現代ダンジョンでハーレムを作るはずがTSした上に物語の主人公みたいなやつに狙われているのだが?

肇真 りか

一章 女体化?〜石版の謎〜

第一話:天才Sランク冒険者、女体化の危機


 西暦2050年、突如現れた『ダンジョン』は、世界の常識を根本から塗り替えた。かつてファンタジーの中だけの存在だった魔物やお宝、そして冒険。すべてが現実(リアル)となり、人類は職業に『冒険者』という新たな選択肢を加えることになった。


 俺――天斗輝あまとてるはそんな新しい時代に生きる、ちょっとばかり――いや、ハッキリ言って、かなり優秀な冒険者だ。ダンジョンが発現してからちょうど二十年。二十三歳になった俺は、業界最短の三年で最高峰のSランクに到達した正真正銘のエリートだ。


 稼いだ金は億単位。金も名声も思うがまま。恋愛も、好きなだけできると思っていた。


 そう――俺は、ダンジョンで稼いだ金で、人生最高のハーレムを築く未来だけを追いかけてきた。相棒のレンタル彼女アプリは常時未読50件オーバー。20台の高級外車に、6つの高層マンション、プール付きの別荘……。だが、本命はやはり冒険者仲間の美少女たちと創りあげる、俺だけの黄金のハーレムだ。


 そのはずだった。あの日までは――。



 その日は、最後に一つ大きなダンジョンを攻略し、引退して悠々自適に暮らすつもりだった。噂によれば、世界でも最大級、未踏の危険地帯と名高い『アトランティス・ゲート』。世界中の冒険者が挑んでは帰らなかった、伝説のダンジョンだ。


 ──死ぬかもしれない。

 そんな危険とスリル、そしてなにより、そこに眠るお宝。男として、いや、探索者として――挑まずにはいられなかった。


「最後だ。これをクリアしたら、俺の理想のハーレムライフが待っている!」


 入口の黒曜石の門を開けた瞬間、背筋に雷が走るような興奮を覚えた。これまでのダンジョンとは格が違う。気圧の変化、重厚な空気、漂う魔力。Sランクの俺すらも一瞬たじろぐ。

 だが、迷っているヒマはない。強化防具を身に纏い、愛用の魔鉱石ブレードを腰に差し、深呼吸一つ。


「さあ、いこう――この扉の向こうに、俺の夢がある!」



*



 ダンジョンは思った以上に手強かった。殺意剥き出しの魔獣、罠、そして異様なまでに複雑なギミック。

 それでも、俺は『天才』の異名を持つSランク冒険者。長年培った勘と技術、そして圧倒的なパワーで、順調に最奥を目指す。何度も死にかけたが、その度に閃きと思い切りで切り抜けた。

 そしてついに、最奥の間(ボスルーム)へと辿り着いた。中央には、いかにもそれらしい、巨大な黄金の宝箱。


「……これだ」


 心臓がバクバクと鼓動を打つ。その箱に触れれば、俺の冒険は終わる。そして始まるのだ――俺だけの理想のハーレムが。

 決意を込めて、宝箱の蓋を開ける。


 ……その瞬間。


 鮮烈な閃光が俺を包み込んだ。目が焼けるような痛み、焼け付くような熱。

 気づけば、手には奇妙な石版を握りしめていた。「女神の誓約」という文字が、古代文字で刻まれている。

 

「……は? これ、石版?」 


 脳裏に直接響く、荘厳な女神の声。


『そなたの願望は知っている。さあ、今こそ新たな運命を――』


 頭が割れるような眩暈がした。


「ぐっ……がぁぁッ!?」


 意識はすぐにブラックアウトした――。




 気がついた時、俺は見知らぬベッドの上。柔らかく甘い香りが鼻をくすぐる。……いや、こんな香り、嗅いだ記憶はない。


「ん、……あれ? なんだ、この声……って、えっ?!」


 目を開けると同時に、激しい違和感に体が包まれる。……まず、違う。何が違うって、胸? なんか違和感あるし、腹回りも妙に細い。髪が……長い!?


 慌てて近くの鏡に走る。 


「う、うそ、だろ……」


 そこに映ったのは――金色のロングヘアをさらりと流し、澄んだ青い瞳の、美少女。モデルやアイドルでも敵わないくらい整った顔立ち。間違いなく――俺……じゃない!? 


 現実感のない美少女が、鏡の向こうで固まり、ゆっくりと口を動かす。


「あ、天斗輝……だよな? これ……俺、だよな?」


 胸元で震える手が――まるで自分のものじゃないみたいに、柔らかい。


 ……どうやら、俺は女になってしまったらしい。




 最初はパニックだった。叫んで、泣きそうになって、意味不明な石版を何度もにらみつけた。助けを求めたいが、誰に話せばいいのかも分からない。


 結局、食事を済ませ、女体の動かし方に慣れるため必死に自主トレをし……。夕方になって、いやでも事実を受け容れるしかなくなった。


(……どうしよう。これじゃ、ハーレムどころか、普通の恋愛すら無理じゃねぇかよ)


 絶望のどん底に突き落とされた俺だったが――

 その時、ふと気づいた。今ここにいるのはSランク冒険者、いや、冒険者の中でも伝説級な俺様だ。肉体は女でも、心まで負けるわけにはいかない!


「そうだ……こうなったら、女になってもハーレム作ってやる!」


 どうせなら、逆ハーレムでも作ってやろうか。わからんけど、美女になった俺なら可能性はある……のか?


 そう考えて、俺は再びダンジョンに潜る決意をした。もしかしたら、石版の謎を解けば元に戻れるかもしれない。少なくとも、何か手がかりがあるはずだ。



*



 新しい体に慣れないながらも、俺は手慣れた調査装備を準備し、人気の少ないAランク以下のダンジョンへと向かう。さすがにいきなりSランクは無謀だし、誰かにこの姿を見られるのも怖かった。


 だが、現実は俺の心配などお構いなしに、物語を進めていく。



*



 ダンジョンの入口で息を整えていると、誰かの足音が聞こえてきた。複数人。思わず身を隠す。


「ふー、ここが今日の攻略ダンジョンか。みんな、準備はいい?」


 爽やかな青年の声。見るからに好青年で、背も高く、明るい笑顔。そして、なぜか美少女たちが何人も――合計五人――きゃっきゃと彼の隣を取り合っている。


(……なんだあいつ……まるでラノベの主人公じゃねぇか!)


 まるで、リアルハーレムだ。俺が夢見た、それ以上の姿。嫉妬が湧く一方、どこか悔しくて笑いがこみ上げる。


 それだけじゃなかった。その主人公らしき青年が、ふとこちらを見て、ニッコリ微笑んだ。


「……あれ、君。ひとりで冒険者やってるの?」


(やべっ、見つかった!)


 思わず変な汗が流れる。だけど、今さら隠れきれる状況でもない。


「え、あ、うん、まぁ……」


 俺は、違和感だらけの自分の声で、絞り出すように返事をした。


 その瞬間――青年の瞳が、ぐい、と好奇心いっぱいに輝く。


「すごい。女の子ひとりでAランクダンジョンに来るなんて、相当な実力だよね? 君の名前、聞いてもいい?」


 美女ぞろいのパーティが一斉に興味津々で俺を囲む。


(え、なにこれ……俺まさか、ヒロイン枠にされてる?)


 現実離れした事態に、動揺しまくる俺。彼らの中心には、まぶしいくらいに主人公らしい彼がいて、その笑顔で――


「良かったら、僕たちと一緒に攻略しない?」


 なんて、どこかで聞いたような台詞まで飛んできて。


(おいおいおいおい、どうすんだこれ!?)


 俺の転落人生、いや、女体化人生の第二幕が、こうして静かに始まったのだった。

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