第四章

第20話『さすがに朝からそれは煩わしいってば』

 ――ショック、泣きそう。


 準備を終え、いざ出陣と意気込んで外に出たところインターホン下に1枚の紙が貼りつけられてた。

 そこには『翔渡ごめん、今日は一緒に登校できません。宿題を学校に忘れちゃって、先に行ってます』、と書かれている。


 今日も朝から緋音あかねのかわいい顔を拝んで楽しく話をして、気分爽快! という流れだったのに。

 ああ、もう学園に行く気力がかなり削がれた、あー俺のやる気がどこかへ飛んでいきそうだ。


「はぁ……」


 肩を脱力させてエレベータに向かい、降りてもため息が絶えない。

 誰かと一緒に行くことに慣れてしまうと、こうも気怠さが増大してしまうものなのか。

 小学生のときにやっていた集団登校って、実は防犯以外の役割もあったんだろうな。


 道に出て、チラホラと学生服を着ている人が視界に入っても寂しさは薄れない。

 だったら少し早く歩いたり走ってみたりして学園へ早く到着――緋音あかねの教室へ挨拶に――なんてことができるわけもなく。

 どう考えたって気持ち悪いだろ、なんだよそれ彼氏気取りかよ。


「はぁ……」


 と、自分の微妙な立ち位置に落胆してため息を吐き出し続けてしまう。

 昨日のことも、デートに誘っているとか勘違いしているのも、正直気持ち悪いよな。

 偶然出会って、偶然隣の部屋になって、偶然快く対応してもらっているだけで、緋音あかねは全て親切心でやっていることを自覚したばかりじゃないか。


 あぁ、独りの時間って怖い。

 冷静になればなるほど、自分がやっていることの愚かさを痛いほど理解できてしまう。


「――い」


 でも、このスキルを誰かのために使ってみる練習みたいなことはやってみるぞ。

 どうせ言葉に発したり動作をしなくてもスキルを発動できるんだし、問題が起きているところでやっちゃえばいいんだ。


「――おい!」


 朝から大声を出して友達を呼んでいる人も居るんだな。

 年齢的にも元気な学生が多く生活していそうだし、そういうこともあってもおかしくないか。

 まあ、俺も例から外れないわけだけど、絶賛落ち込んでいる最中でますがね。


「てめえ! 無視してんじゃねえぞ!」


 物凄く近い気がするけど、呼ばれている友達さん、速く返事してあげなよ。

 案外、大声で誰かを呼ぶって恥ずかしいものだよ、俺はやったことがないけど。


「あれ」

「お前だよお前!」

「どちらさま? 初めましてですよね?」


 どうしてか男が2人、俺の進行方向に立ち塞がってきた。

 いや、後ろにも数人居るな。

 初めて見る制服だから、同じ学園じゃないことだけはわかる。


「俺、皆さんに何か失礼なことをしましたっけ」


 昨日のコンビニで鉢合わせた不良っぽい人が居たり、その仲間だったらまだ理解できるけど、本当に誰?

 後ろに居たりするのかな。


「あのマンションに住んでるってことは、金持ってんだろ」


 ああ、なるほどそういうことか。

 全部説明されなくても、ある程度の予想はできる。

 薄々思っていたけど、あっちの世界でもセキュリティがしっかりしているマンションは、家賃がどうあれお金持ちが住んでいるのだろうと思っていた。

 こういうのは事実はどうあれ、お金を持っていそう、ということが重要であり、なかったとしても脅してしまえばいい。

 加えるなら、俺が控えめに言って屈強ではなく、気も弱そうと判断されたから標的にされているのだろう。


「黙ってねえで、さっさと財布を出せよ」

「出さなかったらどうなりますか?」

「そんなの、痛い目に遭ってもらうだけだ」

「たった1人のひ弱な男を、数人で囲んで暴力を振るうと? スキルを持っているのに、随分と原始的で野蛮なんですね」

「はぁ? なんだと?」


 事実そうだろ。

 人間は言葉を扱える生き物なのに、気が立ったからと脅すからと暴力で解決しようとする相手を、野蛮人と言って何が悪いのか。

 幸か不幸かスキルを手に入れ、それを以ってしても悪行を働こうとしているのなら、正々堂々とスキルで戦えって話。


 と、思いながら、スキル勝負になったら負ける気がしないから煽っているわけだが。

 てかそう考えると、コンビニで出会った不良っぽい人って、まだ良識ある人だったんだな。


「いいぜ、そんなにスキル勝負がお好みならやってやるぜ。当然、1対5だけどな」

「そうだそうだ。お前が吹っ掛けてきたんだから、その条件じゃないと道理がなってねえよなぁ?」

「いや、吹っ掛けてきたのはそっちだろ」


 おっといけない、これ以上煽ると血管がブチぎれて欠陥だらけの野蛮人になってしまう。

 でも煽ったおかげで要望が通ったし、相手は全員で5人だとわかったから結果オーライ。


 おいおい、合図もなしにスキルを発動させようとなんやかんやら言い始めたぞ。

 審判なしで勝敗をどうやって判断するんだよ、冗談抜きで他の学園にこんなやつが居るって信じられない。


「はぁっ!?」


 囲まれている状況は分が悪いと判断し、前方の男たちの頭上を軽く跳躍して飛び越えて振り返る。


「――【キャンセル】」


 いつもの指パッチンを鳴らし、全員のスキルが消滅したことを確認。

 俺が人間離れした跳躍を見せたから、口をポカンと開けたまま驚愕して固まっている。

 自分たちが発動させるはつだったスキルが、消滅していることを誰も認識していない様子だ。

 間抜けというか、野蛮人にはお似合いというか、随分と情けない。


 そんでもって試せることも試せたし、反転して――人間離れした速度でダッシュ開始!


「おいいいいいいいいい――」


 すぐに声が遠くなったから、完全に逃走成功と判断して小走りに切り替える。

 移動系のスキルが居たらどうなるのか試してみたかったけど、あんな輩と時間を共有していられるほど暇じゃない。

 かわいい女の子が相手だったら、もう少しぐらいなら付き合ってもよかったけど。


 そろそろ学園の近くだし、歩いても大丈夫か。


「ふぅ」


 でも男臭い連中のおかげで得られたものもあった。

 スキルを発動させるためには、回数分のスキル名を言葉に出して連呼する必要がない、というのは十分な収穫だ。

 これがわかっていれば、さっきみたいな1体複数でも問題なく対処できる。

 少しだけ、惜しいと思ったのは視界に捉えている必要があるのかないのか、と発動可能距離を知りたかった。


 まあでも走っている途中から、いつもの超人的な速さになるためのスキルセットを使用したけど上手くいったのは凄い収穫だ。

 学園でコッソリ試してみちゃうのも――そうだ、奏美かなみに協力してもらおう。

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