第16話

戦場の匂いを嗅ぎつけて現れた盗賊団、『ハイエナ・クラン』。

その数は、ざっと見て百を超える。

対する俺たちは、連戦で消耗しきった、わずか二十名。

状況は、火を見るより明らかだった。


「ひゃははは! 見ろよ、兄貴! 黒曜の犬どもが、死にかけでやがる!」

「こりゃあ、とんでもねえお宝だ! あの銀ピカの騎士も、エルフの女も、全部俺たちのモンだぜ!」


下品な笑い声と、欲望にぎらつく視線が、俺たちに突き刺さる。

ハイエナ・クランの頭目らしき、一際体格のいい巨漢が、馬に乗って一歩前に出た。


「よう、黒曜騎士団サマ。随分とお疲れのようだな」

頭目のガンザが、作り笑いを浮かべる。

「俺たちは慈悲深い。だから、取引をしてやろう。お前たちの武器、鎧、それとそこの銀ピカの騎士とエルフの嬢ちゃんを置いていけ。そうすりゃあ、命だけは助けてやる」


「……戯言を」

バルガス副団長が、大剣を構えながら前に出る。

「我々を誰だと心得る。我らは黒曜騎士団。貴様らのようなハイエナの餌食になるほど、落ちぶれてはいないぞ」


「へっ、威勢がいいのは口だけだな、オッサン!」

ガンザは腹を抱えて笑う。

「こっちは百人。そっちは、立っているのもやっとなのが二十人。算数もできねえのか?」


その通りだった。

まともに戦えば、数分で全滅するだろう。

俺の身体は、複数のスキルを乱発したせいで、もう限界に近かった。

リリアが、震える手で俺の腕を支えてくれている。

絶望的な状況。


だが、ここで終わるわけにはいかない。

俺は、リリアに支えられながら、ふらつく足で一歩前に出た。


「おぉ? なんだ、竜騎士サマを倒した英雄クンは、死ぬ前に何か言い残したいことでもあるのか?」

ガンザが、嘲笑う。

俺は、ゆっくりと顔を上げた。

戦う力は、もう残っていない。

ならば、やることは一つ。

ハッタリだ。

この戦場にいる全員を騙しきる、人生最大級の、虚勢。


俺は、口の端を吊り上げ、狂ったような笑みを浮かべた。

「……ああ、そうだ。お前たちに、言い残したいことがあったんだ」


静かで、冷たい声。

その声に、ハイエナたちの嘲笑が、ぴたりと止んだ。


「俺は……疲れている。そう、ひどく疲れているんだ。力を、抑えることにな」


俺は震える右手を、ゆっくりと持ち上げる。

意識を集中させ、ワイバーンから模倣した炎の力の、ほんの燃えカスを、手のひらに灯した。

ゆらり、と頼りなく揺れる、小さな火の玉。


それを見て、ハイエナたちが再びどっと笑い出した。

「なんだそりゃ! ロウソクの火か!」


「これは……ただの火種だ」


俺の笑みが、さらに深くなる。

俺は空を見上げ、まるでそこにいる”何か”に語りかけるように言った。

「空も、大地も、俺の許しなく動くことはない。俺の力が戻りつつある。お前たちも、感じるだろう?」


そして、俺はガンザに、震える指先を突きつけた。


「お前たちが欲しいもの、くれてやる。だが、覚悟しろ。この線から一歩でも足を踏み入れた最初の奴から、魂ごと焼き尽くしてやる。次も、その次もだ。最後の一人が、黒い炭になるまで、俺の炎は止まらない」


俺は、狂った殺人鬼を演じた。

破壊を楽しむ、悪魔を演じた。


「ああ、久しぶりだ。思う存分、鏖殺おうさつできるのは……!」


俺の瞳に宿る狂気と、空を焦がしたあの爆炎の記憶。

それが、所詮は烏合の衆である盗賊たちの心に、原始的な恐怖を植え付ける。

彼らは、ただのコソ泥だ。命を賭してまで戦うような、戦士ではない。

ハイエナたちの最前列が、じり、と後退った。


「な、なにを怖気付いてやがる!」

ガンザが、動揺を隠せずに怒鳴る。

「こいつはハッタリだ! もう立つ力も残ってねえ! やっちまえ!」


だが、誰も動かない。

あの空での戦いは、彼らの理解をあまりにも超えていた。

人知を超えた力を持つ悪魔が、今、自分たちを皆殺しにしようと笑っている。

そう見えたのだ。


膠着状態。

その時だった。


遠くから、澄んだ角笛の音が響き渡ったのは。

西の方角。

俺たちでも、ハイエナ・クランでもない、更なる勢力。

掲げられた旗には、この地を治める領主、シュトラウス男爵家の紋章が描かれていた。


「シュトラウス男爵家からの通達! これ以上の戦闘行為を禁ずる! 全ての者は、武器を収めよ!」


使者の声が響き渡る。

ガンザは、忌々しげに地面に唾を吐いた。

「チッ……! 面倒なのが来やがった。おい、てめえら! 引き上げるぞ!」

彼は、撤退のいい口実ができたとばかりに、部下たちに命じる。

最後に俺を睨みつけ、捨て台詞を吐いた。


「……覚えてやがれ、悪魔小僧。次はねえからな」


ハイエナ・クランは、潮が引くように森の奥へと消えていった。

彼らの姿が完全に見えなくなったのを確認した瞬間、俺の身体から、最後の力が抜けた。

手のひらの火種が消え、俺は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる。


「レオン!」


リリアの悲鳴を最後に、俺の意識は、深い闇の中へと沈んでいった。

最後に見たのは、俺たちを取り囲む、男爵家の兵士たちの、硬い表情だった。

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