クラスの美少女に、咀嚼音で配信者バレした。

蜜りんご

第1話

 目の前に広がるお菓子の山、そしてカメラとダミーヘッドマイク。僕は、石という名前の配信者だ。顔にある痣を隠すようにローブをしているが、これはただの身バレ防止だ。


"ガリ……ゴリゴリッ"


今日は自分で作った飴を食べるASMR配信を行っている。左耳に口を近づけて、ひと噛み。


"コロッ……カリガリッ"


正直作るのに失敗したのか、色は綺麗だが味は砂糖の味しかしなく、食べていてつまらない。そんなことは顔には出さずに、食べ進めていく。


<石さん安定に良い音>

<入眠用に良すぎていつも寝落ちちゃうのが悔しい>


流れるコメントを見て、自分が肯定されてるような感覚に陥る。いや、肯定されてるんだとは思う。けど、僕はもともと根暗だからそんなすぐ信じられなかった。コクリとなるべく喉が鳴らないようにかつ、ダミヘから口をちょっと遠のけて飲み込む。そして右耳に口を近づけて、もう一口齧り。


"パキン、ガリガリ"


様々な音をなるべく立てるように、だけど唾液の音は出さないように自然に食べていく。配信をし始めたときは難しかったが、最近は慣れて来たのかなんか無意識でやってしまっている。


最後の飴を食べ終わり、色とりどりの音を出すこの時間も終わってしまった。そして僕は恒例の名前の読み上げをしていく。この名前の読み上げっていうのは、初期の頃からやっていたんだけど、僕の声を好きだって言ってくれる人が結構多くて人気のコーナーでもある。なるべく囁き声で甘く、蕩けるような声を意識して出し、右耳と左耳を交互に行ったり来たりして話す。


「みなさん、今夜も石の配信にきてくれて、ありがとう、ございます。それでは、恒例の、名前呼びコーナーを、やります」


<キター!!!!>

<今日こそ当選してますように!>


コメントに笑みが溢れてしまい、口角が少し上がってしまった。僕、変な顔をしてなかっただろうか。一応身バレ防止に、口以外はローブのようなもので隠しながら配信を行っているんだけど、これもいつまでもつかわからない。


「なみちゃん、いつもありがとう。僕の配信で少しでも癒されてくれたら嬉しいな……さかなのうろこさん、いつもありがとう。僕の配信、聴きながら、家事、がんばってね……ゆかさん、いつもありがとう……にゃんにゃんにゃん。これで満足だにゃ?……さくらちゃん、いつもありがとう。僕の配信が、生きる希望、なんて嬉しいよ、ありがとう……今日の配信はこれで終わります。皆さん、ばいばーい」


<ああ"ー耳が孕む/////>

<ばいばい>

<声良すぎ死んじゃう>


配信を停止し、カメラをきり、もう一度配信が停止されているかを違う端末から確認する。


「よし、止まってる……はぁ、甘かったなぁ。今度パチパチするやつとかやってみたいんだけど、リスナーのみんな…いや砂か。砂のみんなどう思うかな」


ため息を一つ吐いて、歯を磨いて、手入れをする。ASMR配信者にとって歯は命だし、手入れは怠らない方がいいと思う。そうこうしている内に11時半をすぎていた。明日も学校だし、急いで寝る用意をしてベッドに潜り込んだ。



======================


翌日の昼休み。僕は動画でもよく食べるサクサク系のクランチを食べていた。そう、動画のように綺麗な咀嚼音が出るように。それがいけなかったのだろうか。


「ねぇ置物くん。ちょっと2人で話したいことあるんだけど。着いてこないって言ったら……わかってるわよね?」


置物というのは僕のあだ名だ。影で、微動だにせずその場に佇む、ということからいつかに置物と命名された。しかし、今はそんなことはどうでもいい。1軍女子の彼女、遠野瑠璃に話しかけられた挙句、2人きりで話したいなんて言われた方が問題である。


「えーるりそいつ置物だよ?2人きりで話すって何ー。ウケんだけど」


「んーないしょ。ま、置物くんにしか言う必要ないから気にしないで。5分くらいで戻ってくるわ……さ、行くわよ」


「は、はい」


そうして彼女に着いていくと、人気ひとけのない階段に連れてこられたようだった。一体何のようだ。彼女が僕みたいな3軍男子に何の用なんだ。ついに影口から直接言われるようになったんか、と思うが彼女が口を開かなければ、何もわからない。


「あんた……本名忘れたけど、石くん、よね?」


「……は?」


いつバレた。なんでバレた。そんなことが頭の中がぐるぐると巡る。いや、俺の聞き間違いかもしれない、と思い口を開こうとした時だった。


「あんたがクランチチョコを食べてる咀嚼音、合間にしてた咳、それからあんたの声。よく考えたら石くんの要素だらけだったわ。まぁでも置物くんが置物から石に進化したら可哀想だし?私が秘密は守ってあげるわ。その代わり、学校ではあたしの言うことを聞きなさい」


ビシっと僕に対して指をさす遠野さんと、膝から崩れ落ちた僕。こうして俺の平凡な高校生活は終わりを告げ、遠野さんの耳を癒す係という役割が追加されたのだった。

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