第3話『ラッキーなんちゃらでわざとじゃない』
「はぁ……はぁ……」
「なんとか間に合ったわ……」
学園敷地内に設置してある時計台の針は8時20分を指している。
ギリギリセーフではあるものの、校門前で2人は両膝に手をついて荒れに荒れた呼吸を整えていた。
「私は教室に行くけど、職員室には行けそう?」
「たぶん無理」
「でもどうしよう。私は教室に行かないと遅刻になっちゃうし……」
「いやいいよ。ここで待っていたら、門を閉めにくる先生に会えると思うし」
「たしかに、それもそうね」
2人は体を起こす。
「じゃあ、またね。同じ1年だから、またすぐに会えそうね」
「いろいろあったけど、ここまで案内してくれてありがとう」
互いに手を振り、
これから先の未来に不安を覚えそうではある状況だが、
「よっし! んくぅ~、
と、呑気な言葉が口から出てしまうぐらいに。
「赤髪の少女なんて、初めて見たけど帰国子女的な感じなのかな? それともハーフ? また顔を合わせても話をしてくれるかな」
見知らぬ土地に放り出され、後先がわからず、ましてやスキルなんて未知との遭遇を果たしても、そんなことはお構いなしで緋音と仲睦まじくしている妄想に耽っている。
それはもう、1人でにんまり笑顔かつ数秒したらよだれがたれ始めてしまう――というこれら事実が自分で認識できていないほどに。
ちなみに、校門に駆け込んでくる生徒などが居ることすら気にしていない。
当然、そんな不審者極まりない人間を、特に女生徒たちからは懐疑的な目線を向けられている。
「――キミ、あまり見ない顔だね」
「へ?」
と同時に、妄想上では先ほどまで耳にしていた澄んだ声が再生されていたため、情けない声が漏れ出てしまう。
そこには妄想していた少女の姿とは随分とかけ離れた、上下長袖長ズボンジャージ姿の男が立っていた。
「あ、えっと」
「普段は別の門から入っている子かい?」
「い、いえ。俺は今日が初めてで」
「ほう?」
声が野太く、体格もガッシリした筋肉マシマシで、身長も180㎝はある。
翔渡は175㎝であり身長差はあまりないものの、ゴリゴリのマッチョに備わっている筋肉の幅によって委縮してしまう。
「今日から転入する……」
「転入生?」
そして今、
(ちょ、ちょっと待てよ。実質的には別世界に来て、スキルを貰い、制服を貰った。そして今、間違いなく俺は生きている。だが、だがだ。今の俺って、ただ制服を着ているだけなんじゃ……? 転入試験を受けたわけじゃないし、転入手続きなんてした記憶もない)
自分が置かれている状況を、今になって冷静に考えてしまう。
転入生という設定ではあるものの、それがまかり通るとか不安で不安で仕方なくなってきて、一気に血の気が引いていく。
なんせ、女神が諸々のことをしてくれていなければ転入生設定が通用しないから。
それどころか、出生証明はできないし、家族も居ない――それらは説明しても信じてもらえるはずがなく、現状そのままに不審者でしかない。
「……」
(ああ終わった。完全に終わった。ああ終わった)
ゴリゴリマッチョ教師が両腰に手を当て、眉を細めて睨んでくる。
ボコボコにされて摘み出されるぐらいなら、いっそのこと急反転して逃走を図ろうとしたそのときだった。
「ああ、そういえば学園長が話をしていたな」
「――で、ですよねぇ~」
「いつもいつも俺に回ってくるのが一番最後なんだよなぁ。まったく、困った学園長だ」
(よ、よかったぁあああああ!!! 少しでも女神様を疑ってしまって申し訳ございませんでした!!!)
「遅刻者が居なければ、案内してやるから待ってるんだ」
「ありがとうございます」
屈強な教師が門へ向かい始めて背を向けると、翔渡は深呼吸の延長で息を吐きに吐く。
緊張感から解放されたということもあり、ドッドッドッと早くなる鼓動を収めようと胸を撫で下ろし続ける。
(よかったよかったよかった、セーフ。危なかった)
しかし、16才でありながら新生児でもある自身の存在は世界にとってどのような影響を与えるのだろうか、と考える翔渡。
(てか、学園に入学して俺は何をすればいいんだ。学生だから勉強すればいいのはわかるが……日時が同じだとしたら、5月。授業の内容は2週間ぐらい過ぎているというのに、学力が追い付くのだろうか)
冷静になった今、次々に不安要素が出てきてしまう。
頼みの綱である女神に通信を試みるも、残念ながら的確な手段を知らず。
生活していくために必要な金銭的な問題だけでなく、衣食住などの心配もしなくてはならない。
もはや学園で勉強をしている時間の余裕はないのではないか、と気持ちで焦り始めてしまう。
「よーし、時間になったから門を閉めるか」
時計の針は8時25分を指す。
屈強な教師は手慣れた動きで、横引きの低い門を移動し始めたときだった。
「ま、待ってくださいーっ!」
黒髪をなびかせる自分と同じ制服の、見るからに同校と判断できる女生徒がものすごい勢いで突っ込んできている。
だが男教師は門を閉める動きを止める様子はない。
(てか、あの子滑ってね?)
距離が近づいてくるにつれて、違和感が浮かび上がってくる。
それは思っている通りで、足で走っているというよりはスケートやローラーシューズを履いているかと錯覚してしまう感じで。
「うわああああああああああっ」
「て、え」
「間に合ったああああああああああっ! ええええええええええ! 避けてー!」
少女は門が締まりきる前に通過することができた。
しかし勢いそのままで、翔渡は、少女が進む軌道上に居ることを察したが体が追い付かない。
というのも、翔渡も呼吸が乱れるほど走った後であり、軽度ではあっても疲労が溜まった足は思い通りに動かないから。
(マズいマズい。このままじゃどっちも怪我するって)
動かない足を少し動かして横移動をしようと思いながら、偶然にも心の中で唱えた。
(怪我と厄介事は【キャンセル】!)
と。
「えっ」
少女は自身が思いもよらぬ挙動により、体の制御を失ってしまう。
そうなれば、体は宙に投げ出され、翔渡へ一直線に飛んでくる。
「どええええええええええ!」
「ふぎゃう」
「うがっ」
回避判断は悲しくも失敗し、2人は衝突。
翔渡が下敷きになるかたちで若干吹き飛ぶ。
「いたたたた」
「ふがんがふ」
「あれ? あんまり痛くない?」
翔渡は背中に走る激痛を感じつつも、顔に触れる初めての柔らかなものへ違和感を覚える。
もごもごと何が起きたのか探ろうとしていても、その柔らかいものが遮り、呼吸も苦しくなっていく。
「え! ごめんなさい!」
「いてて……息ができる……」
「ごめんなさいごめんなさい」
翔渡の上に乗ってしまった――というより、着地してしまった少女は急いでひょいっと体を退けた。
「キミは大丈夫?」
「あっ! わたし――は大丈夫です」
「それならよかった」
「いけない、遅刻しちゃう! 助けてくれてありがとう。でも、えっと、その。お、お互いさまということで!」
と、名前も知らない少女は胸元を押さえ、顔を赤く染めながら立ち上がり、再び走り出した。
翔渡も背面全体に痛みを感じつつ体を起こすと、逞しい腕が差し出される。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます――おぉっと」
「ははっ、まだまだ軽いな。成長期ど真ん中、もっとトレーニングを頑張るんだぞ」
「ははは、頑張ります」
翔渡は自分の体が宙に浮いたのかと錯覚し、さすがに驚愕を隠せない。
そして、あまりにも脳みそまで筋肉でできているのかと錯覚してしまうアドバイスには、乾いた笑いしか込み上げてこなかった。
「さあ、学園長のところへ行くぞ」
「よろしくお願いします」
まだ残る痛みに顔を歪めながら、
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