新しいスタートは前途多難?

 恐らく同じ学年であろう男子生徒が折り畳み傘を貸してくれたことにより、理純は濡れずに学校に到着した。

 音宮高校の生徒の一員になった理純だが、まだ初めての校舎に慣れない。

 理純は新しい場所にワクワクすると同時に、この先授業などで移動教室がある場合迷子にならないか少し不安になった。


「理純、おはよ」

 昇降口でローファーから上履きに履き替えていた時、背後から声を掛けられる。

「おはよう、弦太げんた

 聞き慣れた声に、理純はホッと表情を和らげた。


 彼は松永まつなが弦太。理純の隣の家に住む幼馴染である。生まれた時から一緒の腐れ縁というやつだ。

 幼い頃は理純の方が大きかった。しかし小学校高学年頃から弦太に身長を抜かれ、今や彼は百八十六センチと高身長の部類に入る。おまけにがっしりと筋肉質なので前に立たれるとかなり迫力があった。

 身長百五十七センチの理純は、自然と弦太を見上げる形になる。少し首が痛くなりそうだ。


 亜美理など、仲の良いバドミントン部のメンバーとは高校が別々なので、理純はほんの少し心細くもあった。

 そんな中、幼馴染の弦太がいることは、理純にとって安心出来るのだ。


「それにしても理純の制服姿……」

 弦太は理純をまじまじと見ている。

「弦太、私の制服姿が何?」

 理純は怪訝な表情になる。

「いや、馬子にも衣装だなって」

 弦太は頬を若干赤く染めてフイッと理純から目をそらした。

「何それ。弦太だって、制服に着られてるじゃん」

 理純は軽く弦太の肩を叩き、言い返した。

 幼馴染であるが為に、こうした憎まれ口も叩ける仲である。

「もしかして俺達同じ電車だったとか?」

 閉じた傘を軽く回し、水を切る弦太。バサバサという音が理純の耳に入る。

「いや、違うと思うよ。私多分弦太より家早く出てるもん」

「そっか。でも学校着く時間は同じなんだな」

「まあ、色々あって」

 理純は手に持っている黒い折り畳み傘に目を向けた。

(本当に何組の人だろう? 弦太のクラスにいる人か聞いてみようかな? いやでも弦太、人の顔と名前覚えるの苦手だからなぁ。それに、一年生っぽかったけど実は上級生でしたって可能性もないわけじゃないし)

 理純は折り畳み傘を貸してくれた少年のことを考えていた。

「理純ってもう部活決めてんのか?」

 不意に話が変えられたことで、理純は折り畳み傘から弦太の方に目を向ける。

「いや、まだ決めてないけど」

「何だ。理純はてっきり高校でもバドミントン続けるのかと思ってた」

「うん、それも考えたんだけどね。昨日の入学式の後、バドミントン部の見学行ったけど、結構人数少なくてショボかったから」

 理純は昨日見学したバドミントン部の様子を思い出して苦笑した。


 バドミントン部の先輩達は優しそうで、あまり勝ち負けにこだわっていなさそうな部活だった。しかし、人数が少なめなので同学年が入部するか、同学年の友達が出来るかが不安要素だった。

 そこそこ人数がいる方が、楽しそうで友達も出来やすいだろうと考えている理純なのだ。


「ふうん」

 弦太は意外そうに目を丸くしていた。

「それと、ダンス部にも見学に行ってみたんだけど」

「ダンス部? 何か理純にしては意外だな」

「まあ、自分から見学に行ったって言うよりダンス部の先輩に連行されたというか……」

 理純は苦笑した。

「まあ、音宮のダンス部って人数多くて賑やかだしな」

「うん。でもダンス部もないかも。何というか、チャラい人やギャルが多くて」

「理純って割と昔からチャラ男とかギャルが苦手だもんな」

 弦太はハハッと笑う。

「うん。そういう人達から特に何かされたわけじゃないんだけどね」

 理純は困ったように眉を八の字にした。

 本当に理由なくチャラ男やギャルが苦手な理純である。


「弦太は部活、決めてるの?」

「おう。俺は高校でも吹奏楽部でチューバ続ける予定」

 弦太はそう言い切った。

「またあの大きい楽器やるんだ」

 理純は楽器にそこまで詳しくない。

 しかし、中学時代から吹奏楽部の弦太のお陰でチューバがどんな楽器かはイメージ出来る。文化祭などで弦太がチューバを吹いているところは見たことがあるのだ。

 体格が良い弦太に似合っているなと思う理純であった。

 低く迫力のある音だけでなく、柔らかく深い音まで出せる弦太を見て凄いとすら思っていた。

「理純も吹奏楽部入らねえ? お前がいたらさ……その、何というか、楽しいだろうし」

 弦太は少し声を上擦らせ、理純から視線をそらしていた。

「吹奏楽部かぁ。うーん……考えたことなかった。とりあえず、今日の放課後にある部活紹介を見てからまた考えようかなって思ってる」


 通常なら新入生向けの部活紹介は、授業時間内にあるだろう。しかし音宮高校は、偏差値七十二の進学校なので、授業に力を入れている。部活紹介の為に上級生が授業を抜けざるを得ない状況を良しとしていない。よって音宮高校の新入生向け部活紹介は、全ての授業が終わった放課後におこなわれるのだ。


「そっか」

 弦太は少しだけ残念そうに肩を落としたが、理純はそれに気付かなかった。

「まあ、部活は楽しければ……」

 楽しければ何でも良いと言おうとした理純だが、ふと脳裏に中学の時部活でダブルスを組んでいた透子の姿が浮かぶ。


『バドミントンは趣味!? 部活は楽しくやりたい!? あたしさ、あんたのそういうところがずっと嫌いだった! 理純ってさ、部活舐めてるよね! あたしは本気で勝つ為にやってるのに! 全国行く為に一生懸命部活やってたのにあんたは何!? 朝練も来ないし居残り練習もしない、緩く楽しんでるその姿勢めちゃくちゃムカつくんだけど!』


 中学三年生の最後の試合の時に言われた言葉が蘇る。

 鋭いナイフのような透子の声は、今でも理純を切り付けるようだ。


 結局あの後透子と話すことはなかった。

 透子は最後の試合が終わった翌日のバドミントン部の引退式や、卒業式後のバドミントン部の集まりにも来なかったのである。

 理純は透子がいないことに少しだけホッとした反面、そこまで顔を合わせたくないくらいに嫌われてしまったのかとショックだった。

 風の噂で透子は無事に第一志望の明羽学園に合格したと聞いている。


 理純は震える手を誤魔化すように、ギュッと握り締めた。

「とにかく、まだ迷ってる」

 理純はそう答えることが精一杯だった。






♫♫♫♫♫♫♫♫






 理純は一年二組、弦太は一年五組なのでクラスが違う。

 理純は弦太と別れて一年二組の教室に入った。

 午前中は色々なガイダンスがあり、クラスメイトと話す機会は少ない。

 クラスには真面目そうな生徒や明るそうな生徒、同い年とは思えないくらい大人びた生徒や理純が苦手とする派手めなギャルっぽい生徒など、色々なタイプの生徒がいた。

 同じ中学の生徒は、一年二組にはおらず少し心細い理純である。


 昼休みになると、クラスは皆動きを探るように周囲の者達と昼食を食べ始める。

 理純も周囲を見渡すが、理純の近くには男子しかいない。

(どうしよう……。お弁当、誰と食べよう? このままだとぼっちだ)

 ゆっくりとではあるが、一年二組はグループのようなものが出来始めていた。

 理純は内心焦り始める。

 しかし、そんな理純に話しかけてくれるクラスメイト達がいた。

「ねえ、一人?」

「一人ならウチらと一緒に食べない?」

 理純の目の前にやって来た二人の女子生徒。

 二人共結構長身でスラリとしていた。

 一人はサラサラとした長い髪を右側サイドの下の方で一つにまとめている少し大人びた少女。

 そしてもう一人はくるくると器用に巻かれた長い髪、ナチュラルなベースメイクに、少し盛られた目元。化粧をした派手めなギャルっぽい少女だった。

 ちなみに、音宮高校の校則で化粧は特に禁止されていない。

(ひえっ……ギャルだ……。何か怖い……)

 理純はギャルっぽい少女にたじろいでしまうのであった。

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