第2章 知らされる過去-4

(前回までのお話:自分の正体がルミニー国の王女であることを知ったリル。両親は彼女に、グルモグが彼らの祖先にかけた呪いのこと、そしてそれにより、五年前の夏に起きた悲劇を語るのだった。)



「それで、その王女が、あたし……」


 リルの頭は混乱していた。わけのわからないことが多すぎて、逆になんの質問も出てこない。


「どうして、そのケルジ王子の部屋で起きたことがわかったの?」


 ようやく口をついてこぼれたのは、今ここで聞かなくてもいいことだった。リルには、知るべきことがほかにたくさんある。


 けれど、両親と星エルフのレイリスは、リルのどんな疑問もかろんじるつもりはなかった。たとえどんなに時間がなかったとしても。


「わたしが答えましょう」


 レイリスが言った。


「わたしの故郷のあけぼの谷には、 “星聴ほしきき”にけた星エルフが多いのです」


 星聴きとは文字通り、天の星の声を聴く星エルフのわざである。


 実際にどのようにするのかリルは知らないが、星聴きをすると、遠い場所のことや過去、ときには未来のことまで見通せてしまうのだという。


「ルミニーとグルミニーのできごとがあけぼの谷へ届くまでは、すこし時間がかかりました」


 これほどの大事件であるにも関わらず二国にこくの外へは情報がれなかったのも、グルモグの工作によるものだろう―――と、レイリスは続けた。


「三年前、ひとりの星エルフが偶然、星々の声から異変を見つけ、ルミニーとグルミニーで起きたことを知りました。それ以来、わたしたちはあの晩のできごとを調べるとともに、ルト王とテナラ女王の行方を捜しはじめたのです。そのなかで、ケルジ王子の部屋でのできごとも判明しました」


「父さんたちから、星エルフやほかの国のひとに助けをお願いすることはできなかったの?」


 リルは続けてたずねる。だんだん、ここまでに聞いた話の輪郭りんかくが、頭の中でくっきりとしてきた。


「五年前、わたしたちは身を守るために国を脱出した」


 父さんは、苦々しい表情で言った。


「秘宝の国にとっては、王家の血が絶えてしまうことが一番恐ろしい。国民を置いて逃げるなんて、王失格だが……」


「グルモグの狙いはいつだって、エオファイラの滅亡よ」


 母さんがそのあとを引き継ぐ。


「攻撃してきたのはグルミニーのひとたちだったけど、裏で糸を引いているのはグルモグだとわかってた。だから、きっと秘宝の国の王家の人間を……あなたと父さんを、殺そうとすると思ったの」


 母さんはそう言ったあと、苦しそうにむせて咳をした。リルは慌てて水の入ったコップを差し出し、父さんに続きを促した。


「それで……?」


「父さんたちもお前と同じことを考えたよ、リル」


 父さんが言った。


「エオファイラの王家は、互いに滅多に干渉しない。けれどグルモグが相手となれば話は別だ。他国に危険を知らせなくてはいけない。だが……話せなかったんだ」


「話せなかった?」リルは首をひねった。「なぜ?」


「おそらく、これも呪いだ」


 父さんが言った。


「おかしいと気づいたのは、国境の森をしばらく進んだあとだった。その時にはもうトルトイトの土地まで入っていたはずなのに、城を出てからそこにいたるまで、わたしたちは誰ひとりともすれ違っていなかった」


 それは確かにおかしい、とリルは思った。


 水の秘宝の国トルトイトは人口が多く、昼夜問わず往来がはげしいと聞いている。エオファイラで唯一、他世界との交流をむすぶ港を有しているためだ。


「もうひとつ、追手がまったく来ていないことにも気が付いた。それで、ひとまずリルを母さんに預けて、わたしだけ戻ろうとしたんだが……」


「止めたのよ、もちろん」


 咳の落ち着いた母さんが言葉を挟む。父さんはすこし笑った。


「ああ、でもその必要はなかったね。戻ることもできなかったから」


「それも呪いなの?」


 リルが聞くと、父さんは頷いた。


「後ずさることもできなかった。まるで地面に足が吸い付いているように、進んできた場所から一歩だって、後ろに戻ることはできなかったんだ。だから、前に進むしかなかった。だけど、進んでも進んでも、やっぱり誰にも出会わない」


 聞いていて、リルはなんだかぞっとした。その場には自分もいたはずだが、やはりどうしても思い出すことはできない。


「そのうち、母さんの体調が悪化しはじめた。城で起きた火事の煙を吸ったのがいけなかったんだ」


 リルは母さんを見た。


「母さんの体が悪いの、そのときからだったんだ」


「そうよ。もともとは、母さんとっても丈夫なの」


 母さんがおどけて、細い腕で力こぶをつくってみせる。


「それでもう、歩くのが難しくなって……そのとき助けてくれたのが、ミック、あなただったわ」


 突然話を振られた馬のミックは、驚いてブルルッと鼻を鳴らした。


「あ、あたし?」


「そうよ。覚えてる?」


 ミックがおずおずと頷く。


「城を出てから、はじめて出会ったのがミックだった」


 父さんが言った。


「驚いたよ。ただでさえユニコーンに出会うのはめずらしい。ミックはあの時、お母さんとはぐれて迷子になっているところだったね」


 リルはとなりに座るミックを見た。


「道に迷ってたのは、父さんたちじゃなくてミックのほうだったんだね」


 ミックは決まりが悪そうに、鼻を床にこすりつけた。


「ごめんなさい。ルト父さんとテナラ母さんに、リルにはあまりあの夜のことを話さないでほしいって言われてたから」


 リルはミックの鼻の上をわしわしと撫でた。別に怒ってないよ、と伝えるために。


「ミックは母さんを背に乗せてくれた。そのままずいぶんと歩いてきて、ようやく辿り着いた人里が、このマフヌの村だったんだ」


 ブリュオル国の辺境にあるマフヌの村からでは、中央にある王家の城まで直接取り次いでもらうのは難しい。そして、いくら追手の姿がないからと言って、身分を簡単に明かすのは危険がある。


 そう判断した父さんたちは、ルミニー国王家の一家であることを隠して村に身を潜めて、ブリュオルやトルトイト、すこし離れたハミヌやグリンネスにも連絡をとろうとした。


 しかしそれは叶わなかったという。


「マフヌの村に着いて、次の日の朝。父さんたちは村の中なら自由に動くことができるけど、村境より外へは一歩も出られなくなっていた」


 そして、ほかの王家への連絡も一向につかない日々が続いた。


「何度手紙を送っても戻ってきてしまうし、魔法使いのいないマフヌの村では難しいけれど、魔法の力を使って試みたこともある。けれどそれもダメだった。やがてわたしたちは悟った。できるのは、ただ待つだけなんだと」


 父さんの口から、大きな吐息がもれた。


「情けない、王失格だよ」


 リルは首を横に振った。悪いのはグルモグだ。


 と同時に、あることに気が付いた。



(続く)


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