三人の幼馴染と夏にだらける
東雲ツバキ
起章・三人の幼馴染編
三人の幼馴染と新生活① 同棲/期待
昼のチャイムが校内に鳴り響く。最後の授業が終わった。机に向かっていた視線を上げて時計を確認しつつ、丸めていた背筋を伸ばして深く息を吸う。吐き終わる頃には書類をまとめた先生が会釈して教壇から立ち去る。
『ありがとうございましたー』
惰性の感謝を告げて、こちらも帰り支度を整える。
「なぁ、
前の席に座る友人が、振り返らず問いだけ投げてきた。彼はカバンに筆箱や教科書を突っ込みながらそそくさと席を立つ。
「今日は直帰。一緒に帰る?
「いや俺、野球部だから」
「ならなんで聞いたし……」
「いや~だってね~?」
ニヤニヤと気持ち悪い。こいつがこの手の振る舞いをする時は、決まって余計なお節介を焼く時だ。
「うるさいなぁもう……心配しなくていいよ。今日はみんなで帰る予定だから」
「うっわ~羨ましいっ! 俺も両手に花束の青春を過ごしたかったぜ……そんで鼻を長くするんだ……じゃ、またあしたな!」
「うん。またあした」
わざわざ鼻を長くしたいとは変な奴だ。そんなツッコミを入れたらきっと『天狗になれたら超能力が使えそうだからヨシ!』などという意味不明な発言が返ってくるはず。ファンタジー小説好きも結構だが、毎度相手にしてると語りが止まらなくなるため深入りは避ける。それがオタクな
学生鞄を肩にかけて教室を出ると、窓から突風が吹き込んできた。桜のひとひらと青葉が二枚、廊下に舞い落ちる。稀有なことに三枚の
もう放課後だというのに遅刻してきた三枚の客人を拾い上げ、カードを持つように広げて眺める。こういう風情は古き日本語でなんと言うのか。自分の言葉では『春終わりの風』としか思い浮かばない。空いた片手でポケットからスマホを取り出す。
調べてみると
となりのクラスには顔を出さず。
──薫風の花。あるいは桜。
手すりに指を這わせて段差に注意しつつ階段を下りて。
──青葉の花。
木の匂いが強い踊り場を越えて。
──君達に似合う葉花の薫り。
昇降口で靴を履き替える時は思考を中断。間違えて別人の靴を履いてしまっては恥だ。
校舎を出る。中庭に回って花壇に向かう。到着するまでに決めなければ。
──青さは若さ。それの桜となれば、これからもっと美しくなるという事。……意味、おかしくないよね?
柔らかい風が吹いた。校庭の砂埃が巻き上がる。砂が目に入らないよう向かい風側の片目を閉じる。もう片目では、いつもの後ろ姿に近づいていた。桜色の長い髪が、白いセーラー服の背中になびいている。
「
短く名を呼ぶと、自分でも予想外の呼び声になった。
まるで研いだ刃物のような切れ味鋭い吐息が
「ふわっ……こ、
「ん゛っ。んんっ……ごめん。驚かせたね」
咳払いして喉の調子を整える。つっかえたような感じは一向に抜けてくれない。
「う、ううん……大丈夫だよ……! こっちこそ、びっくりしすぎちゃった……ふふ」
風梨は無邪気に笑う。こんな僕の声を、もうあっさりと受け入れてくれている。
内心、ため息が止まらない。
というのも最近、遅めの声変わりの時期がやってきた。正志郎は中二の頃に声がすごく低くなったのに、はや三年、僕は先月から喉の調子がおかしい。正直『高二になってやっとか……』と胸をなで下ろしてる。以前
けれど、いざ声変わりが来てみれば、想定していた声色より……結構かなり極めて低い声となってしまっていた。
これは言い過ぎなんかじゃあない。
こういうの、
「? 康太くん……どうした、の?」
「あ、えっと……ジョウロ、借りるね」
なるべく小さな声で話す。喉から声を出すのではなく、歯と歯の間から息を吹くように音を出す。そうすればこしょこしょばなしみたいになって、声の高低はあまり関係なくなる。そのうち知らず知らず腹話術が上達しそうだ。
水道のそばに立てかけられたジョウロを持って水を注ぎ、まだ瑞々しくない花の群れに栄養を与えていく。
「ふわ……いつも手伝ってくれてありがとう。康太くん。うれしいよっ」
「……僕が早く帰りたいだけだよ」
それは些か正しくない。彼女と早く話したいから、彼女の自由を縛る仕事をさっさと片付けたいんだ。
「むしろ僕が手伝うことで何か言われてない?」
「ううん。なーんにもっ」
ふたりでやれば二倍三倍のスピードで水やりが終わる。
定位置にジョウロを片付けて、片手に持ち続けていた桜の一枚を差し出す。
「これあげる。廊下の窓から突風に連れられてやってきたんだ。まるで風梨みたい──……だったから」
「ふわっ……ありがとう……うれしいです……」
後半、歯が浮くようなセリフを言ってしまった。途中でキザすぎることに気づいても恥ずかしがらず、最後まで言い切ったほうがカッコよかっただろうか。うん、かっこよかったに違いない。次のチャンスがあれば、言いよどむことなく言い切ろう。
……そう決意して、いったい何度、言いよどんできたのだろうか……。
「……ふふっ」
桜のひとひらを見つめて、風梨が
「この桜さん、かわいいねっ」
その声色も花のような甘い匂いで、聴くたび胸の奥がくすぐったくなる。小学生の頃は『猫じゃらしの声だ!』などと言って軽くからかった馬鹿な過去があり、それについて
「あ! 風梨と康太、見ーつけたー!」
響く呼び声。頭上から明るい声色が破裂した。空の上まで届いたのでは? と思うほど活発な一声。二階の窓辺を見上げると、長い
「……しぐれ。プレゼントがある。下りてきて」
「えっ!? なになにー? 今すぐ行くぅー!」
走る音もドタドタとうるさい。けれど華奢な体は軽やかに。僕なら全力疾走で一分はかかりそうな合間を、彼女は十秒足らずで姿を現した。上履きのまま外廊下に飛び出して、低い柵を飛び越えてくる。スカートから膝が現れてその先も見えそうになり、とっさに視線を逸らした。
「とうちゃーく! ねね、プレゼントってなーにー!?」
「……僕の前に訪れてきた、
一枚の青葉を贈る。それだけでこの子は瞳を輝かせて、そんなに? と思うほど大事そうに胸にしまってくれる。
「わっ! きれいな葉脈! 色もきれいで鮮やかだねぇ~。えへへー。ありがとね! 風梨も貰ったの?」
「うん。桜を……」
「わー! ちっちゃくてかわいいー! まるで風梨みたい! ──で、あれ? なんであたしは葉っぱなんだー!?」
「あ、そ、それはね、たぶん……! 一枚の桜の花びらと、二枚の青葉が、康太くんのところにやっほーって来たんだって。だから……」
「──! そっかぁ……それなら仕方ないね!」
謎めいた理解の早さ、助かる。
要は、いつもの三人組と似ていた組み合わせだったから、贈ったらどう思うかな? と思っただけ。これはそれだけの、ただのつまらないことだ。
「じゃ、僕は帰る」
「え……あっ、うん……!」
「いっしょに帰ろーよーう!」
だから帰るんだって。どうせ何も言わなくても君たち付いてくるんだから。
校庭では野球部が練習を始めていた。正志郎がバットを振ってカキーンと打ち上げている。彼の視線がこっちに向いた気がした。軽く手を挙げて振る。すると彼の顔がピッチャーに向いて、またカッキーンと気持ちのいい音を響かせた。天高く舞うボールがどこに行くのか、つい目で追いかけてしまう。視界端ではバットを回す彼が、おそらく笑顔で片手の返事を振りまいていた。こっちも頭より高く手を上げて振り返す。
ちらりと後ろ側を見ると、風梨は小さく手を振りながら会釈して、しぐれはカニ歩きで飛び跳ねながら万歳して「ファイトー!」と大声を発していた。このふたりは挨拶の仕方ひとつ取っても対照的である。
僕はそそくさと足早に正門へ急ぐ。しぐれの大声ひとつで、全ての男子部員が振り返ってきたせいだ。衆目を気にしてしまう。
────うっわ~羨ましいっ! 俺も両手に花束の青春を過ごしたかったぜ……そんで鼻を長くするんだ……。
正志郎の正直な感想は、大多数の本音であることを僕は知っている。ただ幼馴染と一緒に下校するだけで羨ましがられるのは……さて、なんと返せば快いのだろうか。いや、言及は控える。無理に返す必要もない。
思考を切り替える。
僕は僕。他人は他人。たとえば桜は梅や
「あ、みんな」
正門脇の木陰では
「あれー?
「うん。だって今日はみんなと一緒に帰る日だから。楽しみ」
「ふふっ。私もだよっ」
柔和で落ち着いた風梨。素直でクールな碧央。腹黒で元気なしぐれ。
彼女達は特に示し合わせてないはずなのにまったく同時に振り返って、僕の目をまっすぐと見つめてきた。ああ、これはたぶんきっと、久しぶりに号令を待っているのかもしれない。小学生の頃はリーダー気質だったから、僕の一言が動き始めだった。その慣習は中学生になって──黒歴史を製造してから──消え失せたはずなんだけど……仕方ない。ここはちょっと男らしく、かっこいいところを見せようか。
「よし。みんなで帰ろう」
『……え?』
風梨としぐれが目を丸くして、やけに驚いた。こちらも驚く。あれ? なにか間違えたかな……原因を考えて、はたと思い出す。そうだ。碧央に渡すものがあったんだ。どうしよう。ちょっと恥ずかしい……盛大に勘違いをした。派手にズッコケた。いや羞恥を感じるのも反省もあとだ。今はとにかく、片手に持ったままの青葉を差し出す。ってかもうそうだよずっと片手に持っていたのになんで忘れるんだバカなのか。もう誰にも顔を見せられない……目線を正門の溝に注視したまま贈り物を押しつける。
「ん」
「……? 葉っぱ? ゴミ箱はあっちだよ」
「ちがう。贈り物」
「────そう。ごめん。ありがとう。嬉しい。これはどういう意味の贈り物?」
「一枚の桜と二枚の青葉を拾った」
「理解
碧央は頭がいい。一を聞いて十を察する子だ。きっと今の説明だけで、この葉花が重なり合うように落ちたことも見抜いたのだろう。そんな偶然でも起きないと僕が拾おうとしないことを、彼女は知っている……というか、推理して的中させてくる。
「風梨としぐれも貰ったはず。見せて」
「あ、うん。私は、これ……」
「あたしはこれだぁー!」
そんな碧央だからこそ、僕は時折こう思う。将来は探偵にでもなったらどうか? 聡い君のせいで、僕は推理小説や探偵漫画を読むたび『碧央だったらこの時点で真相に気づくんだろうなー』と思ってしまう。まぁでも、仮に君が探偵の世界に足を踏み入れたら、真相に早く近づきすぎて倒されてしまうタイプのモブ探偵になっちゃうかもしれないから……やっぱり、ほかの仕事にしてほしいかも。
「ふふ。
「あ、はい……でも何を?」
「康太の分」
「僕は……葉っぱも花も似合わないよ」
「ダメ。探して。じゃないと私の分を忘れたの、許さない」
「うっ……ご、ごめん……」
そりゃそうだ。それも見抜かれるに決まってる。うつむいたまま足元を見ると、折れた木の枝が転がっていた。指一本分の長さ。この小枝の先端に三つの葉花が付いて咲いていたとしたら、ちょうどよい見栄えになると思う。思わず拾い上げる。
「とりあえず、これでどうかな?」
「いいね。許す」
ほっとする。碧央はズバッと好悪を言ってくるからヒヤヒヤする時がある。でも、碧央がぞんざいな扱いを受けることを内心そこまで嫌がってないことは把握してる。否、嫌なことは嫌なんだろうけど、それはそれで嬉しい要素があるようで。僕もよく理解できないというか、理解したくないんだけど。
「フッ……私は大満足。康太が私を忘れた分、また私が康太の思考を支配してる……」
そんな
「はいはい。変態は置いて帰りますよ」
四人で帰路に就く。といっても和気あいあいとはいかない。
先頭を歩く僕。後ろに続く三人。もっぱら話題は女子的。男子にはついていけない。
風梨は打ち明ける。最近ネイルやメイクに興味があるのだとか。
碧央は基本的に黙っている。聞くことが好きなのだ。僕と似ている。聞き上手かと訊かれたら、彼女に軍配が上がるけど。
しぐれはどこそこのクラスの男女が付き合ったとか。今度スポーツ大会の助っ人に呼ばれたとか。今度の休日どこに行こうかとか。よく話す。報告することや話し合いたいことがいっぱいあるようで口が止まらない。
徒歩たった三分で小さな町を抜けると、一気に視界が拓ける。
満天の群青は白雲ひとつなく透き通っている。面白いものが何一つない。せめて雲が漂っていれば形に思いを馳せることができるのに。『田舎は何もない』とは、こういう空模様のことを言っているのかもしれないとつくづく思う。
直上の日輪は頭髪を焼く。光を集めやすい黒髪には厳しい酷暑がある。熱中症を避けるため、そろそろ帽子を買うべきだろうか。などと思いつつ毎年面倒がって何も被らない。学帽があればそれを理由に被るのだけど、それもないため短髪が焼けていく。
僕は本質的に怠惰らしい。
あぜ道をとぼとぼと歩く。地平線は桜と緑の混色山麓で埋まっている。
田んぼという田んぼ。野菜という野菜。
水田という水田。稲穂という稲穂。
虚無の茶色い土地という土地。
時折電柱に出会い、果樹園から漂う匂いが嗅覚を刺激する。
……果樹園。果樹園?
連想したのは、家庭菜園。
「あ、そうだ」
思い出した。今週毎日繰り返しているように、思い出しては予鈴や呼びかけに邪魔されて、一瞬でド忘れするかもしれない。急いで足を止める。
僕の一声で、後ろの三人の会話も止まっていた。さっさと振り返って結論から告げる。
「僕、家を買ったから」
『────────────えっ?』
/1
「先週から
僕は男だ。女子会に参加できるような話題なんて持ってない。
だから話すことなんてない。このまま黙って家に帰る。
そう思い込んでタカをくくっていたら、分かれ道の十字路手前で重大案件を思い出した。危ない危ない。割と大きめな近況報告だった。でも『買った』というのは少し正しくなかったかな。不動産? の契約としては『借りた』が正しいはず。たぶん。
忘却の彼方に消え入りそうな出来事を、記憶の引き出しを開けまくって探し出す。
そう、初めて賃貸の一軒家を借りて一人暮らしを始めた時は、最初のほうこそ『三人に報告したい、正志郎に自慢したい、きっとびっくりするだろうな』……そう思っていたのに。住み始めるとこれが当たり前の生活になってきていて、初めての一人暮らしにてんやわんわして疲れていたのもあり、お知らせを後回しにしてしまっていた。
住めば都とはこのことか? ちょっと違うか。
まぁいい。これで
ついでに自慢する気が失せていることにも気づいた。それもそのはずだと、諦めと合わせて納得する。一人暮らしは大変だ。何がとはもはや言うまでもない。ただひたすら母の偉大さに、家事を始めるたび感銘を受け続けるばかりである。
……いや本当に。本当の本当に。毎日の家事、ありがとうございます! お母さん!!
でもひとついいですか? よくあんな面倒な家事全般、毎日できますね⁉︎
おかげで日々、
「ふわっ……い、いつから……?」
「先週?」
「どこ」
「そこ」
「え……えぇーっ!? えっと、ちょっとまって! ぇ……うぇえーーーー?!」
「そんなに驚く? いや嬉しいけどさ……ははっ」
嬉しいというより面白い。しぐれは百点満点の回答をくれた。風梨も及第点だ。碧央。君は少しクールすぎる。思わず指をさして教えたけどさ。いきなり場所を聞いてくるのは────まぁ当然の反応か……でももう少し驚いた顔が見たかったよ。まったくもう。
「お、お金は……?」
「高校生になってから新都でバイト始めたでしょ? ずっと貯金してたんだ。それで借りた」
「見に行きたい」
「いいけど……秘密基地感もあって心躍ってたからなあ……家に上げたくない気持ちもある……」
「なんで! 上げてよ! 幼馴染だよ!? あたしたち!!」
「それ理由になる? あと溜まり場にされるかもしれないのが、ちょっと抵抗で……」
碧央としぐれから睨まれる。かたやジト目、かたやふくれっ面。
それだけで僕の悪あがきは一蹴されてしまった。
セミが鳴き始める。
……帰宅。
周囲に翠緑の雑木。深紅の外壁。高い屋根は黒塗りと白線のコントラストが利いている。
「ふわっ……おしゃれな家だね……」
「ありがとう」
「朱色と白線の
「一言余計」
「わー! いいなー! いいなー! なんか大人みたい! 何円したの?」
「中古で十万以下。──というわけで、どうぞお上がりください」
『おじゃまします!』
解錠開扉。靴を脱いで上がり框を踏む。左壁の
廊下を渡って右壁の電気をつける。照らされた四畳の
「トイレだー!」
しぐれのはしゃぐ声。玄関入ってすぐ左の扉は
「洗面所と洗濯機もいっしょなんだ~。狭いねぇ。でもこの狭さがいいねぇ~! あれ? 右に引き戸がある? あ、お風呂だ! 意外と広い!」
便所のそばには、洗濯機と洗面所が併設されている。便所に入ってすぐ右には引き戸があって、その先はシャワールームと
「……しぐれ、上見て」
「ん? おあーっと!」
しかし碧央は目ざとく、僕の宝物〔オーバーヘッドシャワー〕を見つけた。
それは天井からお湯が降り注ぐ形式のシャワーである。どうだカッコイイだろう。
「ふわ……そういえば康太くん、ずっと前からこういうの欲しいって言ってたよね?」
「うん。真上から浴びると気持ちいいよ」
どうやら風梨は、僕の好きなことを覚えてくれてたみたいだ。
「あーなんか思い出してきたー! 幼稚園の頃さぁ~。康太と一緒にお風呂入ると、いっつもシャワーを上に向けて傘みたいに雨を降らしてさ~!」
「あったあった。康太それ好きすぎて、シャワーのノズルを詰まらせてた。天井も赤黒く汚れて、それがオバケの顔みたいに見えるって話で、風梨が怖がってた」
「ふ、ふわ……そ、そんなことも、あったね……!」
……覚えてない。なんで三人ともそんな昔のことを覚えてるんだ。女の子とお風呂に入ったなら絶対に忘れられない思い出になるのに……いやでも園児だったなら、きっとその頃の僕はシャワーを真上から浴びることしか興味がなかったんだろうなぁ……。
「ちなみにそれ誰の家?」
「風梨の家!」
「でも誰の家でもやってた」
「ふわ、ふふっ……!」
そうか。風梨とはお隣同士だから、よく遊びに行っていたのか。そしてしぐれの家でも、碧央の家でも。
まったく人の家のシャワーで遊び呆けるとは、当時の僕は礼儀知らずだ。彼女達の両親にも申し訳が立たない。
「でもさー康太。朝、起きれてるー?」
しぐれが若干ニヤケながらたずねてくる。
「そりゃ最近は遅刻ギリギリだけど、そのうち慣れてくるよ。心配無用」
「ふーん?」
なんだ。いつもながら意味深な態度を取ってきて……そんな分かりやすく天井に目を泳がせて虚空を蹴って鼻歌を歌う奴があるか。
まぁいい。
「なるべく早くお帰りください」
そして気づいた。虚空を蹴っていた足が目に止まり、しぐれに忠告する。
「それとしぐれ。土足で上がるのはアウトじゃない?」
「へ?」
三人の視線がしぐれの足元に集まる。
そこには学校で履くものがあった。
「────あぁっ!? 上履きのまま来ちゃった……!」
「────! っ……ふ、ふふ……!」
「しぐれはたまに天然」
「早く学校に戻って洗ってきなよ。怒られるよ」
ほおに太陽のような赤みがさすしぐれは、この程度の羞恥なんて別になんてことはない、とでも言いたげに。気丈に振る舞いながら足早に立ち去る。
「ぐぅっ! 仕方ない、今日は退散だ! 康太、床汚しちゃってたらごめんねっ!! またね、みんな!」
「じゃあ私も。またね康太」
「またね、康太くん」
「うん。またねー」
ロフトを紹介できなかったのは残念だけど、紹介したらたぶん長居が始まる。ひとりの時間が欲しいから家を買ったんだ。従来のようになんでもかんでも言い合う関係は開放的で良好だけど、加齢のせいか面倒事が増えるたび孤高の快適さを求めて閉塞的で良好な環境を求めるようにもなってきた。そのため秘密が増えて隠し事するみたいで、やや申し訳ない感じもするけど……。
「気をつけて帰ってね」
「うん!」
玄関先まで見送る。
僕の手前で顔だけ振り返り、ふんわりとした笑顔で答えてくる風梨。
ちょっと先で見返り美人の構図を作り、なぜかキメ顔を決めてくる碧央。
左右確認後、道路に飛び出して振り返り、飛び跳ねながら手を振ってくるしぐれ。その後、全力疾走で来た道を駆け戻る。
彼女達の姿が見えなくなるまで見届けて、安住の地を守る扉をぱたんと閉めた。施錠する。
さて、しぐれにも注意されたけど。明日の朝も一緒に登校する予定だ。ちゃんと起きるぞ……!
あ、でも今日は積みゲーを消化する予定だった。時間泥棒系のゲームだけど……たぶん大丈夫だと思う。
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