第六話 月の戦士(後編)
月の戦士(後編)-1
「女絡みかよ」
蒼い地球を見下ろせる宇宙港ロビーの一角でオットーは愉悦の声を上げた。この一行の中では彼が最年長でしかも将官なのだが、つい軽口を叩いてしまう。
コウは唇を尖らせ、俯き、不満げに答えた。
「……悪いですか?」
「いや、大変結構。若者はそうでなくてはいかん」
若いジン中尉が言いにくそうに会話に割って入る。
「あのー一応ですね、今は数十光年を隔て、数世紀を経て再会した同胞との再会シーンなのですよ。個人的には厳格な雰囲気とか感動的で士気が鼓舞されるような会話が欲しいと思うのです。団長はちょっと砕けすぎです」
「ああ、すまん、すまん。だが、緊張して固くなっているよりはずっといいだろう?」
若いジン中尉に突っ込まれてオットーは頭を掻き、苦笑いして見せた。これにはコウも破顔する。そのタイミングで今まで静観していたマックスビル少佐が言った。
「〝深淵の隠者〟とのコンタクトは〝天主の下僕〟の予想範囲内だったってことか。そしておそらくD・E・Mはドラグ・スチルと同じ依り代。それも〝天主の下僕〟の依り代。つまり〝深淵の隠者〟と同レベルの存在だとすれば、おそらくマイクロブラックホールを生成可能な訳で……そんな連中とインターセプターで戦えるのでしょうか。そもそも彼の話が真実なら、の話ですが」
訝しげにコウを見るマックスビル少佐に対して、彼は真っ向から見据えて答える。
「全て本当のことです。何も隠してはいません」
「〝天主〟について鋼のドラゴンから何か聞いていないのか?」
オットーは核心に踏み込む。D・E・Mを操る〝天主の下僕〟には更に黒幕がおり、それが〝天主〟と呼ばれる最〝上位存在〟であろうことは、コウの話を聞いて朧気ながら理解した。その存在が地球に何をしようとしているのか、それが分からない限り、地球の人類には未来がないように彼には思われた。
コウが首を横に振ると、オットーは唇を曲げた。
「そこが大事なところだろう」
「〝深淵の隠者〟は滅多に知恵を授けてくれません。苦労して自分で考えて、力を得なければ修行にはならないということだと理解しています」
「修行って言われてもな、こっちも困る。D・E・Mのせいで自由に移動することができず、人類は危機に瀕している。とりあえずもう何百年か生き延びたとしてもこのままではジリ貧だ。閉鎖された社会に未来なんかない。遠からず滅びる」
オットーは苦々しく思う。ジン中尉が彼の言葉を継いだ。
「そもそも鋼のドラゴンは太陽系の民を導いてはくれないのかい? 同じ人類なのに」
「人類から見れば無限の時間を生きるドラゴンの一族ですが、一時期を除き、自分達の太陽系から滅多に出ることはなかったそうです。そして彼らは善意で人類を助けたのではありません。彼らには彼らなりの理由があるのです。今、〝竜の大地〟でそれは着実に達成されつつあります。それに〝竜の大地〟では〝深淵の隠者〟と共に生きることが既に文化としてありますが、分断され、今では独自の文化をそれぞれ有している太陽系で、人類が〝深淵の隠者〟と共に生きることを受け入れるでしょうか。〝天主の下僕〟の抑圧下にあるのと大差ないと考える人々もいると思います。ニーズヘッグも不用意に〝天主の下僕〟を刺激したくはないようですし。もちろん今回のようにこちらの目的達成の障害になるのであれば別ですが」
「だけど君は〝深淵の隠者〟と共に太陽系に来た。そしてニーズヘッグはそれを待っていたと言った。それが君自身の修行のためであろうと、私にはそれが太陽系の民にとって無意味だとは思えない。人類の〝天主の下僕〟の抑圧に対する楔になると信じる」
マックスビル少佐は大きく目を見開いて言った。コウは少し意外そうに口を小さく開け、言葉を選ぶように頷いた後、答えた。
「なるほど。僕はそこまで考えていませんでした。そうですね……太陽系の人類と〝竜の大地〟の植民者に違いがあるとすれば、それは自ら苦労を背負ったかどうか、ではないでしょうか。何世紀も狭い船の中で暮らして子孫を残し、死んでいく。そんな虚無の海を渡った植民者と、単に故郷の太陽系に留まった人類とでは、高次存在となるべく修行を重ねている〝深淵の隠者〟の価値観から見れば大きな違いがあると思います。少なくとも彼らにとって我々は〝同じ人類〟ではないと僕は思います」
「『天は自ら助くる者を助く』か」
オットーは納得して大きく頷き、ジン中尉が訊いた。
「聖書ですね。団長ってクリスチャンでしたっけ?」
「古代ギリシアのことわざだ。俺が常々考えていたことは間違っていなかった。それが分かっただけでも、高度指標を越えた価値は十分にあった。マックスビル少佐――彼らは楔ではない。単なるきっかけに過ぎん。〝天主の下僕〟とは太陽系の人類が戦わなければならないのだ」
「当然です。そのための月面都市軍で、そのための人類の剣にして盾たるハルパー騎士団です。だからこそ危険を冒して我々がコウ・サマナー卿とコンタクトをとったわけですし。可能であればその力を解析して手にしたいものですが、竜珠の力があれば我々の手持ち火器なんて玩具同然でしょうからね。ドラグスチルに至ってはインターセプターがあったところで、況んやをやです。だからどれほど価値が高いからって捕縛を試みるような無駄な真似はしませんよ。しかし人類にとっては君達が楔となったことは間違いありません。あとは私たち太陽系の人類がどうやってその楔を打ち込むか、なのでしょう。今回彼から得られた情報だけでも月面都市群にとっては三世紀の平安を揺るがす大爆弾です。一刻も早くこの情報を月に持ち帰りたいところですが、後悔したくもありません。団長、何か彼から聞き漏らしていることはないでしょうか」
マックスビル少佐はコウを上から下まで惜しげに眺めつつ言い、オットーは大きく頷いて答えた。
「あるぞ。それはな、これから竜珠の騎士はどうするつもりなのか、ということだ。単騎ではD・E・Mの支配領域を越えられないのなら、地球に行くことも叶わないだろう。このまま廃墟で足踏みしているか、途方もなく時間はかかるだろうが月に行って月面都市軍を動かすか、それとも玉砕覚悟で突っ込むのか。考えは決まっているのか? 何十光年も旅をしてきておいて、女の一人も守れずにここで旅を終えるのか?」
「そのどれも考えたくない」
コウは真っ直ぐオットーを見詰めた。
「ならばどうするべきなのか、最初から分かっているのではないのか?」
オットーの言葉に、コウは頷いた。
「貴官らの力を貸して欲しい。図々しいお願いなのは自分でも分かっている。だけど僕には他に何も思いつかないし、時間もない」
そして彼は深々と頭を下げ、オットーは笑った。
「そうこないとな。子供は黙って大人の助けを借りればいいんだ。だが、俺達が加勢して勝ち目があればの話だ。そこのところが重要だぞ。犬死にはまっぴらだ」
「団長!」
マックスビル少佐はオットーの考えに及ばなかったらしく、素っ頓狂な声を上げた。その彼にジン中尉が冷静に応じた。
「少佐。英雄譚の中にいるみたいだってご自身が言ってたじゃないですか。往生際が悪いですよ。やりましょう、団長。『ハルパー騎士団ここにあり』ってD・E・Mに知らしめてやりましょう。軍人一族は先祖代々苦い思いを抱いてきました。今が、〝試練の谷〟で重力下訓練に励み、同胞から異邦人として扱われてきた我々の悲願の時なのですよ」
ジン中尉が拳を握りしめた。
「さすがは俺の部下だ。ジン、よくぞ言った」
オットーはジン中尉の心意気に応じた。
『月の人類よ……よく聞くが良い』
鋼のドラゴンの声がして、オットーは思わず周囲を見回した。そしてすぐにテレパシーだと気づき、少しばつの悪い思いをした。
『汝らのインターセプターという兵器は、〝竜の大地〟に到達した人類が有していた機械文明のレベルから推測していたそれを大きく上回る兵器だ。この数百年の間、〝天主の下僕〟に抗しようと月の人類がもがいた結果だと考えるが、〝天主の下僕〟から見れば大した違いはない。汝らに分かるように説明するが、投石器もレーザー砲も我らから見れば同じカテゴリの、エネルギー投射型の兵器に過ぎない。〝天主の下僕〟は未来を〝視〟ることができる。時を俯瞰できる。その存在から見れば、光の速さで迫るレーザーであろうと脅威とはならぬ。止まって見えるのと同じ意味を持つ。だから汝らが真の意味で〝天主の下僕〟に抗しようと考えるのならば、自ら時を制御する術を身に着ける必要があるが、それはまだ当分先のことになるだろう。しかし悲観することはない。その未来を〝視る〟力がある故に――我も同じことだが――〝天主の下僕〟は騎体の物理的防御を疎かにしている。命中させることができさえすれば、傀儡――汝らの言うD・E・Mを破壊することは可能だ。仮初めの身体を失えば〝天主の下僕〟とてすぐには復活できぬはず。さすれば地球の結界を破ることも叶おう」
「レーザー砲すら脅威にならないと言ってなかったか?」
オットーは鋼のドラゴンの物言いに不満を覚えつつ、矛盾を指摘した。
『我が〝天主の下僕〟に干渉すれば話は異なる。時を俯瞰できるモノ同士が争えば、大幅に未来への干渉を鈍らせることができるからだ。もちろんその分、我の未来干渉の精度を犠牲にしなければならない。その代償に必ずD・E・Mには隙が生まれる。その時であれば、レーザー砲も命中しよう。運が良ければ対消滅の力を解放させることもできよう。機械式の航宙艦であろうと十三隻という数があれば、そして戦術を一点突破に限れば、汝らがD・E・Mに一矢報いることは可能だ』
「突破した後も、月面都市に力を貸してくれますか?」
マックスビル少佐の問いに鋼のドラゴンは冷徹に答えた。
『いや。汝らはこの場に於いて利益が一致しただけに過ぎぬ』
オットーは肩をすくめた。
「それだけでもいいさ。ドラゴン様が戦えるって言っていることだしな」
そして気を引き締めてオットーは部下二人に目を向けた。
「やるぞ」
マックスビル少佐は頷き、ジン中尉はサムアップで応えた。
「よし、決まりだ。早速行くぞ」
「行くぞって……月面の本隊に連絡しないのですか?」
コウは訝しげに目を細めた。
「残念ながら、高度指標を越えたのは俺達の独断専行でな。月面都市の総意ではない。だが俺達が動き、D・E・Mと一戦やり合って良いトコまでやれれば、必ず月面都市の考えは変わる。月の人間は奴らの恐怖に怯えて、敵の名前すら知らずに三世紀を過ごした。しかし今日人類は〝天主の下僕〟という敵の名を知った。それは大きな一歩だ。そしてそれに留まることなく、次の一歩を踏み出さねばならん。だからこそやるのだよな、少佐」
「どうして私はこんな時代に生まれてしまったんでしょうね」
マックスビル少佐は大げさに天を仰いだ後、ロビーの展望ガラスの向こう側にある蒼い地球に目を向け、続けて言った。
「しかしたとえ地球低軌道で塵になったとしても、最後にあの故郷に下りられるのならば悪くない話です」
「こんな時……なんて言えばいいのか……僕には分かりません。自分から言い出しておいて何ですが……」
コウは項垂れた。
「簡単だ。『お願いします。頼りにします』って言えばいい。マックスビル。お前は収集したデータとこのやりとりの音声データを記録ポッドに入れて部下に射出させろ。くれぐれも着地点をマラピート・ポリスから外さないよう細心の注意を払え」
「分かりました。予備とダミーも放っておきます」
「当たり前だ。早速だが作戦を練りたい。ドラゴン様も加わってくれるな?」
『無論だ。地球の軍人よ――いや。前言撤回だ。残念だがその時間はない。コウ、気付いているか?』
「もちろん。ハルパー騎士団の皆さんも急いでください!」
オットーがコウの左手の竜珠に目を向けると、竜珠には放電現象のような力の迸りが生じていた。それが未来干渉のサインなのか、そもそも未来干渉とは何なのかと考えていると、コウが一目散にエアロックへと駆け出した。異常事態を悟り、彼は叫んだ。
「D・E・Mが動いたのか?」
「そうです!」
そしてエアロックの扉の向こうに消えた。外に待機させている部下達にはD・E・Mの監視を継続させていたが、動いたという報告はない。それでも鋼のドラゴンとコウの様子にはただならぬものがある。おそらく未来干渉――予知が行われたのだと、オットーらの間に共通認識が生まれていた。
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