理純、楽しみながら吹奏楽部の内情を知る

 翌日の部活にて。

 この日も個人練習なので、理純は空き教室へ向かう。

 高音域はまだ練習が必要ではあるが、理純は初心者の中でもある程度音を出すことが出来るので、六月の文化祭に向けて配られた楽譜を一人で吹いてみた。

 楽譜の読み方は先輩達から教えてもらったので、ゆっくりとなら楽譜の音を吹くことが出来る理純である。

 時々同じ教室で練習をする先輩に、分からない音楽記号の意味や、音の出し方のコツなどを聞き、理純はトランペットを吹いていた。

 そして先輩が少し休憩に行ったので、教室で一人になる理純。

(私も休憩しよっかな)

 理純はトランペットを机に優しく置き、「んん」と伸びをした。


 その時、廊下から聞いたことがある音がする。

 少しおちゃらけたようなオーボエの音だ。

 そのオーボエは、ラーメン屋の屋台を彷彿とさせるチャルメラの音を出していた。

 更に、チャルメラ音の後には「ラーメン一丁!」とおどけたような声が響く。


(小夜先輩とセレナ先輩だ)

 理純は吹奏楽部でオーボエのチャルメラ音と「ラーメン一丁!」の掛け声のやり取りを何度か聞いたことがあり、思わず笑ってしまった。

 そして、廊下側の窓から身を乗り出す。

 理純の予想通り、オーボエでチャルメラを吹く小夜と、その隣でアルトサックスをぶら下げたセレナが廊下を練り歩いていた。

 オーボエのチャルメラ音と、「ラーメン一丁!」の掛け声はどんどん理純がいる教室に近付いて来る。

 日も傾き出した時間帯。おまけに昼休みに食べた弁当が足りなかったのか、理純のお腹は大きくぐぅっと鳴った。

「あ、理純、お腹すいたの? 理純のお腹の音、聞こえたよ」

 小夜とセレナは理純がいる教室の目の前までやって来ていた。

 セレナはしっかりと理純のお腹の音を聞いていたようだ。

「はい。何か先輩達のチャルメラとか聞いてたら」

 理純は自身の右手で軽くお腹をさする。

「この時間お腹空くよね。あ、理純ちゃん、部活中お菓子とか食べても良いけど、その後トランペット吹く時は水を飲むとかして口をゆすいでね。ジュース飲んだ後とかもね」

「あ、はい、小夜先輩。確か糖分とかがマッピ(※マウスピースの略)にこびりついて楽器が壊れちゃうんでしたよね?」

「そうそう。楽器って結構デリケートだからね」

 理純は先輩から教えてもらった注意事項を答えると、小夜は安心したような表情になった。

(それにしても、お菓子とかジュースOKの吹奏楽部、結構緩めだよね。やっぱり部活は緩く楽しくが良いよね)

 理純はクスッと笑う。


 小夜が再びオーボエでチャルメラを吹き、その隣でまたセレナが「ラーメン一丁!」と軽く叫ぶ。

「そういえば、確かにオーボエの音ってラーメン屋のチャルメラと合いますよね」

 理純は聞いていて思ったことを口にした。

「うん。理純ちゃん、ラーメン屋の屋台でお馴染みのチャルメラって楽器はオーボエの親戚みたいなものなんだよ。オーボエとチャルメラ、どっちもズルナっていうダブルリード楽器から進化したんだ」

「あ、理純、ダブルリード楽器って分かる?」

 小夜の言葉に「そうなんだ」と思っていると、セレナからの問いが飛んで来た。

 吹奏楽初心者で楽器に関することはほとんど知識のないので、理純は首を横に振る。

「いえ、分かりません」

 すると、セレナは首からぶら下げているアルトサックスのマウスピースを理純に見せる。

「サックスとかクラリネットはこの部分に付けるリードは一枚。だからシングルリード楽器って言う」

 次に小夜が理純にオーボエの息を吹き込む部分を見せる。

「オーボエはこの部分にリードを二枚付ける。ファゴットもね。だからダブルリード楽器って言われてるの」


 理純はふとパートの集合がかかった時に、小夜が「ダブルリードパート集合」と声をかけていることを思い出した。

 小夜がパートの集合をかけると、オーボエやファゴット担当の部員が集まっていた気がする。

 ちなみに理純達一年生が入部する前は、オーボエが小夜一人、ファゴットが鈴子の兄である律一人だけだった。しかし、理純達一年生が入部したことで、オーボエとファゴットそれぞれ一人ずつ人数が増えた。おまけにどちらも経験者なので小夜と律は助かっているようだ。


「あ、だからオーボエとファゴットはまとめてダブルリードパートって呼ばれているんですね」

 理純は納得したようだった。

 しかし、理純の中に別の疑問も生じた。

「でも、オーボエは割と高音で、ファゴットは低音ですよね」

 ここ数日で、どの楽器がどんな音なのかは完璧ではないが何となく覚えた理純である。

 オーボエは柔らかめな高い音、ファゴットは落ち着いた低い音だと認識している。

「パート練習はオーボエとファゴット一緒にするんですか? 楽譜とか思いっきり違いそうで大変だと思いますが」

「パー練(※パート練習の略)はやっぱりオーボエとファゴット別々だね。私は中学の頃からフルートと一緒にパー練してたから高校でもパー練は時々フルートに混ぜてもらってる。それから、ファゴットはユーフォと譜面がほぼ同じらしいから浜須賀くんはユーフォがいる低音パートに入ってパー練してもらってた。今もオーボエとファゴットは二人ずつで少なめだから、今年もそうする予定かな」

「そういや小夜、今年の一年、ユーフォ経験者が結構多めでユーフォに割と人数入ったからユーフォは低音パートじゃなくユーフォニアムパートとして独立させても良いんじゃないかって話出てなかったっけ? そうなった場合パー練はファゴットとユーフォのみが合同になるよね」

 小夜からダブルリードパートや他のパートの事情を聞き、理純はなるほど、と思った。

 ちなみに、音宮高校吹奏楽部ではユーフォニアム、チューバ、コントラバスはまとめて低音パートに分類されている。


「小夜先輩、セレナ先輩、色々ありがとうございます」

「理純、分からないことあったらまた遠慮なく聞いてよ」

「答えられる範囲で答えるからね」

 小夜、セレナの二人はそう言うと、再びオーボエでチャルメラを吹き、「ラーメン一丁!」と言って廊下を練り歩く。

 途中、部長の蓮斗が「お前らそれ職員室前では絶対にやるんじゃねえぞ!」と注意する声も聞こえた。


(やっぱり、音宮の吹奏楽部って楽しい)

 理純はふふっと口角を上げた。

 そして、自身のトランペットを見てふとあることを思い付く。

(えっと、あの音、どうやって出すんだろう?)

 理純は自身のスマートフォンの検索エンジンを開き、気になっていることを打ち込んだ。

(あ、指でピストン押さえなくても吹けるんだ)

 目的の音のトランペットの運指を確認した理純は目を丸くした。

 そして、トランペットを構えて音を出す。

 まだまだ拙いが、それらしき音を出すことが出来た。

 それはラッパがトレードマークになっている胃腸薬のメロディーだった。


「星野さん、それって」

 突然背後から声がしたので理純はビクリと肩を震わせ、ブフォッとトランペットの音を鳴らしてしまった。

「海藤くん……!」

 理純が個人練習をしている教室の入り口付近に天音がいたのだ。

 先程の某胃腸薬のメロディーを天音に聞かれていたと思うと、理純は少し恥ずかしくなり頬が赤くなる。

「びっくりさせてごめん。休憩がてらここまで来てみたら、聞いたことあるメロディーが鳴っててさ」

 天音は少し楽しそうにクスッと笑う。

「ああ、うん。小夜先輩とセレナ先輩がチャルメラの音吹きながら廊下練り歩いてたから、トランペットにも何かそういうのあったよねって思って」

 しどろもどろになりながら、天音から目をそらす理純。

 天音には、今吹いたお遊びのメロディーではなく、トランペットが目立つクラシックなどのフレーズを聞いてもらいたいと思う理純だった。

「やっぱトランペット担当になったら誰もが一度は通る道っぽいね。俺も中学の時、それ吹いてるトランペットの子、いたよ」

 天音は懐かしそうに笑っている。

 穏やかで優しく、理純にとって心地の良い声だった。

「ねえ、星野さん、さっきのやつ、もう一度吹いて」

「ええ? でも、下手だし恥ずかしいよ。それに……海藤くんには、もっとちゃんとした曲のやつを聞いてもらいたいというか……」

 理純は頬を赤く染めたまま口籠る。

「さっきの星野さん、楽しそうだったからさ」

 穏やかで、楽しそうな笑顔の天音。

 その表情に、理純はやはりドキッとしてしまう。

 好きな人の笑顔は、理純にとって破壊力抜群だった。

「一回だけだよ」

 理純は少し緊張しながらトランペットを構え、先程のラッパがトレードマークの某胃腸薬のメロディーを吹く。

 先程よりも、少しだけ音がクリアになったような気がした。

 吹き終わった時、理純も天音も思わず笑っていた。

 明るい笑い声が教室内に響き渡る。

「やっぱトランペットっていったら俺、このメロディー真っ先に頭に浮かぶかも」

「確かに。でも、もっと格好良い曲とかも吹けるようになりたい」

「星野さんならすぐに出来るようになると思うよ。トランペット初心者の中でも星野さんが一番上手いって話、俺結構聞くからさ」

「……ありがとう。海藤くんにそう言ってもらえると……嬉しい」

 理純の中に、じんわりと温かいものが広がった。


 音宮高校吹奏楽部は比較的緩めで、理純は伸び伸びと活動出来ていた。おまけに好意を寄せている天音と過ごすことが出来、理純は心底楽しんでいたのである。


 しかし理純は気付いていない。

 幼馴染の弦太が、理純と天音のやり取りを複雑そうな表情で見ていたことに。

「海藤の奴、やけに理純と仲良いよな。……理純も何か楽しそうだし」

 弦太の呟きは、他の教室から聞こえる楽器の音にかき消されるのであった。

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