第9話『キャンセルの王になるため進む覇王道』
「本当、どうなってるんだ」
第4グラウンドへ到着しての第一声は、初見なら誰しもこうなるだろう。
だって意味がわからないじゃないか。
学園の敷地内に崖があるのは、10000歩ぐらい譲るとしても、グランドの中に崖があるなんて理解できるわけないでしょ。
と文句も出るけど、さすがにこの世界観のスキル持ち学生は結構タフなんだな。
出遅れたとはいえスキルで無双状態で進んできたというのに、既に崖を登っている人が居たり、遠回りの道へ進んでいる人の背中が見える。
いくら俺が道中でスキル考察していたりなんやりしていたとはいえ、もう最終関門に挑んでいるのだから素直に凄い。
「どうしたものか」
こう悩んでいる間も、次々に俺の横を通過されていく。
スキルで氷の階段を作っている人や今まで苦労していた風で――お、
ははぁ~! なるほど、自分のスキル特性を理解しているからこそ、みんな自分に適性のある選択をしているのか。
現に、体力を回復するため膝へ手を突いて小休憩している人以外は、俺みたいに悩んでいそうな人は見えない。
「――なら」
俺だって迷わず、空中移動を試そう。
地面を蹴って、空中に着地して、空中を蹴って、空中に着地して。
不思議な感覚を何度も味わっていくうちに、少しずつ慣れてきた。
途中で姿勢を崩してしまったり、と様になっていないのは認めるしかないけど、これで晴れて俺も自分の中にある常識からかけ離れてしまったな。
試行錯誤を繰り返しているうちに、気が付ついたら崖の終わりと同じ高さまで移動していたようだ。
姿勢を崩さないよう、上下左右動くことなく真っすぐ空中を歩く。
こんなときだからこそ、高所が苦手じゃない自分に感謝する。
「よっと」
空中と地面、まったくの別ものではあるが動作が同じで不思議な感覚だ。
――俺は決めた! この世界で覇王となる!
「ふふっ」
自分で決めておきながら、体がムズムズして仕方がない。
今の俺ならきっと、たぶんできる。
羞恥心に負けないよう言葉を変えるのなら『俺はキャンセル王になる!』とか、そんな感じか。
さあ行こう。
猛者たちは、俺が思っている以上に多いらしい。
ここに着地した時点で、既に背中が見えたし、靴跡がいくつもある。
「はぁっ、はぁっ」
でも、いきなりスキル全開でどうにかしちゃうと、もしかしたらめんどくさいことになるかもしれないから、転びそうになりながら走ることにした。
学園長の様子だと、俺のスキルはイレギュラー的な存在のようだし、できるようになったことを含めて相談した方がいいと思う。
ほら、よく言うでしょ、報連相は大事だって。
「っはぁ、はっ」
と、決めておいてすぐに疲れ始め、早速スキルを使いたくなってしまうところに意思の弱さが出てしまう。
幸いにも下り道に入ったから、あとはここを抜けて第1グラウンドに戻るだけ。
制服にローファー、冗談抜きに走りにくい。
しかも長距離走と言える距離を移動しているわけだし、戦闘集団の人たち凄すぎるでしょ。
体育会系? 筋肉系? 今回の授業に有効なスキル持ち? 優等生?
いろんな候補が出てくるけど、息が乱れに乱れている状況では全員が凄いとしか言えない。
「きっつ」
新品の制服だというのに、これじゃあ汗が染みまくって買い替えなくちゃいけない。
汗まみれの状況で次の授業も受けるのかこれ。
もはや走る選択をしたことに後悔し始めると、やっと第4グラウンドの出口であろう門を発見。
「や、やっとだ……」
あーもうヤバい、ゴールしたら倒れるか座ろう――。
「――ということがありました、学園長」
「……な、なんということだ……」
今朝は長居することができなかった学園長室に立ち寄る、放課後。
「こちらでも少しだけ
「俺も最初は自分で考えたらそうなりました。でも、やってみたらできちゃって」
「その行動力は見上げたものだ。だがね、重力だの摩擦だのを急になくすだけなくしていたら大変なことになっていたかもしれないのだぞ」
「さすがにそれは後々になって反省しました。地球上でどんなことが起きるのかを軽視していたのは否めません」
「まあ、前例があるわけでもないから実感できないのは仕方がないとは思う。しかし……それでは、まるで物語に登場するヒーローみたいだね」
スキルの実証の件数が少ないため、確実なことは言えない。
しかし、学園長がため息交じりに発言した内容は、翔渡もまた納得せざるを得なかった。
「ここまで来ると、
「お願いします見捨てないでください。今の俺、この地球上で天涯孤独なんですよ」
「まさか。見捨てるなんてことはないよ。でもその調子だと、もはや他人に迷惑を掛けない程度に1人で動いた方がいいんじゃないかと思って」
話の流れ的に翔渡は悲観するのが妥当だというのに、本日の授業中に思った『俺は覇王になる』というモチベーションのせいでそうはいかない。
悲観に対して抱いている想いは『覇王道を歩む者に孤独はつきもの』だ。
その証拠に若干の呆れムードを漂わせている学園長を前にして、鼻をぴくぴくと動かして興奮の色が漏れ出てしまっている。
そして「見方を変えたら、天涯孤独という設定を活かせてかっこいい」とまで思う始末。
「とりあえず、今日帰る場所と活動資金を用意した」
学園長はスーツの内ポケットから鍵と通帳を机の上に出し、指で滑らせて翔渡へ差し出す。
「お金の方は、とりあえずだから無駄遣いはせずにやりくりしてほしい」
「ありがとうございます」
通帳に記載されている金額は100000円。
高校生にとっては、というより
「こ、こんな大金を受け取って大丈夫なのでしょうか」
「翔渡くんはまだ子供であり学生なんだ。難しいことは考えなくていいのだよ。それに、現状は身寄りのない子供でもあるのだから遠慮する必要はない」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、それと同じく独り身だからこそお金の使い方も今の内から学ばなければならない。住居の家賃は1年分払ってあるから、毎月振り込まれる10万円で食事代や水道光熱費、各端末のインターネット料金や娯楽費をやりくりしてほしい」
「わかりました、やってみます」
「住所や道案内は、既に頼んであるからその子に聞くといい」
「はいどうぞー」
「失礼します」
中に入ってきたのは
翔渡は短い出会いであったが、印象的な紅い髪の毛と16歳にしてちゃんと話したのが初めてな彼女のことを忘れてなどいない。
そういえばしっかりと正面から拝むのは初めて。
ぱっちり開いている目や自分より小さい唇、それら全てが収まっているかわいらしい小顔を、自身の目に焼き付けるよう凝視する。
「学園長、ご用件は?」
「こちらの少年を案内してあげてほしくて」
「あら
「や、やあ
「なんだい。クラスは違うというのに、もう顔見知りになっていたのだね」
「今朝、偶然ですが学園まで案内することになりまして」
「その節はありがとうございました」
「なるほど、じゃあいろいろと都合がいいね」
と、学園長は緋音へすらすらと状況をし終える。
「そんなわけで、マンションまで案内してあげてほしいんだ」
「わかりました」
「というわけで2人とも、私からの用件は以上だ。今日は帰ってゆっくり休んでね」
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