JK後輩は冬にだらける
東雲ツバキ
序章・人脈作り編
友達作り① 先輩の第二ボタン
やばい。超ドキドキしてる。
「ふぅ~……っ。ん゛んっ……けほっ……すぅ────ふぅぅぅぅ~~~~~~……っ」
何度深く息を吸っても、吐くたび浅く、のどに詰まる緊張感。
胸が引き締まる。怖い。怖いで止まるな。怖いと感じた時はどうする。怖さから逃げた時の怖さを考えろ。
ガサツだけど芯は捉えてる気がする、いつもマッパのお姉ちゃんの言葉を思い出す。
──どんなにイイ大学に行っても、人間関係が良くないと全部ダメになるよ。
──受験勉強で文字の羅列を暗記するより、人間関係で一生の財産を構築しな。
──暗記は数年で忘れるけど、構築したモンは一生忘れない。赤本より遥かにマシな参考資料になる。
──宝物だよ。いわば人間関係攻略本。そういうマニュアルを自分で作れるようになれれば一人前さ。
──つまり大人物。大人になれたってことさね。
いつにも増して真剣な助言。
いつもは何かを訊いても答えられずはぐらかすくせに、この時だけは訊いてもないのにおせっかいのお説教を叩きつけてきた。
だから、きっと体験したことなんだろう。……何があったのかは一切教えてくれないけど。
だから、二の轍を踏むなと言われた気がした。……うちの勘違いかもしれないけど。
だから、それを信じて決めた。……その時の気分と一致してたから。
風が吹く。桜が舞う。黒い背広の群れ。今日去るあなたの背中を、私は一瞬で見つけられる。
彼の周囲に男友達が一人。彼らのご家族もいる。談笑中。彼の男友達とそのご家族が去った。今がチャンスだ。
駆け出す。と、彼の周囲に女友達が三人も現れた。談笑中。ずっと引っ付いてる。
ああ、やっぱりモテるんだなぁ……その女友達のご家族も集まってきた。まったく隙が生まれない。今すぐ校庭から去るわけじゃないみたい。それはありがたいけど……焦る。踏み込むタイミングがまったく掴めない。
軽く後悔。こういうのは卒業式の前日にやるべきだったんだろうか。でも勇気が出なかった。何もない日に何かするなんてむりむりのむり。だから卒業式の雰囲気に乗っかって、一気に距離を詰めようと思ったんだ。だってこれが最後のチャンス。
「────あっ」
彼が輪を離れた。こっちに来る。ちがう。校舎に向かう? トイレかな。
考える前に駆け出す。近くに人も……ちょっといるけど知らない人だから構いやしない。聞かれても恥ずかしくなんてない。どう思われようが知ったこっちゃない。私は、私の気持ちを伝えたいだけ。
「せっ────せんぱい! っ……す、すみません────ちょっとだけ、おはなしがありますっ!」
……先輩は二つ返事でうなずいてくれた。
『どこで話そうか?』と聞いてくれたので『付いてきてください!』と返して一分? 二分? 長い。長いよ。待たせすぎかな。さすがに校庭から屋上まで歩くのは遠すぎたよね。でも今更どこに行けと。あアああだって少女漫画ではこういうのぜんぶ屋上だからさぁ! みんなどうやって屋上まで連れてきてるわけ!? 瞬間移動!?
屋上の扉を開く。長く歩いてすみませんと連続で頭を下げる。ぺこぺこぺこぺこ。
「それで?」
……────やっばい。頭の中が真っ白に────
「ぁあ、あの……っ────」
「……ゆっくりでいいよ。待ってるから」
うあアア……! なんでそんなに優しいんだコノヤロー!
待たせるわけにはいかない。時間は有限。ゆっくりしてたら勇気が失速する。止まったら私は逃げる。絶対に。だから不格好でもいい。いや良くないけど! 可愛くなくてもいい。可愛く見られたいけど!
でもでも……いやでも最低限の格好は整えたほうがいいよねっ?! 前髪整えて、顔の角度を意識して、よ、よ、よし……ふわぁ胸の奥でなんかがねじれ回転して……苦しすぎて死ぬぅ……!! 息できないぃ……ッ!!
「────ふ、ふぅ……すぅ……────ゼんぱい!」
噛んだ! 知らん! 勢いでいけぇい!!
「先輩のっ第二ボタン……ください────!!」
……やっばぁ。すっげぇ男前だった……。
記憶の
ブチッ。だよ? あの人、第二ボタンを“ブチィッ!”って。利き手じゃない手で引きちぎって『そう言ってくれてありがとう。はい』って平然と渡してきたよ? あれなに? なにあれ? 男の人ってあんなに腕力が強いの? もうびっくり。だって先輩の一人称は“僕”だよ? 完全に草食系男子だと思ってたのに……。
あのあと私も(ボタンの強度ってどれくらいなのかな?)って気になって、ちょっと試してみたけど……うん。無理だったよ。
……ごめん。嘘つきました。
実を言うとちょっとできそうだったから、非力を装うために途中で諦めました。
別に装う相手もいなかったんだけど……そこはほら、自分が女であることを自分で守るためにだね……。
「と、とにかく……」
握り締めた拳を開く。先輩の第二ボタンが手のひらにキランと輝いて乗っている。
おおォ……とんでもない充足感だ。このままホップステップジャンプで家に帰りたい。
周囲を確認。田んぼに次ぐ田んぼ。前後左右のあぜ道にはだーれもいない。
ならばやることはひとつ。最初は小さかったステップも、徐々に大きくなって全力ダッシュ。
ホップステップジャンプはどこにいったのかって?
もう今すぐベッドに飛び込んで枕に顔をうずめたいんだよぉおおおおおおっ!!
……絶叫実行。
ベッドの上で足のジタパタが止まらない。このままじゃ抱き枕を絞め殺してしまう。ゴロゴロ左右に寝転がるたびベッドが悲鳴を上げる。軋む音が申し訳ないけど今は耐えろ。耐えなきゃ明日は粗大ゴミだぞ。
「あぁ~~~~~~っ! やっちゃったぁあああああああああ────っ!!」
にゃぁあ~~~~~~~~~~っ!!
声にならない叫びが出てしまう。
すると一階から姉貴とママの声が聴こえてくる。
「ママ~。我が妹が発情期の猫に~」
「なんか嬉しいことでもあったんでしょ。デザートあげなさい。もっとうるさくなるわよ」
階段を上がってくる足音。毎度おなじみノックもなく、姉貴が扉を開けて顔だけニュっと入れてくる。
その顔面に枕をシュート!
「ぼふっ!?」
「ノックしろって言ってんだろ!」
跳ね返った枕を受け止めた姉貴は、全身を部屋に入れてきて全力で投げ返してくる。
それを片腕いっぱいで振るい、裏拳で払い飛ばす。壁に枕が激突して落ちた。
裏拳の中には、大切な第二ボタン。
「お姉ちゃん、見て!」
自慢したくて正拳突き。もちろん攻撃する気はない。お姉ちゃんもよけずに、私の拳を見下ろしてくる。
それを確認してから拳を開いた。
「……ボタン? 取れたの? 縫って直してやるよ」
「ちがう! 気になってる人の第二ボタン!」
「──! へぇ~……! え、だれだれ? 名前は!?」
「教えない!」
「え、ちょ、これからも会うの?」
「なんも話さん!」
「卒業生ってことは、来月から大学生か社会人ってことっしょ?」
「帰れ!」
「連絡先ちゃんと交換した!? してないならウチが今から聞きに行くぜ!」
「ちゃんとしたから余計なことすんなァッ!!」
自慢したかっただけで、近況報告する気はまったくない。さっさと帰れ。ほんとに帰って。
めっちゃ高い背中を突っぱねて、お姉ちゃんを部屋から押し出す。
「恋バナしよーよー! にゃーにゃー言い合おうよ~!」
「いーやっ!」
ニヤついてる時の姉貴は苦手だ。妹いじりが止まらない。
気を許せば脇を抱き上げられて膝の上に乗せられて頭撫でられまくって興が乗ればくすぐられる。押し倒されてほっぺちゅーちゅーされる。もう私は保育園児じゃないんだぞ。──かまってくれるのはうれしいけど──イイ年なんだから気色悪いことすんな。
施錠。ふぅと一息。額の汗を拭って仕事完了。
さて、姉貴の顔を見て萎えたせいで、ちょっと落ち着くことができた。
来月から私は高校三年生……いきなり恋に浮かれることはできない。春から冬まで受験勉強の時間だ。人間関係の構築は大切だけど、だからって受験勉強をおろそかにしろというわけではない。
「どうか……どうか八ヶ月後に! 先輩との関係が復活して、そっからどんどん遊べますように……っ!!」
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