先輩と冬デート③ 恋とはなんぞや?


 恋とは何か。


「よく胸がキュンキュンしたら、ドキドキしたら、とは言うけどさ……たとえば、顔が綺麗で可愛くて、胸も好みのサイズや形状で、くびれも……って人を見たら、ドキドキするけど……それは恋じゃないよね?」

「そうですね。私は違うと思います」

「だから、ちゃんと恋したいし、恋してあげたいんだけど……」


 ……あげたい?

 そういえば半年前、私が愚痴を吐いて爆発したとき、先輩も幼馴染と付き合って別れた、という話をつかみだけ聞いた。そのあとは、もう幼馴染系の話は聞きたくなかったから、申し訳ないけど先輩には何も聞かなかった。すると先輩も、自分の恋愛歴の話をすることはなかった。普通、ああいうことのあとは色々と喋ってくれると思うんだけど……なぜか、私の気持ちを察して何も話さなかった。


 そういうところが、ずるい。


「……あー。この先は愚痴になるな。半年前の覚えてる? もしかしたら爆弾アレ』に僕がなるかもしれない。ははっ。だからまぁ、軽口程度に聞いておいて」

「……は、はいっ」


 正座する。

 恋とは何か。かくいう私も、それに答えられるほど詳しくない。だからせめて、話くらいは真剣に聞かないと。


「では、その真摯さに甘えて。……ふぅ────」


 心の準備をしてるみたいだった。たぶん私みたいに、長く悩んでいたことなんだ。

 恋してあげたい。そう思うほど、真剣な人のために……あるいは、人達のために?


 そう思うとムカッ腹が立ってくる。なんで複数人もいるんだ。

 ジト目で睨んでやる。


「……結局、体しか求めてないのかなって思うと、自分が嫌いになりそうで。ある子は、大切にしたい気持ちがあるならそれで十分だよ、と言ってくれたけど……でも、なんか……冷めてるのかな? 僕って。わかんないや。彼女たちのことを『可愛い』と思う時はあるけど、『ドキドキやキュンキュン』することはなくって。顔や体ばかり目がいって。我ながら即物的だなー、と。そんな僕でも好きだと言ってくれる子達に、僕に恋してるって告白してくれる子達に────スゴく、申し訳なくなってきて……」


 ……。つまり、先輩は……恋心が湧かない?

 性欲だけ湧くってこと? そんなことある? でも世界には色々な人がいるし……そっか。そういう人も……いるのか……しかもそれで、こんなに泣きそうな顔になるくらい、うつむく人っているんだ……。


「君のことも好きになろうとした」

「!」

「や、好きになろうとする、という時点でおかしいんだよね。僕の第二ボタンを欲しがってくれて嬉しかった。ありがとうって思った。本当に。でも目が行くのは顔やら胸やらくびれやら。尻やら。脚ら何やら。服装の可愛さやら。着太り気にして裁縫工夫してくるところやら。前髪を気にするところやら────」

「っ……ち、ちょっと、そこらへんで……」


 なんで裁縫で工夫したこと知ってんだよ。見抜かれてたの!?


「君のこと好きだよ」

「────うぇっ!?」


 突然やめて! なに!? 私を羞恥で殺す気ですかぁ!?


「でもさ。特に心臓は高鳴らないし……うーん。何をもって恋心なんだ? 医学的に恋は脳の病という。通俗的にも『目を奪われる』という言葉があるように、恋すると正常な判断ができなくなる。その点で言うなら、僕は高校の頃、かなり退廃的な判断を選んでしまった。いわゆるセフレをたくさん作ってしまった。それを恋というのなら、僕は恋をしてることになる。でも……それは世間一般で言うところの恋ではないのは確かだ。そうなると僕は普通じゃないってことになる。それが……ちょっと認めたくない気持ちがあってね。みんなちがってみんないいとは言うけど、やっぱりみんなとは同じになりたいものさ。だから────……あーダメだ。やっぱりこういうのは話し始めたら止まらないね? 聞いてくれてありがとう。考えすぎるのが悪い癖とは自覚してるから、なるべく物事はシンプルに考えるようにしてるんだ。ベストを尽くすためにね」

「……たとえば?」

「もう『それでいいや』って。もう『これでいいや』って。刹那的だけど、流れに身を任せるままに……って感じ。あとさっき、どうしてもみんなと同じになりたいって言ったけど。そういう気持ちは、ある種の意地だからさ? 僕は魂が昭和気質なのか、男は意地張ってなんぼと思ってるけど……たまにはそれを忘れて折れないと、安定して生きていけないよね。だから……そういうことです」


 え。

 でも……折れるのは、スゴくつらいんじゃ……?


「変えられるなら変えたいけど、この性分は変えられそうにないから仕方ないし。これが僕って受け入れるしかないよね。もちろん突破口があれば後先考えず飛び込む準備はできてるけど……そうやって、かれこれ数年が経過。準備は無用の長物となっております」


 ああ、やっぱり。だから私、先輩のこと好きなんだ。

 だからこそ、スゴく言いたいことがある。


「私も、それでいいと思います。先輩は、常に他人のことに真剣で、他人に対する自分にも真剣で、素敵だなって思います。もちろん、こんなこと言われても悩みは尽きないでしょうけど……でも、これだけは知っておいてください。たとえ先輩が自分を卑下していても、私は先輩のそういうところが、ありのままのところがす────」


 まって。今何言おうとした?


「────いいと思います」

「……ありがとう。君は優しいね」


 先輩は微笑んだ。

 ああ、そういうところが、ほんとずるい。悔しいよ。


 手が届きそうって思っちゃう。

 だって私、本当は今日、捨てられる気だったし、捨てる気だったんですよ……?


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