第12話

 日曜日の朝。

 待ち合わせ場所は、駅前の図書館前。


 俺は、なぜか一之瀬澪と“二人きりの私服デート”をしている。


「……来てくれて、ありがとう」


 そう言った澪は、

 制服では見たことのない姿だった。


 ゆるく巻かれた髪。

 黒のロングスカートに、白いブラウス。

 そして、薄い水色のカーディガン。


 清楚で落ち着いた印象はそのままに、

 どこか少し“年上のお姉さん感”すらある。


「……似合ってる」


 気づけば、口からこぼれていた。


 澪は驚いたように目を見開いたあと、すぐに視線をそらす。


「っ……ありがとう。……その、今日だけは……その、“頑張ってみよう”って思って」


 頬が、ほんの少しだけ赤い。


 学校では絶対に見せない、その顔に俺の胸が妙にざわついた。


 


「最初に行きたい場所があるの」


 澪に連れてこられたのは、駅から少し離れた美術館のカフェだった。


 静かで落ち着いた空間に、ジャズが流れている。


「……好きなんだ、こういう場所?」


「ええ。……人が少なくて、静かで、本に囲まれてるところ。

 ……少し、あなたに似てる場所だと思って」


 それは――

 彼女にとって、褒め言葉なんだろう。


 でも、俺なんかがそんな場所と並べられるのは、くすぐったい。


 


 カフェで注文を済ませると、澪は意外な行動に出た。


「はい、これ」


 差し出されたのは、一冊の文庫本。

 表紙には、どこか見覚えのある装丁。


「……中学の時に読んで、ずっと印象に残ってる本。

 もしよかったら、あなたと一緒に読みたいって思って」


 そう言って、テーブルの上に本を置き、

 ページを開いて――俺の隣に、ぴたりとくっついてきた。


「……っ!?」


「えっと、その……“理想の彼女”っぽいこと、しようと思って……

 一緒に本読む、って……ありだって、ネットで見て……!」


 どこか挙動不審な澪に、思わず笑ってしまう。


「……かわいいな、それ」


「な……っ!」


 彼女の顔が、一瞬で真っ赤になった。


「い、今の……撤回してもらっても……」


「撤回しない」


「……っ、もう知らない」


 そう言いながらも、澪はページをめくりながら微笑んだ。


 それは、学校では絶対に見られない、柔らかくて繊細な横顔だった。


 


 美術館の中庭を歩いているとき、ふと彼女が口を開く。


「ねえ、相原くん。……私、変われてると思う?」


「え?」


「もともと、私……人に甘えるのが苦手だったの。

 完璧でいようとして、誰にも頼れなくて……

 でも、あなたに出会ってから……

 “隣にいてくれる人”がいるって、こんなにも違うんだって知った」


 澪の足が止まり、俺の方に体を向けてくる。


 そして――


「私が“理想の彼女”かどうかは分からない。

 でも、あなたのことを……“大切にしたい”って思ってるのは、本当よ」


 その目は、まっすぐ俺を射抜いていた。


 気づけば、心臓の鼓動が速くなっていた。


 


 帰り道。駅までの坂道。


 俺たちは並んで歩いていた。


「今日、ありがとう。……とても、楽しかった」


「俺も、澪の意外な一面が見れてよかった」


「そ、そう? あまりに意外すぎて、引かれたんじゃないかって……」


「引いてない。……むしろ、もっと知りたくなった」


 そう答えると、澪はふわっと目を見開いたあと――

 まるで“心のスイッチ”が切れたかのように、笑った。


「……それ、今の一言。ずっと忘れないようにする」


 それは、“勝ち負け”のための笑顔じゃなかった。

 本当に嬉しそうな、少女らしい笑顔だった。


 


 そして彼女は、最後にこう言った。


「来週。あなたが誰を選ぶにしても……

 私は、あなたに“会えてよかった”って、きっと思ってる」


 澪の歩幅が軽くなる。

 それを見て、俺も、何かがふわっとほぐれるような気がした。


“理想の彼女”――


 その言葉に、いろんな意味があるけれど。

 今日の彼女は、誰よりも俺の“隣にいてくれる”存在だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る