優の異世界ごはん日記

風待 結

プロローグ

日記、一日目。




今日、僕の人生は一変した。

信じられないかもしれないけど、僕、月森優(つきもり ゆう)はもう自分の世界にいない。

どこかまったく知らない場所にいるんだ。


すべてはいつも通りの放課後から始まった。

学校からの帰り道、僕の頭の中は料理のことでいっぱいだった。

今夜は完璧なチーズケーキを焼こうって決めていた。

ネットで見たレシピを参考にクリームチーズの滑らかさとレモンの酸味をどうやって引き出すかずっと考えていたんだ。

ついでに母さんが大好きなトマトソースのパスタも作ろうかな、なんて思いながらスーパーの袋を手に提げて歩いていた。

夕陽がオレンジ色に空を染めて、秋の風が少し肌寒かった。

それは、いつもと変わらない、ありふれた帰り道。



でも、次の瞬間、すべてが変わった。


突然、目の前が真っ白になった。

光が強すぎて目を開けていられなかった。

耳の中でキーンと高い音が響いて、頭は割れそうに痛くなる。そして身体がふわっと浮くような感覚。

何かものすごい力に引っ張られている気がした。

「は?!なんだ、これ!?」って叫ぼうとしたけど、声が出なかった。

意識が遠のいて、気がついたら地面に倒れていた。


目を開けると、そこは森だった。

見上げると巨大な木々がそびえ立っていて、葉の隙間から差し込む光がキラキラと揺れている。

空気は冷たくて、どこか甘い花の香りが漂っていた。

遠くで奇妙な鳴き声が聞こえる。

鳥じゃない。

何かもっと大きな、獣みたいな声だ。


「なに…?ここ、どこだ……?」


慌てて立ち上がった。

足に鋭い痛みが走って、顔をしかめる。

見ると膝に小さな切り傷ができていて、血が滲んでいた。

ズボンは汚れて、草の緑が擦りついている。

ポケットを探ったけどどこにもスマホも財布も何もない。

ただの制服とさっきまで持っていたスーパーの袋だけ。

でも袋の中は空っぽだった。

クリームチーズも、トマト缶も、全部消えてる。


「うそだろ……これ、夢じゃないよな?」


頬をつねってみた。

痛い。

めっちゃ痛い。

夢じゃない。

これは現実だ。


心臓がドクドクと早鐘を打つ。

頭がぐるぐるして、わけがわからなくなってきた。

どうやってここに来たんだ?

家に帰る途中だったはずなのに。

事故に遭ったのか?

いや、そんな記憶はない。


ただ、光に包まれて、気づいたら、ここに、いた。


落ち着け、優。

まずは状況を整理しよう。

深呼吸して周りを見回した。

木々の間には、紫がかった樹皮の木があって、葉っぱは不思議な形をしている。

地面には見たことのない花が咲いている。

赤い花びらに金色の斑点がある。


こんな植物なんて見たことない。


日本に、こんな森は、ない。


「本当に…別の世界なのか……?」


腹が減ってきた。

最後に食べたのは昼食だ。

あれから何時間経ったんだろう。

時計もないから時間もわからない。

食べ物を見つけなきゃ。

でも…こんな森で何が食べられるんだ?

毒キノコや毒の果実を食べて死ぬわけにはいかない。


火もない。

料理が得意でも、火がなきゃ何もできない。

水も必要だ。

喉がカラカラになってきた。

まずは水だ。

水さえあれば、なんとかなる。


森の中を歩き始めた。

足元の草が柔らかくて、靴が少し滑る。

遠くでまたあの鳴き声が聞こえて背筋がゾクッとした。

何か、でかい生き物がいる。

襲われたら終わりだ。

でも立ち止まっていても仕方ない。

進むしかない。


しばらく歩くと、遠くで水の流れる音が聞こえた。

小川だ!

急いで近づくと、透き通った水が岩の上を流れている。

手を突っ込んで水をかき、匂いを嗅いでみた。

変な匂いはしない。

でもすぐに飲むのは危険だ。

学校の授業で、野外の水は寄生虫や菌があるかもしれないって習った。

とりあえず顔を洗って喉の渇きを落ち着かせた。

道具があれば、煮沸してから飲めるのに。

でも今は何もない。


川沿いを歩きながら、食べ物を探すことにした。

何か、果物みたいなものはないか。

木の枝を見上げると、赤い実がなっているのが見えた。

リンゴに似てるけど、表面が少し光ってる。

「これ、食べられるのかな……」

でも、毒の可能性もある。

リスクを冒すのは危険だ。

もう少し探してみよう。


その時、木の陰からガサッと音がした。

心臓が跳ね上がる。

何かいる!

身構えたけど、武器なんて何もない。

スーパーの袋を握りつぶして、逃げる準備をした。


「誰だ!?」


鋭い声が響いた。

木の陰から、女の子が出てきた。

長い茶色の髪をポニーテールにしていて、背中に弓を背負っている。

手には矢が構えられていて、僕をじっと見つめている。

目が鋭いけど、どこか優しそうな雰囲気だ。

彼女の服は、革製のチュニックとズボンで、ゲームとかに出てくる冒険者みたいな格好だ。


「え、えっと、僕、敵じゃないです!」


慌てて両手を上げた。


彼女は、眉をひそめて僕を見た。


「敵じゃない? こんな森の奥で、変な服着てるやつがいるなんてどう見ても怪しいんだけど。大体その服はどこの国のもの?

見たことないんだけど。」


「変な服?」


自分の制服を見下ろした。

確かにブレザーとネクタイは、この世界の雰囲気と合わないかもしれない。


「これは僕の学校の制服なんです。

普通の服ですよ!」


彼女は矢を下ろしたけど、警戒心は解いていない。

「学校? …ふーん、妙な話ねで、名前は?

ここで何してるの?」


「僕、月森優って言います。 …その、実は……ここがどこかわからないんです。

学校から帰る途中で、突然光に包まれて、気づいたらここにいたんです。」


彼女は、目を細めた。


「光に包まれた?!…それって転移魔法の可能性があるわね…うーん…。あなた、もしかして別の世界から来たんじゃない?」


「別の世界!?」

声が裏返った。

「そんな、漫画みたいな話、ありえるんですか?」


彼女は、クスッと笑った。


「まんが?変な言葉ね。でも別の世界から来る人は、たまにいるのよ。この世界じゃ転移魔法はレアだけど、存在するわ。

あなたって運がいいのか悪いのか……」


「運が悪いって感じしかないです……」


僕はため息をついた。


彼女は弓を完全に下ろして、肩をすくめた。


「まぁ?見たところ、悪人には見えないわね。私はリナ、弓使いよ。とりあえず村に連れて行ってあげる。 この森は夜になるとモンスターが出て危ないから。」


「モンスター!?」

また心臓が跳ねた。

「え、モンスターって、どんなの?

襲ってくるんですか?」


リナは、ニヤッと笑った。


「心配しないで。私がいるから村までは守ってあげるよ。でもさ優、戦えるの? 武器は持ってないみたいだし何か特別な力とか持ってる?」


「特別な力? …うーん、戦うのは苦手だけど……料理なら得意です。」


「料理?」

リナの目がキラッと光った。

「マジ?!この村は料理ってあんまり美味しくないんだよね!村のスープなんていつも塩っ辛いか、薄すぎるかでさ。あなたは美味しいもの作れるの?」


「うん、多分ね。材料さえあれば、なんとかしてみせるよ。」


リナは、嬉しそうに手を叩いた。


「やった! じゃあ村に着いたら絶対何か作ってよね! 私、食べるの大好きだから!」


その笑顔を見て、なんだかホッとした。

この世界に来て、初めて安心できた瞬間だった。


「よし、行くよ! 村までは半日くらいかかるから急ぐわよ!」


リナはスタスタと歩き始めた。


僕は彼女の後を追いながら、改めて周りを見た。

紫の木、キラキラ光る花、遠くの鳴き声。

この世界ってめっちゃ不思議だ。

でも怖いだけじゃない。

何かワクワクするような気もしてきた。


料理が得意な僕なら、この世界でもやっていけるかもしれない。

リナが言ってたモンスターの肉はどんな味がするんだろう?

もし調理できたら、すごい料理が作れるかも。


そういえば、日記を書く紙なんて持ってなかった。

でもリナが村に着いたら、紙とペンを貸してくれるって言ってくれた。

だから今は頭の中でこの日記を整理してる。

この世界での初めての日を、絶対に忘れないように。


今日、すべてが変わった。

でも料理があればきっと大丈夫。

この世界で、僕の居場所を見つけられるはずだ。

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