8 夢を見ていた
夢を見ていた。もう戻れない過去の夢を見ていた。
「ウチらマジさいきょーじゃない?」
「ええ、この調子ならきっと登録者五十万人もすぐですね」
「これもみんなのおかげだよ。ミカは元気で可愛くて居るだけで場が華やぐし、アルタは気配りが細やかでいろんなところに気づいてくれる。ベテルはメンバーの誰よりもたくさん喋ってくれて、私なんかはトークが苦手だから本当に助かってる」
《ベテルちゃんめっちゃ喋ってるw》《ベテルちゃんってなんか目立つよね、つい目で追っちゃう》《ベテルって個人チャンネル開設しないのかな、絶対面白い》
グループのメンバーからの感謝の言葉。温かいコメント。近づいてくる目標。
何もかもがうまくいっている。……と、思っていた。私だけは。
「グループ、抜けてもらえる?」
「…………え?」
「聞こえなかった? ベテル、あんたに、グループ抜けてほしいの」
「ごめんねぇ~」
「そういうことですので」
口火を切ったリーダーのラムだけじゃない。他の二人も同じ意見らしかった。
「な、何言ってるの? もうすぐ登録者五十万人って時に!」
「……あのさ、ベテルあんたそれ、自分の数字だと思ってる?」
「えっ……? いっ、いや、もちろんみんなで掴み取った……」
「あんた以外の、ね」
ラムは昔から、グループをまとめているだけあってしっかりしていて、思ったことは何でもはっきり口に出す性格だった。
「気づかなかったの? あんたが裏方に回った時の方が再生数回ってることとか、あんたに言及するコメントが極端に少ないこととか」
「え、いや……」
「視聴者さんみんな優しいから直接は言わないけどさあ。あんたにカメラが回ってるとき、みんな思ってるよ。ミカとかアルタとか、もっと別のメンバーを映してくれって」
「……そんな、こと」
正直、全く気づいていなかったわけではない。例えば、上位コメントが「ラムちゃんの可愛いシーンまとめ」で埋まっても、私のそれは作られないこと。例えば、他のメンバーが遅刻して私一人で生配信をしている時に「今日はベテルちゃん一人ですか?」「ミカちゃん達まだ~?」という言葉が通りすぎていくこと。
……それでも、少なくとも直接的な悪口だけは、誰も。
「お前がべらべら喋るせいで他のメンバーの声が聞けないだろ、少しは黙れって」
「そ、そんなこと、誰も……」
「誰も言ってなかった? 本当に?」
《ベテルちゃんめっちゃ喋ってるw》うるさいから黙れってことかもしれない。《ベテルちゃんってなんか目立つよね、つい目で追っちゃう》目障りだ、消えろって言いたいのかも。《ベテルって個人チャンネル開設しないのかな、絶対面白い》さっさと独立しろ、グループから抜けろって言いたかったのか。
真意なんて分かるわけがない。だって私は視聴者の顔も、名前も知らない。
「少なくとも、あんたの一番近くにいた三人が、あんたのこと嫌ってるんですけど」
「……」
何が真実か分からない中で、ラムの勝ち誇った表情と、俯いて何も言わないミカとアルタだけが本当だった。
「てか何? あんたの企画映えないんだよ。スライムだのゴブリンだの、地味な魔物ばっかり狙って。だいたい、あんな素材にならないモンスター倒して、どうやって活動資金捻出すんだよ」
「……っ、それは、それも、本当にごめん。迷惑かけてごめん。嫌な思いさせてごめん。謝るからっ……!」
「……やば、必死すぎ」
ラムが笑った。ものすごく、嫌な笑い方だった。
「知ってるよ、抜けたくないよね? もうすぐ五十万人だもんね? ダンジョン"おおいぬ"に入って、シリュー? とかいうユアチューバーに会いたい~だっけ?」
「……」
「その夢(笑)のために私たちを利用してたの、知ってるよ」
そんなつもりはない、と、咄嗟に言い返せなかった。
「てか何だよその夢。ストーカーかよ」
「……」
「不人気な上にストーカーとか、うちのグループに置いとく気ないから。素直に自分都合の円満脱退ってことで視聴者に説明するか、突然スキャンダルが出てきてグループにいられなくなるか、選んで」
「……」
もはや言い返す気力もなかった。いくらなんでも、二年近く一緒にやってきた彼女たちがスキャンダルの捏造まですると本気で信じたわけではない。ただ、それが選択肢に入るくらいに私は嫌われているのだな、と思うと、もう、無理なのだろう。
このまま、この四人でもっと上まで、あのシリューに声が届くくらいの場所まで上り詰めるのだと、信じて疑わなかった。
夢を見ていた。決して届かない未来に夢を見ていた。
―――
――
―
「というわけで、突発! お茶会配信の巻~! ぱちぱちぱち」
《どういうわけだ説明しろ》《突発にもほどがある》《俺はニートだからリアタイできたがニートじゃなければリアタイできなかった》
「……あの、どういうわけ、ですか……?」
《ロキちゃんも状況わかってないんか~い》《じゃあなおさら説明が必要だろ》《お茶会って言う割に、カメラにスルメ映ってませんか……?》
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