リズミカルな天の音

「星野さん」

 透子と話した後、理純は個人練習をしていた教室に戻ろうとした。

 その時、天音に話しかけられる。

 どうやら天音は理純のことを待っていてくれたようだ。

「海藤くん、先に戻ってたんじゃなかったの?」

「うん。さっきのあの人が、星野さんと過去に何というか、因縁があるって相手だって知ったからさ。もしまた星野さんが何かキツいこと言われてたら、すぐにでも駆けつけられるようにって思ってさ」

 天音はやや頬を赤く染めながらそう言った。

 理純は嬉しくなり、思わず表情を綻ばせる。

「ありがとう、海藤くん。でも、大丈夫だったから」

「うん。見てて分かった。話の内容はあんまりよく聞こえなかったけど」

「そっか」

 理純はクスッと笑った。

「さっき透子と話してさ、色々とスッキリした。伝えたいことは伝えられたから。何か、中学の時透子を怖がって避けないでもっと早く話しておけば良かったって思った」

 すっかり明るい表情の理純だ。

 もう透子を怖いとも思わない。

「そっか。星野さん、良かったね」

 天音はホッと安心した様子である。

「うん。ありがとう、海藤くん」


 体育館から聞こえる、バドミントン部の試合の声援やホイッスルの音は少しだけ遠くなってた。

 校舎内の廊下には、理純と天音の足音が響くだけである。

 二人はゆっくりと個人練習中の教室に戻っていた。

 少しずつ、吹奏楽部の楽器の音が大きくなる。

 高らかで明るい音はトランペット。力強く轟いているのはトロンボーン。低く渋い音から明るく楽しそうな音まで入り乱れる複数のサックス。柔らかな音色を響かせているクラリネット。可憐で華やかなフルート。優しく安定した音はユーフォニアムだろうか。


 理純は耳に入る音に、表情を綻ばせる。

(吹奏楽部に入部して良かったな。色々な楽器があって、寧音と鈴子がいて……海藤くんもいるし)

 理純はチラリと隣を歩く天音に目を向ける。

「ん? 星野さん、どうかした?」

 天音は少し不思議そうに首を傾げている。

「ううん、何でもない」

 理純は首を横に振った。


 日曜日なので人気ひとけのない学校の廊下。そこに、楽器の音と理純と天音の足音が響き渡っている。

 そんな中、天音は不意に足を止めた。

「海藤くん、どうしたの?」

 不思議に思い、理純も足を止めて天音を見る。

 天音は真剣な表情で理純を見つめていた。

「俺さ……」

 いつもよりも少しだけ硬い天音の声。

 少しだけ間が開く。

 理純は黙って天音が次の言葉を紡ぐことを待つことにした。

 楽器の音が、少しだけ遠くなったような気がする。


「俺、星野さんのことが好きなんだよね」

 天音の真剣な目が、理純を射抜く。


「え……?」

 理純の心臓が飛び跳ねる。

 世界から全ての音が消え、天音の声だけが理純の中に響いているような感覚になった。

 天音から何を言われたのか、理解するまで数秒かかった。

(海藤くんが……私を好き……!?)

 じわじわと体温が上がる感覚である。

 理純の胸の中から、ときめきが溢れ出した。

「海藤くん、本当に……?」

 理純は天音を見て恐る恐る聞いた。

 ぬか喜びだったらどうしようと、若干の不安がある。

「うん」

 天音はゆっくりと頷く。

 天音の頬は、少し赤く染まっているように見えた。

 理純は天音から告白されたことを実感し、緩む口元を押さえる。

「嬉しい……! あのね、私も……私もね、海藤くんのことが……好き」

 好きな人から好きだと言われた。

 これがどれ程嬉しいことだろうか。

 理純は舞い上がっていた。

「星野さん……!」

 理純の返事に、天音は緊張した表情から一変して表情を輝かせた。

「じゃあさ、俺と付き合ってくれる?」

 天音からの問いに、理純は満面の笑みで頷く。

「もちろん」

 すると、天音はガッツポーズをして「やった!」と破顔する。

 それが少しだけ子供っぽくて、理純は思わず可愛いと思ってしまった。


 その時、廊下の少し離れた場所から、オーボエのチャルメラ音と「ラーメン一丁!」の掛け声が聞こえた。

 小夜とセレナだ。

 理純と天音はハッとする。

 小夜とセレナに一緒にいるところを見られたら揶揄からかわれること間違いないだろう。

「星野さん、隠れよう」

 天音は理純の手を握り、来た道と逆方向に駆け出した。

 天音に手を握られ走る理純はドキドキしつつも少しだけ安心感を抱き、表情を綻ばせた。


「あれ? 小夜、この辺にさっき誰かいなかった?」

「さあ? セレナの気のせいじゃない?」

 理純と天音は無事に二人の死角になる場所に隠れることが出来、ホッと肩を撫で下ろす。

 再び、オーボエのチャルメラ音とセレナの「ラーメン一丁!」の掛け声が聞こえた。

 それらの音や声が遠のき、理純と天音はようやく廊下に出ることが出来た。

「何とか隠れられたね」

 理純はクスッと笑う。

「うん。あ、星野さん、ごめん。手、握りっぱなしだった」

 天音は顔を赤くして理純の手を離す。

「ううん、気にしないで」

 理純はドキドキしながら首を横に振った。

「そうだ、星野さん。この後さ、コンクールの自由曲でフルートとトランペットが同じ動きするところ、一緒に練習しない?」

「あ、それ良いね。海藤くんと合わせるの、実はやってみたかったんだ」

 理純は声と心を弾ませる。

 以前はまだ拙い音だったが、今なら少しは天音と合わせることが出来る音になっていた。

「じゃあ楽器と楽譜持ってどこか空き教室行こっか」

「うん」

 理純は満面の笑みで頷いた。


 その後、空き教室では理純のトランペットと天音のフルートの二重奏が響き渡った。

 明るく軽やかでリズミカルなトランペット。伸び伸びとして穏やかなフルート。

 それらはまるで、リズミカルな天の音だった。

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