第1章 めずらしい客-2

(前回までのお話:マフヌの村に、めずらしく星エルフの客人がやって来る。レイリスと名乗る彼女が会いに来たのは、村で暮らすおとなしい少女・リルとその両親。リルはレイリスを家へ案内することにした。)


「確認しておきますが、」とレイリスが言う。「あなたの御父上おちちうえはルト<木漏日こもれび>さま、御母上おははうえはテナラ<雪解ゆきどけ>様ですね?」


「はい」


 答えながら、リルは違和感をおぼえていた。御父上、御母上だなんて、まるでどこかの偉い人のようだ。


 五年前にこの村にやって来た自分たち家族は、単なるながれ者だというのに。


「そして、あなたがリル様……」


 ゆっくり味わうように、しかも様までつけて自分の名前を呼ばれ、リルはいよいよ居心地が悪い。


 そもそも、リルは自分の名前があまり好きではないのだ。なんだかしっくりこない、自分のものではないような気持ちになる。


 その理由のひとつは、彼女が日照雨ひでりあめ名付なづだからだろう。


 エオファイラは、い魔法に満ちた場所だ。ここに暮らす民はだれも苗字をもたない。子どもが生まれたら、古い魔法の言葉からひとつ、ことばを選び名前としてさずける。それがしきたりだ。


 しかし例外もあり、それが日照り雨の名付け子である。


 日照り雨の降る日に生まれる赤ん坊は、手に小さな石を握って母親のはらから出てくる。その石には言葉が刻まれていて、それがそのまま赤ん坊の名前となるのだ。


 リルも十六年前、日照り雨の降る日に「リル」と刻まれた石を手に持って生まれてきた。うすむらさき色のその石は、母さんがいつも鎖につないで首にかけている。


 日照り雨の名付け子だからといって特別なことはなにもない。ただひとつ、彼らの名前の意味は誰にもわからない。石に刻まれる言葉はほかのエオファイラ人の名前に使われているのとは違う言葉で、その辞書は、エオファイラじゅうどこにも存在しないのだ。


 名前の意味は、エオファイラでは誰もが持っているもの。なのに、自分は持っていない。それはなんだか帰る家のないような、心もとない気分になる。


 そして、リルにはもっと大きな、自分の名前を自分のものと思えない理由があった。


「ご両親は息災そくさいでいらっしゃいますか?」


「あ、いや……」すこし、言葉に詰まる。「父さんは元気ですけど、母さんは……病気で、ほとんどずっと家にいます」


 レイリスの凛々りりしい眉毛が、クッと険しくなった。


「ご病気?いつからですか?」


「それが、よくわからなくて」


「わからない?」


 レイリスの声色こわいろが固くなったので、リルはあわてて言葉をつづけた。


「あたしがよくわかっていないっていうだけです!あたしは、その……記憶がないので」


 五年前の夏の夜。リルは眠ったまま、父さんに背負われてマフヌ村にやって来た。そして翌朝目が覚めると、それまでの人生の記憶をすべて失くしていたのだ。




(続く)

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