第40話 決戦スタート!

「魔法力を底上げする魔道具——それがリングなのです」


 エドワード様の声が、冷たい風の中に響きました。


 わたくしたちは今、大鳥パトルの背に揺られ、北の森へと向かっております。


 わたくしの腕には、すっぽりと収まったウリちゃん。


「登録者数が表示される、あのリングのことでございますね」


 エドワード様の説明を聞きながら、わたくしは身に着けた装備を確認いたしました。


 わたくしの腕には、工房の方——元パラディンのパーティーの方——からお借りした腕輪が、青く光っています。


 そこにはチャンネル登録者数「500」の数字が。


「500……! すごいじゃありませんか!」


 思わず声を上げてしまいました。500人もの方々が、このわたくしに関心を寄せ、登録をしてくださっているなんて!


(リリアナ注:昨日のお試し配信で登録してくださったみたいです)


 けれど、エドワード様は首を横に振られます。


「カレイドを甘く見てはなりません。奴はおそらく、10万人——いえ、下手をすると20万人の登録者を抱えているかもしれません。


 ランキング二位が3万人、ランキング三位が2万5000人程度と考えると、奴の登録者はあまりに多い。攻撃力の増分は無視できません」


 難しい話です。


 一言で申し上げるなら——


「こちら側が相当ピンチなのですね」


「でも安心してください。策はございます」


 エドワード様の笑顔。


 そんな会話をしているうちに、雪で覆われた白銀の森が、眼下に見えてまいりました。



 ♢ ♢ ♢



 わたくしたちはパトルから降り立ちます。


 ニヒリア様から託された配信用ゴーグルは、ウリちゃんの可愛い頭にちょこんと乗せてみました。


「ええっと? 配信開始の呪文は、【プンプン、ハローダンジョン配信?】」


「違いますよ、リリアナ様。【プンプンッ! ハローダンジョン配信ッ!】です」


 粉雪が舞い踊る中、呪文を唱えてみますが、どうやら口調とポーズが違ったようです。


(エドワード様のようなお方が、超真面目な声でひょうきんな仕草を……!)


 わたくしはクスクスと笑ってしまいました。立派な騎士様が少年のように見えます。


 すると——


 ウリちゃんのゴーグルがキラリと光り、配信が始まったようでした。


 同時にコメントの激流!





 :初ダンジョン配信と聞いて

 :リリアナチャンネル開設おめー!

 :初対戦がカレイドは草

 :時代のうねりを感じる

 :カレイドをぶったおせ!

 :がんばってー

 :登録者数5のワイ、高みの見物

 :服が可愛い

 :俺たちがついてる!

 :負けるな!





 登録者数の下に表示されるコメントたち。応援の声で溢れております。


 エドワード様が手持ち鏡を確認し、無事に配信が行われていることを確認なさいました。


「いい感じです。リリアナ様。


 動画のスタートは、気の利いたキャッチコピーなり台詞があるものです。何か一言、……本日のほうを!」


(いきなり……!)


「えーっと、あーっと、その、あの、リリアナでございますわ。SSS級を葬った怪力女などと呼ばれておりますけれども、腕は細いでございます!」


 自分でも何を言っているのか分からなくなります。


 緊張で目がぐるぐると回りました。


「素晴らしいスピーチ!」

 エドワード様の拍手。


(やめてください! 恥ずかしいから!)





 :腕は細いでございますwww

 :口を開けば名言

 :いいぞ女!

 :がんばれー!

 :緊張しすぎwww

 :肩の力を抜こう!

 :横の騎士は誰なん?

 :↑彼氏じゃね?

 :↑舎弟しゃていだろ

 :↑小間使いだろ

 :よろいは立派

 :プラチナ製だね

 :すご

 :二人とも頑張れー!





「──というわけだ、視聴者よ」


 エドワード様の雄々しい声が電波に乗ります。


「リリアナ様はSSS級を葬るお方だ。強いお方だが、姫のように可憐でもいらっしゃる。


 そこで皆の力がいる。この動画をできるだけ拡散し、リリアナ様を応援いただきたく願うのだ。今日の配信を大いに盛り上げてほしい。古きを滅し、新時代を創れるかは、おぬしら視聴者の手にゆだねられている!


 できぬとは言わせぬぞ! リリアナ様を応援し、新しい時代の目撃者となれ!」


 なんと上手にまとめてくださるのでしょう!


 見ると、登録者数が10人単位で増えているのが分かりました。一気に登録者が600人になりました!


(凄い!)



 ♢ ♢ ♢



 わたくしたちは、ぐおんぐおんと風の鳴る洞窟へと足を踏み入れます。


 洞窟の中は、広い闘技場のような場所でした。つるんとした白い床面。壁も天井も氷のよう。


 コツコツと奥から靴音が響いてきました。


「ほお、本当に来たとはな」


 ラスボスのように堂々と——


 ニヒリア様から登録者を奪った方がおいでになりました。


(カレ……イド……)


 その名前を心の中で呟いた瞬間、わたくしの胸に激しい怒りが湧き上がりました。


(この人が……この人が、ニヒリア様を……! そして他の配信者様をも!)


 彼は薄く笑みを浮かべながら、わたくしたちを見下ろしました。その瞳には、まるで虫けらでも見るような冷たい光が宿っています。


「はじめに言っておくが——」


 何でしょう?


「私は弱者相手に手加減をする趣味はない。登録者数がたかが1000未満の者など、駆け出しも駆け出し、私にとっては牛糞に群がるハエだ。私を害することも益することもない。小指でねじ伏せられる」


 相当そうとう魔法に自信がおありのようです。


 登録者が多いから、なのでしょうね。


「くだらない!」

 エドワード様が吐き捨てます。


「人のチャンネルを奪って増やした数字など、虚構にすぎんぞ。その者たちが本当に貴様を応援しているとでも思っているのか!」


「応援しているかどうかは問題ではない」

 動揺の感じられない、平坦な声が返ってきます。


「登録しているかが大切なのだ。批判をするもよし。応援するもよし。我に関心を向けること、それすなわち魔法力。違うか、駆け出しよ」


(確かにそうです!)


 わたくしは思わず閉口いたします。


(登録の目的は応援と限らない。チャンネルに登録している方々の半数は、きっと批判目的……。そしてその批判が、本人に力を与えてしまっている……!)


「なんという皮肉! まるで10万人を手玉にとるように……」


 わたくしはつい登録者数を口に出し、歯噛みするのでした。


 するとどうでしょう。


 目の前の敵は、不思議そうに顔を傾げるのです。


「10万人……? 誰が私の登録者数を10万だと言った。ランキング上位者を吸収し、数字は増え続けている」


「じゃあ、今は……」


 エドワード様の額に汗が垂れると、


 牙を持つ血色の唇が、大胆不敵に開かれました。


「300万だ」

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