第17話 面倒事は丸ごとキャベツスープで

 連休に呼び出されて向かった実家で琴音は盛大な溜息を吐いた。

 目の前に並べられた五冊の釣書は琴音を心配する母に便乗して、叔母が用意した見合い写真だ。

 「私、まだ結婚とかする気ないんだけど?何度も言ってるよね?」

 吐き出すように琴音が言えば、焦ったような母と叔母がオロオロしながらも「でも」「だけど」と琴音を言い含めようと視線を泳がせる。

 見て見ぬふりの父をチラッと見た琴音は釣書を叔母に突き返す。

 「でもねえ?やっぱり女の幸せは結婚」

 「それしか幸せになれないなんて、随分と寂しい価値観ですね」

 いい加減にイライラとしていた琴音が毒を吐く。

 「大体一度だってこんなこと頼んでないんだよ」

 「でもねぇ、良い物件はすぐに売れちゃうしいざって思ったらロクな男しか居なくなっていたりするのよ?」

 「そうよ!叔母さんだってそう言ってるし」

 言い募る二人に琴音の額に青筋が浮かぶ。

 「私、まだ必死にならなきゃなんないほど歳食ってねえんですよ」

 「また!若いんで!」

 年齢マウントなど普段なら口にしようとも思わないが、今回は母の具合が良くないからと嘘で呼び出された恨みもある。

 「結婚、しない選択だってあるし仕事も楽しいんだよ、いい加減お母さんの化石より古い価値観押し付けるのやめてくんないかな」

 そうまで言ってもまだ「でもね?心配してるのよ?」と被せてくる母に琴音は溜息すら出ない。

 ウンザリしながら玄関へ向かう。

 「ちょっと、まだ話は終わってないわ」

 「騙して呼び出しておいて話しも何もないでしょ」

 連休前に琴音は初めてそこそこ大きなプロジェクトのリーダーを任されていた。

 仕事に生きるというほど熱心だったわけではないが、リーダーを任されるというそれまでの努力を認められた高揚感はかなり大きかった。

 連休はそれこそプロジェクトのための下調べやデータ収集に充てるつもりでいたものを、と琴音は母を忌々しく感じてしまうことにも罪悪感を抱きながら玄関を力いっぱい開いて駅に向かって走り出した。

 急いで改札を抜け電車に飛び乗る。

 車窓から流れる景色を見ているうちに段々と琴音は冷静さを取り戻していった。

 あの頃もそうだったなと琴音は記憶の引き出しを少し開けてみる。

 心配やお節介に価値観の押し付けそんなものが煩わしくなるほどに、失恋したばかりの琴音に根掘り葉掘りと聞き出そうとしたり、次の出会いを急かしたり。

 放って置いて欲しい、せめてそっとしておいて欲しい。

 そんな願いは叶うこともなかった。

 「仕事が楽しくて何が悪いんだか」

 溜息と一緒に流れた本音は乗り換えの駅に着いたアナウンスに掻き消えた。


 こんな日はと帰宅途中にスーパーでごっそり買い込んだエコバッグの中身を取り出す。

 丸々としたキャベツは表面の葉を数枚取り除いて芯をくり抜いて流水で洗い流した。

 玉ねぎは皮を剥き、同じように芯をくり抜く。

 キャベツと玉ねぎをザルに置いて水気を切る間に肉ダネを作る。

 くり抜いたキャベツの芯と玉ねぎの芯は食べれる部分をみじん切りにしボウルに合挽き肉と一緒に入れる。

 塩胡椒にすりおろした生姜を加え卵を割り入れ捏ねていく。

 キャベツと玉ねぎの空洞に肉ダネを詰めて、詰めた面を下にし鍋に並べひたひたになるくらい水を入れて火にかける。

 沸騰したらコンソメを加え塩胡椒と少しの醤油に白ワインを入れて弱火にし蓋を少しずらして置いてじっくり煮込んでいった。


 「今日のディナーは随分と豪快ね」

 引き攣り気味のアルストロメリアにそう言われて、笑って誤魔化す。

 キャベツは大皿に盛り付けナイフで切って取り皿に分ける。

 玉ねぎは丸ままスープカップにコンソメスープごと掬って入れた。

 合わせるのは表面がカリッと固いバゲットだ。

 しっかり煮たキャベツはスプーンで切れるほど柔らかい。

 スプーンで掬ったキャベツを琴音は口に含む、トロトロと舌上で溶けたキャベツの甘さがスープの塩っぱさに混ざり合う。

 「中のひき肉がボリューミーで良いですわね、キャベツだけでは物足りなくなりそうな所をギュッと引き締めてくれますわ」

 アルストロメリアが上品にスプーンでスープを口に運ぶ。

 「このスープにもキャベツやオニオンの甘みが出ていて奥行きがあるのが良いですね」

 琴音はアルストロメリアの感想を聞きながらバゲットをスープに浸してパクリと口に入れた。

 ふわりと鼻を抜けるパンの香ばしさと甘さを含んだスープの組み合わせがほっこりとガチガチに固まっていた心を解していく。

 「たくさん煮たからいっぱい食べてね!」

 琴音は満面の笑みを浮かべてそう言ってバゲットに手を伸ばした。

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