第28話 見守られる前世

 良かった。悠は無事だった。というか、生きていた。


 謎の大男が去った後、「ぐはっ」と咳き込みながら、悠はその場所に座り込んだ。慌てて、聖がその身体を支える。


 「な、何が起こったんすか」としばらくして咳も落ち着いた悠が聞いてくる。


 いや、こっちが聞きたいわ、と聖は思う。とりあえず、これは夕ご飯どころじゃないわ。急いでリキにショートメールを送る「ちょっと来て」。多分、リキならこれだけで分かる。


 「お、俺、遭遇したんす。例の…地縛霊みたいなヤツ」


 「文学部棟の都市伝説やね。悠君が70年代ファッションだって言ってた」


 「そうなんすよ。ソイツが最近、ストーカーみたいになってて…俺、避けてたんだけど、ちょっと今日急ぎの用があって…」そこで悠はハッと我に返って叫びだす。


 「ああああああ…レポート提出しなきゃ!」


 「締切は何時?」


 「今日の20時なんすよ。オンライン提出で」


 「じゃあ、まだ時間あるやん」


 「いや…ちょっと、用があって…先に提出しておかんと」真っ赤になる悠。鈍感な聖でも察しがつく。


 「あらら…ほな、急がなね」


 「はい!」

 悠は勢いよく立とうとするが、力が出ない。またヘナヘナ…と座り込む。


 取り憑いたものが除去されてから、まだものの数分しか経っていない。流石に心身共に疲れ切っていてもおかしくない。


 「まだ、元気に走り回るのは難しいと思うよ。今、リキ呼んだから。車で送るよ。デートの相手にも来てもらったら?説明しておいた方がええでしょ」


 なんで分かるんすか…と言いながら、悠はカバンの中をゴソゴソと探ったあと、ようやくスマホを見つけ出した。パスコードで解除した画面でLINEを立ち上げ、ゆっくりと文字を入力している…と思ったのも束の間、正門の方からすごい勢いで悠に向かって走ってくる人影があった。ホンだ。



 「何かあった?どしたの?」あ、聖ちゃんもいる!と言いながら、ホンは悠と聖を見比べる。地べたに座り込む悠と側に仁王立ちする聖。


 「文学部棟の男が飛んでったよ!」大学の屋根まで飛んで、壊れて消えたよ…ってホンが言った瞬間、「シャボン玉みたいですね」って悠が笑った。


 良かった、元気そうで。それにしてもデートの相手って、やっぱりホンちゃんだったんだ、って聖はニヤニヤが止まらない。こんな時だけど。


 「そうだったんすね。俺、アイツが寂しい…って言いながら、俺に抱きついてきた時、嫌な予感して逃げようとしたんすけど、間に合わなくて。そうしているうちに俺が俺じゃなくなってくるような感覚があって、脳の中まで俺以外のなにかの意識が入り込んでくるような気持ちの悪さがあって、身体も思うように動かなくなって…これはマジヤバい、俺、連れて行かれるんかな…アイツと一緒にここで都市伝説化するんかな…それとも、これからの人生、アイツと二人羽織みたいに生きるんかな…どっちも嫌や、絶対嫌や…って必死で抵抗してたんすよ」そうしたら、葛城先輩が来てくれて、何か叫んだら、急にアイツが出てってくれたっす、葛城先輩に感謝しかないっす…そう悠は語った。


 「え?」

 聖は思わず聞き返す。いや、自分何もしていないし。全部、あの大男のお陰やん、大男居たよね?そう思いながら。


 「悠君、あの人見なかった?」聖は恐る恐る聞いてみる。


 「え?誰っすか」


 悠君は…悠君には…見えていなかったんだ。あの男性の姿。


 幽霊が見える悠君には見えなかった。


 つまりそれは…あの男性は幽霊ではない。


 そして…人間でもないのだ。


 「聖ちゃん、どしたの?」ホンが心配そうに聖の顔を覗き込む。ホンは何か気づいている模様だ。


 「悠君を救ったのは、私じゃないよ」聖はホンに正直に答えた。


 「学生棟の方から背の高い男性が現れて、「まだだ」って言いながら、70年代男を悠君の中から引き出して、空に向かって放り投げたんよ」


 「背の高い男?」ホンが反応する。

 「そう。背が高くて…髪が長くて。でも逆光で顔立ちとか外見は分かんない」


 「え?そんな男性居ましたっけ?」悠が驚いて声を上げる。悠には見えなかったのだから当然だ。


 「うん。そしてまた去っていった。煙が消えるように」


 その間、ものの5分もかからなかった。ドラマティックでもエモくもない。当然BGMもない。改めて振り返ってみると実にあっけなかった。ただ、聖の眼の前で取り憑かれて苦しんでいる悠、というのがあまりにも異常時代だったのでそちらに心を奪われていたけれど、これはこれで十分異常な出来事ではある。


 「まだだ、って言ったの?その男の人」


 「そう。まだだ、って2回繰り返したから間違いない」


 ホンは何かをじっと考えている。

 「悠君、危なかったね。悠君、死ぬところだったんだよ」


 「そうっすね、ホンさん。俺、死ぬところだったんですね。でもまだだ、って言いながら俺を助けてくれたのは、ほな、一体誰なんすかね」


 「プラ・インかな…」ホンは小さな声でつぶやきながら、聖をじっと見つめた。


 「プライン?」悠が首を傾げる。

 

 「日本語でいうと帝釈天だね」

 「帝釈天…えっと、あの、東寺にあるイケメンの仏像っかね」

 色々ツッコミどころはあるけど、東寺の帝釈天像を覚えていたのは評価すべき点なのか。


 「ジャータカの重要な登場人物だから」

 

 聖は悠君に説明しながら、もしかして、悠君は誰か、帝釈天が守りたい誰かの前世なのだろうか…そう考えていた。


 ジャータカはまだ続いているのかも知れない。帝釈天はそれを見守っているのだろうか。

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