第8話 呪われた家

「で、私に何をしろと?」


 葛城聖は明らかにイライラしていた。院試の時期も近づいているし、卒論も思ったより進んでいない。気は焦るのだが、焦れば焦るほど考えがうまくまとまらない。そこに来て、指導教員から奇妙な依頼を受けたのだ。イライラしない方がおかしい。


 葛城聖の向かいには、郡山教授とゼミの後輩。確か、曽爾君という学生で、ホンのゼミ仲間だ。そしてなぜか聖の隣にはホンがいる。当然という顔で話し合いに参加している。


 「曽爾君が困っているんですよ」

 

 郡山教授は、ゴム手袋をはめた右手の親指、人差し指、中指で慎重に小箱を掴み、聖の前にかざした。「これのせいで」


 「これは…船霊ですか」


 「さすが、葛城さん!よく勉強していますね」


 郡山先生破顔。葛城聖の機嫌もたちまち良くなる。我ながら単純だ…と聖は内心苦笑する。


 「曽爾君のスーパーに現れた謎の老人がこれを持ち込んだ…と」


 聖は曽爾悠の方を見ながら確認する。曽爾悠はビクッと身体を震わせ、頭を縦にブンブン振った。まるで私が彼を威嚇してるようやん…聖は心の中で苦笑する。


 「そうなんですよ。しかも曽爾君はそのご老人の風体を一切記憶していないそうです」郡山先生が続ける。「ね?曽爾君」


 曽爾君、また身体を震わせて、頭をブンブンと振る。郡山先生のことも怖いようだ。


 「その風体を覚えていない老人が「供養してくれ」と言ったことは覚えているんですね?」聖がさきほど取ったメモを見ながら、悠に確認する。


 悠は皮肉と受け取ったようだ。「そうです…でも僕、嘘をついていません」小さな声でそう付け加えた。あかん、これでは圧迫面接だ。悠君が泣いてまう。


 「それで、そのご老人の依頼に従って、供養はしてみたんですか」


 聖は努めて、優しい声を出すように心がけ、何なら可愛らしく見えるように、少し首も傾げてみた。


 しかし、曽爾悠はさらに驚いたように目を見開く。しまった、わざとらしかったか、うまく行かないもんやね…聖はちょっと落胆する。もう可愛らしく見せるのは諦めよう。普段通りに振る舞うしかないわ。


 「供養してみたんだよね、曽爾君」


 悠の代わりに郡山先生が答える。「はい…」と悠が肩を落とす。


 悠はまず悠の家の菩提寺に船霊の小箱を持ち込んだ。住職は、「ほな、明日にでも炊き上げて置くわ」と言ってくれた。やれやれ…安心…と家に帰った。自室に入ると、机の上にその小箱があった。戻ってきたのだ。


 続いて、悠は氏神さんである神社に持ち込んだ。初穂料を収め、頼み込んでお祓いをしてもらった。箱は宮司さんが預かって、どんど焼きの時にでも焼くわ、と言ってくれた。帰宅すると、木箱はやはり悠の部屋の机の上にあった。お手上げである。


 しばらくして、母が「どうも最近家がカビ臭い」と言い出した。梅雨にはまだ間があるのに、室内の湿度が高い。エアコンの除湿モードをフル回転させるが、小一時間置いておいただけのまな板にカビが生える。雨漏りでもしたかのように壁紙がじっとりしてくる。


 祖父母が寝ている和室では、深夜になると仏壇の中から「カタカタ…」という音が聞こえると祖母が騒ぎ出した。音は鳴り止まず、祖父母は怖がって客間で寝起きするようになった。


 どれもこれも、あの小箱が家にやってきてからだ。しかし、この段階でも悠はどうしても母に打ち明けることができなかった。


 というか、悠が「見える」という事は母には伝えていないのだ。母を怖がらせたくなかったというのもあるが、自分は「普通じゃない」ということを言葉に出すのが恐ろしかったのだ。


自分は陰キャのオタクかも知れない。大丈夫。それは「普通」の範囲内だ。でも「見える」なんて言ったら、母は俺をカウンセリングとか心療内科に連れて行くかも知れない。そして原因が分からないとなったら、「普通の子だと思っていたのに…」と嘆き悲しむだろう。そう考えると、カミングアウトするのが本当に怖かったのだ。


 ある日、祖母が拝み屋を招いた。小柄などこにでもいそうな普通のお婆さんに見えた。祖母が言うには、大阪と奈良の県境の町で看板を出している、かなり有名な霊能者とのことだった。


 そのお婆さんは、家に上がるとすぐに「ああ、憑いてまんなあ…」と言った。そして、悠をじっと見つめて、「あんさん、何を預かった?あんさんの隣に若い女の子が見えるで」と辛そうに告げた。悠は膝から崩れ落ちそうになった。

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