妹仲は悪くなく、喧嘩もせず、順一は「普通の兄妹だ」と思っていた。父は公務員として安定した収入があり、母は趣味と家事を両立している。そして2人の妹は自分と違って頭のいい高校に通っている。誰が見ても文句なしに理想的で幸せな一家であった。

 20XX年12月。一家は年越しに備えて大掃除に取り組んでいた。順一がいつものように屋根裏の秘密基地で空想に耽っていると、リビングの清掃を終えたと思われる母が上がってきた。母は屋根裏に置いてある桐の箪笥をあけ、綺麗な着物を取り出して笑顔になっている。そういえば、上の妹の真由美が「成人式でお母さんの着物かりてもいい?」と言っていたのを思い出した。順一は真由美の晴れ着姿を想像して思わず吹き出しそうになった。垢抜けない真由美が着物に着られてしまっているんじゃないか。だが、せっかくの妹の晴れ舞台に口を出すのも野暮であろう。兄としてここは見守ってやろう、と思っている間に、母は屋根裏の掃除を始めた。順一は、母の邪魔になってはいけないと隅の方に身を縮めた。母は順一がいる所以外をひとしきり掃除した後、リビングに戻って行った。

 大掃除を終え、一家は年末を迎えた。年が明け、いつも通りの新年を迎える。が、おそらく今年は一家が勢揃いして過ごす最後の年でもある。近畿地方の大学を第一志望で受験する真由美は、うまくいけば4月からは一人暮らしを始めるのだ。寂しくもあるが妹の進学は順一にとっても嬉しいことである。大学に行けなかった順一としては少し羨ましくもあった。真由美は、また休みの時には帰ってくると言っていた。その時には京都や奈良の土産でも買ってきてほしいな、と順一は思った。

 果たして真由美は第一志望の大学に無事合格し、大学近くのアパートに引っ越して行った。浜岡家は4人で暮らす春を迎えた。

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