第3話 募集活動

 日も傾きかけた頃に村に戻った青年は、本格的な募集活動は明日に回すこととして、先ほど会ってきた魔女に関する情報を集めることにした。

 馬を借りようとしたときの村人たちの反応を思い出すと、村人にとっての魔女は、とても恐ろしく冷淡で、人間離れした怪物とでも思われているようだった。しかし、実際に会ってみた彼女からは、まるで違う印象を受けた。思いのほか人間らしい暮らしをしていて、恐ろしい怪物などとはほど遠かった。

 あらためて挨拶を兼ねて村人たちから話を聞いてみると、どうやら誰も魔女に直接危害を加えられたわけではなく、むしろ人をまったく寄せ付けようともしない魔女が、大した見返りも求めずに粛々と人助けをする、その不可解な非対称性が不気味に映っており、いずれ何か報いを受けるのではないか、魔女が何かを企んでいるのではないか、と怖れている様子であった。

 魔女の存在を教えてくれた長老にも再び面会を求め、詳しく話を聞こうとしたが、何か知っている様子ではあったものの、村外から来たばかりの青年にそれ以上は何も教えてはくれなかった。ただ、「おぬしの思う魔女もまた、魔女の一面なのじゃろう」という助言だけをくれた。

 翌日、青年はさっそく討伐隊への参加者を集め始めた。

 小さな村では、誰もが朝早くから畑や家畜の世話、家事に追われている。青年はどう話しかけるべきか躊躇したが、結局は歩き回って声をかけるしかなく、少しでも手が空いた村人を見つけては、声をかけて回った。

 この小さな村ではすでに青年の噂が広がっていたようで、村人たちは忙しい合間に耳を傾けてくれた。青年は、自分の村で起きた被害や、魔物の恐ろしさを語り、なぜ今討伐隊が必要なのかを繰り返し説明した。

 やがて青年の話を聞いた村人たちの間で張り詰めたような雰囲気が流れ始めた。

 討伐隊のことを真剣に捉えてくれた者たちも、自分自身で魔物と戦うなどとは想像もできないようで、自らが参加するとなるとやはり躊躇する者が多かった。

 青年は、そのため数日間滞在して募集活動を行うつもりで、この村を訪れていた。

 村人たちと話して一つ気づいたことは、彼らが魔女に魔物への対抗をさして期待してはいないことだった。村が魔物に襲われたとして、駆けつけて助けてくれるか分からなかったし、第一魔女は魔物に対抗するような力は持っていないようであった。誰も、他人を攻撃したり傷つける魔女の姿を見たことがなかったからだ。

 そうして青年が村中を駆け回っていると、どこからともなく村人たちがざわつき始め、やがて先ほどまでの活気が嘘のように、村全体が静まり返った。

 魔女が来たのだ。

 彼女は、いつもと同じ道順で村の中を進み、いつものように、あの老婆の家に馬を向けるべく青年の脇を通り過ぎようとした。

 青年は興味に駆られ、馬上の魔女に声を掛けた。

「今日はどうされたんですか?」

 青年の周囲にいた村人たちはぎょっとして、遠巻きに様子を見守った。

 あの魔女に、あんなに親しげに話しかけるこの青年は、一体何者なのだろう?無事で済むのだろうか?──村人たちの間に緊張が走った。

 青年は村人たちの不安など意に介さず、魔女の返事を待った。

 だが、魔女は一瞥をくれるのみで、何の言葉も返さぬまま馬を止めない。青年はなおも諦めなかった。

「昨日はお茶をいただきありがとうございました。ハーブがあんなに美味しいなんて知りませんでした」

 魔女は再び青年を一瞥すると、今度は口を開き返事をくれた。

「あなた、やるべきことがあるんじゃなかったの」

 青年は、その冷たくも的確な魔女の言葉に我に返り、「そうでした」と頭を掻きながらきびすを返した。


 翌日、青年は──魔女にたしなめられからというわけではなかったが──引き続き家々を回り、魔物討伐への参加者を募っていた。

 彼は、忙しく働く村人たちに手を貸しながら話を聞いてもらうようになっていた。昨日すでに声をかけた者に対して、ただ同じ話をするのは気が引けたし、初めて話す相手にも、手伝いながらの方がお互いにずっと話しやすいことが分かったからだ。

 相変わらず討伐隊への参加には躊躇する反応が多かったが、昨日に引き続き多くの者が真剣に捉えてくれて、青年は手応えを感じていた。

 昼にさしかかる頃には、青年自身が心地よい疲労感を覚えるほどに様々な作業を手伝い、村人たちもそれを喜んでくれたことに、彼は危機感の中にも一息つくような気持ちであった。

 そんな折、村の若者たちと共に家の修繕に向かっていた青年は、背後から女性の声で呼び止められた。

「今日も精が出るのね」

 振り返って声の主を確かめると、昨日彼をたしなめた、あの魔女が立っていた。

 いつも静かに去っていくはずの魔女が、なぜ村にまだいて、しかも自ら他人に声をかけるのか──青年を囲んでいた村人たちは予想外の出来事に、それまでの談笑をぴたりと止め、誰からともなく青年の影に隠れるようにして様子をうかがっている。

 まさか魔女の方から声をかけられるとは思っておらず、青年は笑みをこぼした。

「皆さんお忙しいので、仕事の手伝いをしながら話を聞いてもらってるんです。さっきは畑を一緒に耕して、これから皆と一緒に家の修繕に向かうところなんです」

「そうなの。大変なことね」

「でも、おかげさまで、少しずつ討伐隊に興味を持ってもらえています」

 青年は、家の修繕が終わったら皆で一緒に昼食でも──と言いかけて、後ろに隠れた村人たちを思い出し、言葉を変えることにした。

「もしよければ、今夜、夕飯をご一緒しませんか?」

 多少の沈黙の後、魔女は青年の期待を裏切らず、

「遠慮しておくわ」

とだけ冷たく返した。

 魔女は、話を打ち切ろうとして青年を見やると、その背後に隠れた村人の脚から血が流れているのに気づいた。どうやら農作業か何かで切った傷らしかったが、本人は気にも留めず、「あとで水洗いでもすればいいか」とでも思っているようだった。

 魔女は意外にも、その村人に向かって治療を申し出た。村人は怖がって断ろうとしたが、

「怪我を甘く見ると、命を落としかねないのを知らないの」

と魔女はずかずかと歩み寄り、半ば強引に治療に取りかかった。傷に向かって跪き、そっと目を閉じて村人の脚に手を添える。

 青年は、その所作の一つ一つに目を奪われていた。

 やがて魔女は一瞬微笑みを浮かべると、その顔は苦しむように、悶えるような表情へと変わっていった。青年があっけにとられている間に治療は終わり、村人はただお礼を繰り返すばかりで、魔女は微動だにせず、その様子を無表情で眺めているだけだった。

 青年は今しがた目の当たりにした魔女の能力を思い返す。その力のすごさだけでなく、人助けに向けた過剰なまでの一途さに、彼は強く興味を引かれた。一方で、魔力行使に伴う彼女の表情の変化も、脳裏から離れなかった。

 いまだ混乱のさなかにある村人たちを引き連れて、青年は魔女に別れを告げた。昨日魔女に言われた通り、彼には成すべきことがある。そのために村人たちの仕事に協力しながら、一人でも多くの参加者を集めたかった。

 歩きながら、青年は村人たちに尋ねてみた。

「魔力を使うのは、やはり辛かったり苦しかったりするものなのでしょうか」

 皆、これまでに何度か魔女の魔力行使を見たことがあったが、

「いつも同じような表情をするから、やっぱり苦しいんじゃないかな」

と推し量るばかりだった。

 しかし青年は、その苦しむ表情よりも、その直前に見せた、かすかな微笑みに心を捉えられていた。

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