第二話

 イッセイが通う大学は、おじいちゃんの工場の近くにある。

 今日も講義が終わったイッセイはおじいちゃんの工場にいる。




「本当、随分立派にしてもらったね。工場のシャッター」




 カナンがこの世界にきて、帰ったあの日。

 機関がカナンを追ってこの工場まできた。そして、強行突破で工場のシャッターを突き破ったのである。

 おじいちゃんは機関にシャッターを弁償しろと怒鳴りつけ、結果もの凄く立派なシャッターが取り付けられた。



「機関の部隊のトップの人。指揮官のあの人がこのシャッター代の費用を申請してくれたんでしょ?」

「そうじゃわい!指揮官こと【最上サイジョウ】な!あやつ、13年前の異世界人が現れた時も、5年前の時も何故か現場におってなー。顔見知りなんだけんど、13年前はあんな事件があったにも関わらず特に変わらんかったのに、5年前の異世界人騒動以来なんか仏頂面でいつもイライラしててなんか人が変わっちまったよ。なんか失敗でもして大目玉喰らったんかね?減給でも喰らって奥さんと娘に幻滅でもされたんか?」



「この間来た時も本当にカナンの事とって食おうかって勢いで突っ込んできたもんね。でも、目の敵にされてる感じがあるのに、シャッター代すごい金額くれたよね」


「あれか?これがツンデレってやつか?」


「それは女の子にされたいかな」


「わしもー」




 他愛もない話をしていると、そのシャッターの隣の地下通路と繋がっている入り口が開いた。



「おじいさん、イッセイ、おばあちゃんが着きましたよ。お昼にしましょう」



 おばあちゃんが、あの日と同じくお昼ご飯を持って工場へとやってきた。

 おばあちゃんは、おじいさんにご飯を持ってきて、工場の掃除をし、帰りはおじいちゃんと一緒に帰る。

 帰る途中に買い物に寄ってもらう。これがおばあちゃんが工場に来た日の流れである。おじいちゃんは、車で工場までくるが、後からくるおばあちゃんは地下鉄電車で工場までくるのである。

 ここに、大学生になって、前よりも工場に通うイッセイも最近は加わっている。

 そして、おばあちゃんと工場で一緒になる日は、イッセイはおばあちゃんから”ミサンガ”を借りて、物質の研究をするのがここ半年続いている。








 お昼ご飯は重箱で出される。もちろん、大気汚染されているこの世界では外でお弁当など食べられるわけもなく、工場の中で食べる。せめてもと、おじいちゃんは食事用の部屋を用意して、全面スクリーンを設置して好きな映像が写せるようにしている。

 お弁当のおかずである出汁巻き卵を食べながら、大事な事を思い出したおばあちゃんが言った。



「あ!来週あたりね、キヨハルが帰ってくるようですよ!」


「何ぃいいい?!」


「え?父さんが?」


【キヨハル】とは、おじいちゃんとおばあちゃんの息子であり、イッセイの父親である。


「仕事が一段落ついたんですって。長期休暇が取れるみたいですよ!」

「ふん、あのワーカーホリックの言う長期休暇なんてせいぜい2日じゃろ。来てすぐ帰っちまうぞ」

「半年お休み貰えるようですよ」

「半年ぃいいい?!?!」

「そんなに長く?」

「イッセイ、お前にキヨハルから連絡きてねぇんか?」

「来てないよ」

「まずは息子に連絡しろってんだ!全くもうこれだから時間も季節も日付も気にしない学者っていうのは!」

「おじいさん、そんなに怒らないでくださいな。きっと、私だけじゃなく、みんなに連絡する気はありましたよ。私にくれたメッセージを、ほら、見てください」


 おばあちゃんが自分の携帯電話の画面をおじいちゃんとイッセイに見せた。


《仕事一段落。明日から半年休み、帰る、イッセ》


 なんとも中途半端なところで終わっている。


「きっと疲れて途中で送って寝てしまったんでしょうね。多分2日くらいはこのまま寝てるでしょう」

「イッセって、イッセイになんか言いたいのかイッセイの事を聞きたいのか、なんじゃこいつ大事なところで寝やがって」

「まあ、なんの事かわからないけど気にしてくれてるからいいよ」

「お前はもっとわがままと言うものをなぁ〜」

「じいちゃんとばあちゃんがいつも聞いてくれてるから良いよ」

「くぅ〜〜〜!!じいちゃん泣かせが!」

「あ、そういえば父さんに、ばあちゃんが異世界の人だって事言う?」

「あいつ、泣いて喜ぶぞ?」

「そうかしらねぇ?」




 異世界の血が混じったちょっと変わった、でも幸せな家族。

 祖父と祖母と孫が暮らすこの家に、来週には父が帰ってくる。

 3人は楽しみにしながらこの日は工場から帰った。










「事情聴取の受け直し?なんの?」


 数日後の朝。イッセイが自宅のテレビで従兄のセイタと通話をしている。今日はおじいちゃんもいる。



「ほら!イッセイの元カノの!誤警報が鳴ったあの子の件で!聴取をするから署に来いって言えって言われたみたいで!多分誰かから連絡がいくか、直接家に行くと思う!さっき署の会議室から出てきた人が言っててさ!事前に教えてあげるとか俺って超優し」



 ーープツンーー



「カナンの件は1年も前の話だし、今まで事情聴取なんて受けたことじいちゃんあった?」

「ねぇな」

「ここ数年で防犯システムの一日のセンサー稼動回数って増えてるよね?なんかおかしくない?」

「まぁ、5年前の件で強化をしたんだろう。ただ、強化をしたから何だっていうんだってじいちゃんは思うんだけどね。特に、異世界からきた人間が、この間の嬢ちゃん見たいな女の人や子供の可能性だってある。たまたま

 その前2回が成人男性だったり、なんか物騒な機械を持ってたってだけで」

「セイタの網膜スキャンの時に、網膜パターンと同時に、カナンの顔の写真だってどうせデータに残ってるだろうし、この世界に飛ばされてくる人の共通点とか特に無いと思うんだけどな。なんか見落としてるのかな」


 うーん。と二人して考える。


「まぁ、とりあえず来ても行かんでいいぞ」

「え?いいの?協力とかしなくて。別に何も言いもしないしやりもしないだろうけど」

「わしらは、”他言しません”契約を結んでいるだけで、”協力します”契約は結んでおらんからな」

「まあ、それもそうだね」




 言って、イッセイとおじいちゃんは朝ごはんを一緒に食べ始める。



《本日のD地区の天気は晴れ。風が強く砂が舞いやすくなっております。地上に出る方は換気機能付きマスクの着用を必ず-----》

 テレビ電話が終わって、元々みていたニュースに切り替わる。


 もちろん、今日も昆布茶から手を付ける。

 おばあちゃんの料理は他の家庭料理とは一風違う。小さい頃からイッセイはその味が好きであった。おじいちゃんもまた、成人してから馴染みのない味付けに虜になった。

 味付けが違って当然だ。異世界からきたのだから文化が違う。いや、文字通り世界が違う。



《続いてのニュースです。A地区区役所のデータサーバーがハッキングされたと通報がありました。しかし、ここには今から250年前の住民票データのみの保管がされておりーーーーー》



「じいちゃんさ、結婚する時とか、不思議に思わなかったの?ばあちゃんに身内、身寄りがいないって」

「だって、誰もいませんって言われてそれ以上深く聞くか?!」

「でも、不思議には思うよね、気にするひとは気にするだろうし」

「あのなイッセイ、男はデッカい器じゃないと!デーッカイデカーイ!!デーッカイデカーイ!!」

 おじいさんは妙なリズムで喋りながら強靭な胸板を自分の拳でドン!っと叩く。

「そこまで行くとデッカいだけでザルみたいなモンじゃん。気にしなさすぎて受け止めるより、もう受け流してる」

「でも、イッセイもばあさんでよかったって思うだろ?!飯はうまいし異世界人だし」

「異世界人であることは、なんか本当にありがたいって思う。奇跡中の奇跡だよね」



《環境省長官の御子女が誘拐されて、今日で10年。スキャンの技術が未発達だった為、当時犯人と御子女を追うことが出来ずでした。現在は、御子女の当時の写真、犯人の似顔絵を参考に街中のスキャンで行方を追って-----》



 ここ最近では3人一緒にいることが多く、異世界人である事で、話題に出しづらい事もある。今は、おばあちゃんはご近所さんにおかずをお裾分けに家を出ている。これチャンスとばかりにイッセイとおじいちゃんはおばあちゃんの異世界人の話をする。



《【大きな鈴?持ち主不明。名乗り出る方もなし】C地区の稲荷神社にとんでもなく大きい鈴が落ちておりました。現場のアナウンサーにお繋ぎいたします-----》



「というか、ばあさんもそうだし、13年前の機械男性も、去年の嬢ちゃんも、みんな同じ異世界の同じような場所からこの世界に来てるんだなあ。なんかそこにあるんだろうな。なんかが。なんだかわからんけど」

「あ、”キツネの嫁入り”とか”鈴の音”とか言ってたね。さっぱり意味わからないから忘れてた。それ今度ばあちゃんに聞かなくっちゃ。メモ機能に入れておこう」

「”キツネの嫁入り”って言うのは、天気雨の事らしいぞ」

「天気雨?」

「晴れてるのに雨が降る雨のことだと」

「晴れてるのに?何それ?」

「局地的な雨雲で、そこ以外は晴れてるとそんな感じになるんでねーか?ほら、雨雲以外が晴れなら周りはピーカンでカンカン照りで、でも自分の上だけが雨雲で雨降っててって。まぁ、あとは雲の流れが早い時とかな。極厚雨雲がサーっと流れてくとな、雨粒が地上に落ちるまで数十分掛かるらしいかんな。雨が降る頃にゃ雨雲流れてお天道さんこんにちはーな話しよ。」

「じゃぁ、急激な局地的な気圧の変化によって、あと、何かが作用して時空の歪み的なものが・・・」

「その何かが”鈴の音”だったりしたりなんかしちゃったり」

「なくはないけど、それだと説明がつかないな」

「まぁイッセイ、世の中不思議いっぱい、説明できない事もたくさん起こるわ」

「これに関しては解明して説明できないとカナンに会いに行けないからな」

「え?オメェ嬢ちゃんに会いに行きたいの?」

「というか、カナンの世界の物質しか今のところないから、異世界行くって言ってもカナンの世界しか」

「オメェ、今”カナンに会いに行けないからな”って言ったべ、他の異世界に行きたいとかとちょっとニュアンスが」

「大して変わらなくない?」

「この無自覚がーーー!!!」

 おじいちゃんは椅子から立ち上がり、向かいに座っているイッセイに向かって身を乗り出した。

「あらあら、楽しそうね〜、ただいま帰りました」



 話していると、ご近所にお裾分けに行っていたおばあちゃんが帰ってきた。

 しかし、おばあちゃんだけではない。後ろに女の子がいる。


「ばあさん、そちらは?」


 おじいちゃんは、叫んだままの立ったままの状態でおばあちゃんに問うた。

 イッセイも、持っている箸を落としそうになる程驚いた。



「あのね、なんか連れてきた方が良い気がして連れてきちゃったの」



 おばあちゃんはにっこり笑っている。しかし、おばあちゃんの前にいる男二人は笑えない。

 おばあちゃんの後ろにいるその女の子、いや、少女と形容した方が良いのであろう。この世界では見たこともない服装だ。フィクションものの映画や漫画、アニメでも見た事のない服を着ている。





「私の名前は【アスカ=リリ・クリストアリア】よ。ここはどこなの?」




 ツンとした態度である。見慣れない生地の服である。




 イッセイとおじいちゃんは悟った。




 この子は、異世界人だ。

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