第32話『悪役の小物っぷりには全力で応えよう』

(――さあさあ始まりました逃走劇)


 体力に自信がない翔渡しょうとは、敷地の外へ出てすぐスキル【キャンセル】をしようして常人離れした速度で路地裏まで突っ込んだ。


 後を追うボディーガード群は、それぞれが驚愕を露にするも、誰一人として足を止めず翔渡しょうとが飛び込んでいった方向へ突き進む。

 しかし翔渡は既に建物の屋上へと昇っており、正確な人数を把握した。


(全員で30人ってさ……自分の身を守ってもらうにしても過剰だよな。そもそも自分が強いんだし、守ってもらうにしても人数が多くて周りの人を威圧するだけだろうに)


 だがボディーガードたちもスキル所持者。

 捜索に長けているスキルを扱い、いち早く気が付いた5人は見上げて翔渡と目が合う。


「うわ」


 と驚愕を露にしたと同時に目線を上げると、そこには5人のボディーガードが立っていた。


「なるほど、無駄に人数が多いわけじゃないんだな」


 探索係、身体強化、戦闘特化などそれぞれを集めて総合的な戦力を向上させていることに気が付いた翔渡――しかし、逃げることはなく。


「よし、これぐらいの人数なら試しやすいな」


 体を起こし、右と左のどちらを引こうかと呑気に考えた後、とりあえず右足を引く。


「空気を殴るって初めてだから想像しにくいな」


 男たちはジリジリと距離を詰めてきているのに、翔渡は状況を把握しながらも初めてのぎこちないファイティングポーズをとる。

 加えて、小バカにしていると思われても仕方ないほど腕の位置を何度も探り、それは当然ボディーガードたちも疑問で仕方がない。


「ああそっか。空気に薄い壁があるイメージをして、そこを殴ったらいいんじゃない――かっ!」

「――!?」

「やったぜ成功だ――だ、大丈夫だよな」


 見事成功し、目論見通りに宙を殴り男たちを吹き飛ばすことができた――できたのだが、想像以上に吹っ飛んだ彼らの姿は屋上から消えてしまう。

 正しくは、強烈な一撃は圧縮された空気で、直撃した男たちは空へ飛ばされていったのではなく建物の間に落ちていった。


 終始、叫び声すら響き渡らないことに恐怖心を覚えつつも。


「残り25人。次は索敵の5人だな」


 臓器が持ち上がる間隔を覚えつつ屋上から飛び降り、通路で見上げている彼らの前へ着地。


「リアクションは取れるのに、声を出さないなんて。無駄に洗礼されているな。まあやることはかわらないけど――っと」


 再び宙を殴り、瞬く間に男たちは壁に激突した衝撃で気を失う。


「もうちょっとこう、発動時に指パッチンならデコピンでもいい感じ?」


 この状況で呑気に、そんなことを考えていると――通路全てに男たちが密集しており、あっという間に囲まれてしまった。


「やべっ」


 次の判断を決める前に、男たちはスキル発動をさせており――。


「うわ――」


 ありとあらゆるスキルが、飛んできていたり、地面から発生していたり、複合したものが翔渡しょうとを襲う。


 蜂の巣状態になったと容易に想像でき、地面や壁が削れたり穴が開く。

 普通の人間であったら、間違いなく死んでいるし、スキル所有者であっても判断が間に合っていないのなら目を背けたくなる状況になっている。

 全ての確認は、スキル同士が接触したり諸々が反応したりして起きた霧と煙が薄れていけば応えに行き着く。


「――」


 男たちは主への土産を持参するべく、しかし油断はせず待機していると――。


「やっぱりこれ、便利すぎるな」

「!?!?」


 霧や煙が晴れるよりも先に翔渡しょうとの声が路地裏へ響き渡る。


 発動に必要な条件が必要ない時点で、翔渡は自身の至らなさを理解しているからこそ手紙を渡された時点でスキル【フルオートキャンセル】を発動状態にしていた。

 だからこその余裕であり、全ての大胆さに繋がっていたのだ。

 しかし懸念点は残っており、自分のスキルが自分のスキルによってキャンセルされるのではないかが心のどこかで引っかかっていたのだが、それもつい先ほど解決された。


「さて、向けられた悪意に――いや、悪役の小物っぷりに全力で応えようじゃないか」


 翔渡は右腕を持ち上げ、指パッチンをして音を響かせ――視界に入る全てを吹き飛ばし壁へ激突させる。

 そして次――と、振り返ってみると。


「あー、なるほど?」


 背後にも居るはずの男たちまで影響を受けており、目線を向けた頃には地面に転がっていた。


「今回の場合――空気や音をぶっ飛ばしたから、反響したり跳ね返ったものがぶつかった全員が影響を受けた……ってことでいいのか? わ、わからん」


 わからないことを悩むよりも、役割を終えたことを確信した翔渡は来た道を引き返す。


「さて、ここからの立ち回りを考えないとな。当初の予定だと、ボディーガードを引き付けている間に緋音あかね鷹打たかだと戦い、勝つ。だった」


 そろそろ通学の時間が差し迫ってきているのは、交通量や行き交う人が増えたことを見ればすぐにわかる。

 であれば決着まで残された時間はほとんどない。


(合流しても、戦うことになったとしても――そろそろ隠しながら戦うのは無理があるな。まあでも、緋音あかね奏美かなみには見られているし大丈夫だろう)


 隠す気があるのか疑問でしかない今までの行動を振り返り、学園長に怒られる想像をして自分で肩をギュッと抱く。


(まあ、なんとかなるでしょ。どうせ戦うことになったらスキルを使うしかないんだし)


 無駄に切り替えの早さで気持ちを切り替え、『変なタイミングで戻ったらどうしよう』なんて不安を抱えつつ、2人が戦っている現場へと駆け出した。

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